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1、邂逅

“にゃぁ”

「えっまだあった?にゃーさん」


 エルトは土に隠れるようにして生えるきのこを探すために足元に向けていた視線を、声のする方に移す。見れば数メートル離れた木の根元に小動物がちょこんと座って鼻先で地面をつついていた。

 体長三十センチメートルに満たないその小動物の全身は毛並みの良い真っ黒な毛に覆われており、小さな頭にはピンとした黒い三角形の耳が左右に一対、長くしなやかな黒いしっぽが四本足を器用にお座りの形に収めた体の周りを取り巻いている。バランスよく配置された瞳までも黒い光を湛えている、そんなどこを見ても黒一色の小動物だ。

 この小動物の名前をエルトは知らない。今まで見たことも聞いたこともなかった。だから小さな頃に命を救われてからずっと一緒に過ごしてきた小さな友達のことを、エルトは『にゃーさん』と呼んでいた。由来はもちろん、鳴き声だ。

 今だったらもっとちゃんとした名前を考えるのだが、如何せん幼かったエルトにはそれが一番呼びやすかったし、少し大きくなってから別の名前にした方がいいかといくつか提案した名前は、全てにゃーさんに却下されてしまっていた。数年経った今ではにゃーさんはにゃーさんとしてすっかり違和感もなくなった。

 そんなにゃーさんの、出会ったときから変わらない深い光を秘めている不思議に輝く黒い瞳に促されてにゃーさんに近づくと、にゃーさんがタシタシと一見何ともない落ち葉に覆われた地面を叩く。手に持ったスコップでその場所をそっと掘ればすぐに立派なキノコが顔を出した。


“にゃ!”

「さすがにゃーさん」


 誇らしげに鳴く小動物の頭を撫でる。嬉しそうににゃーさんが頭を寄せてくるのがくすぐったい。


“にゃあ?”

 

 エルトの手から離れたにゃーさんが首を傾げてエルトの顔を伺う。もっと探す?と聞いているのだ。エルトはにゃーさんと手元の木製の籠を見比べて首を横に振った。いつの間には籠は立派で美味しそうなキノコでいっぱいになっていた。


「ううん、今日の分はこれで大丈夫。ありがとう、にゃーさん。さ、帰ろうか」


 腕に下げた籠からキノコが落ちないように気を付けながら、そっとにゃーさんを抱き上げ、胸元でにゃーさんが大人しくしているのを確認して、慣れた山道を歩きだす。

 小さなことから歩き慣れた道だ。暗闇の中でも歩ける自信があったけれど、かつてその過信が原因で崖から落ちて以来、足場の確認は怠らないようにしていた。またにゃーさんに迷惑を掛けたくはなかったし、そもそも次も助かるとは限らないのだ。

 ちらりと手元に視線を向ければにゃーさんがエルトの腕の中ですっかり寛いでいる。

 幼い頃の事故、崖から落ちたときにエルトを助けてくれたのはにゃーさんだとエルトは思っていた。あれ以来片時も離れることなくエルトの傍にいてくれるにゃーさんは、普通の動物とは少し違うらしいと気づいたのはすぐのことだった。

 百歩譲って明らかに生命の危機を覚える高さから落ちても無傷だったのはエルトの運がよかったからだとして。体の無事を確認し、にゃーさんにお礼を言って、遅くなった分気を付けながらも足早に帰ろうとしたエルトの後をついてきて、結局家に連れて帰ったにゃーさんを家族は誰も見なかったことは、エルトの運勢云々では説明できなかった。

 家族はそうにゃーさんを見なかった、というよりもにゃーさんの存在に気付かなかった。ただエルトだけを見て、お帰りなさいと、今日は遅かったわねと、笑っただけだったのだ。

 さっきまでのことは夢だったのかと思って慌てて腕にいるだろうにゃーさんを見れば、しっかりと存在していたにゃーさんが、にゃあ?と小さく鳴く。当然その鳴き声が家族の耳に届くことはなく、ぼんやりとするエルトを、首を傾げて見ているだけだった。

 当時まだ幼かったエルトはそんな動物も居るんだと簡単に納得して、家族にばれない様にそっとにゃーさんと過ごしていたけれど、十二歳にもなると流石にそれがおかしいことに気づいていた。なにせにゃーさんはエルト以外の人に見えないだけではなく、エルトの話すことをしっかりと理解して動いてくれるし、何よりもご飯も睡眠も――生物として必須なモノを必要としないのだ。いくら世の中に疎い山奥に小さな町に住んでいても、普通ではないことぐらいは分かった。

 それでも、にゃーさんは間違いなく生きているし、例えにゃーさんが何であったところでエルトの大事な友達であることに変わりはない。そう思ったから、いままで謎を謎のまま放棄して生きてきた。一生謎のままでいいと思う。それでもにゃーさんと一緒にいられるのなら構わなかった。



 そんなことをつらつら考えながら木々が生い茂ったキノコの多く取れる山奥を歩き、比較的歩きやすい道に入ったところで、にゃ?というにゃーさんの声に意識を引き戻された。


「にゃーさん、どうかしたの?」


 歩きたいのだろうかと思い手をゆるめると、するりと腕を抜け出し身軽に地面に着地した。その様子を確認してから止めていた足を動かし始める。少し歩いて足元を見ると、いつもならすぐ傍を歩くにゃーさんの姿がない。慌てて振り返れば、先ほどエルトが立ち止まったところに座り込んだままじーっと空を見上げていた。


「にゃーさん?」


 いつもと違う様子のにゃーさんの様子が気になる。今日は早めに切り上げたから時間にもまだ余裕があった。エルトは足早ににゃーさんの元に戻ると、にゃーさんの隣で同じように空を見上げてみる。


「変わったところはなさそうだけど……」


 見通しのいい場所なので遠くの方の空までよく見えるが、先ほどまで真っ青だった空が徐々に赤みを帯び始めている以外の変化はエルトには分からない。

 もう一度にゃーさんにどうしたのか尋ねようと、首を動かそうとしたとき、にゃ!!と足元から今まで聞いたことのないほど鋭いにゃーさんの声が耳に届いた。慌てて空に視線を戻して注視する。


「え…?」


 そして気づいた。

 山と反対側の空から白く小さい何かがよろよろとこちらに向かってきたと思ったら、山を越える前に何かに阻まれるように動きを止め、エルトのいる山の上の方に落下していくのが、見えた。


「今のは、なに?」


 飛んでいたから鳥、なのだろうけど鳥にしては上空の高いところを飛び過ぎていた。それに何もないところでいきなり力尽きたように落下するのもおかしい。


「にゃーさん?今のって……」


 先ほどからにゃーさんの様子が変だったのはあの白い何かが原因なのだろうか?もしそうならにゃーさんは何か知っている?

 そんな期待を込めて足元を見れば、じっとエルトを見上げていたにゃーさんと目が合った。


“にゃあ”


 どうしてだろう、心なしかにゃーさんの落ち着きがない。いまにも動き出したいのをこらえているような動きで、エルトに何かを訴えるように黒い光を湛えた瞳を向けてくる。


「アレのところに行きたいの?」


 コクリと、にゃーさんの首が縦に振られる。

 エルトとしても白いモノが気にならない訳がない。もちろん異論はなかった。

 にゃーさんに一つ頷き返すと、一人と一匹は同時に帰路とは逆の方向に走りだした。まるで落下場所を知っているかのように迷いなく進んでいくにゃーさんの先導に従って決して走りやすいとは言えない道を着実に進んでいくこと十数分。ぴたりと止まったにゃーさんに従って止まり、地面を見ればそこには真っ白い何かが落ちていた。にゃーさんの反応を見る限りこれが先ほどの飛行物なのだろう。


(これは、鳥――――?)


 近づいてみればその鳥の姿には見覚えがあった。ここまで真っ白なのがいるのは知らなかったが、確か鳩という鳥だ。

 白鳩は地面に横たわったままピクリとも動かない。それどころか、段々と存在がぼんやりと薄れていくような気がする。


(いや、気のせいじゃない!?)


 よく見ていると、白鳩から何か白い光が零れ、その光が増えるにしたがって白鳩の体が消えていっているようだった。


「にゃーさんっ!どうしたらいいの!?」


 動きを止めて悲しげな様子で白鳩を見つめるにゃーさんに尋ねる。瀕死になっていたであろうエルトを助けてくれた(はず)のにゃーさんが動かないということはにゃーさんには何も出来ることがないということだ。

 なら、エルトになら?エルトになら何か出来ることがあるのではないか?このまま消えていくのを眺めているだけなんて悲しすぎる、そんな必死な思いでにゃーさんを見つめれば、エルトの声を聞いてエルトの存在を思い出したと言わんばかりに顔を上げたにゃーさんが、そのまま動きを止める。


(何か、考えている?)


 にゃーさんはなんでここに来たがったのだろう?来ても何もしないのに、何もできないのに、にゃーさんはなんであれほど必死にここまで来たのだろう?なんでそんなに悲しげな瞳をしているの?


(もしかしてこの白鳩はにゃーさんの知り合いなの、かな)


 にゃーさんの言葉をニュアンス以上に理解できないエルトには分かるはずもないことだったけれど、もしそうなら尚のこと白鳩を放っておくわけにはいかなかった。


「にゃーさん!」


 にゃーさんが何かを悩んでいる間にも白鳩の存在はどんどん稀薄になっていっていた。もう時間がない。

 それだけは確かだった。


「にゃーさん!!」

“にゃ”


 再び名前を呼ぶとようやく決心がついたのか、エルトを一瞬じっと見てからエルトのズボンの裾をくいっと咥えて引っ張る。すぐに離すと今度は輪郭もあやふやになり、光に還ろうとしている白鳩に鼻先を押し付けた。


(僕が触れば、いいのかな?)


 今までの経験からにゃーさんの行動の意図を読み取る。合っているかは分からなかったけれど、迷っている時間は無かった。

 半歩ほどあった白鳩との距離を詰めてにゃーさんの視線を浴びながら白鳩に手を伸ばす。エルトの手が白鳩に触れ、そっと持ち上げる。その時にはすでに微かに鳥の形をした光の塊と化していた白鳩をギュッと胸元に抱きこんだとき、変化は起きた。


「えっ!?」


 それはあっという間のことだった。白鳩の体から出ていく一方だった光が急に動きを変え白鳩の元に戻っていく。光が集まると共に白鳩は元の姿を取り戻していくのが分かった。そしてそれと同時に体から何かが抜けていくような感覚と入ってくるような感覚が同時にエルトを襲い、思わずしゃがみこむ。

 にゃーさんが心配そうにエルトに寄り添うのに、大丈夫だと微笑を向け意識を白鳩に集中すると、エルトから白鳩に何かが流れ込みエルトの体から何かが抜け出ていく感覚が強くなる。体から力が抜け、地面に座り込んで、それでも白鳩を抱きしめること数分。

 ようやく光が収まったときには、胸元には元通りの白鳩が収まっていた。身動きは無いが、どうやら眠っているだけのようだ。


「助けられた…?」

“にゃあ”


 エルトの呟きに対応するようににゃーさんが体を摺り寄せてくる。エルトの行動はどうやら正しかったようだ。そのことにほっとしつつ、理由の分からない倦怠感に襲われている体に力を入れなおす。このまま気を抜いてしまったらここで眠ってしまいそうだ。

 先ほどまで青かった空は赤を通り越し暗闇に染まりつつある。もういい加減帰らないと、家族が心配して探しに来てしまうだろう。

 何より、今は落ち着いたらしい白鳩を早く落ち着いた場所で休ませてあげたかった。


「にゃーさん、帰ろう」


 気合を入れて立ちあがれば、若干ふら付くものの歩くのに支障はなさそうだった。エルトが立ったのを確認したにゃーさんは先ほどよりもゆっくりとエルトを先導していく。足元と白鳩に気を付けつつにゃーさんを追いながらエルトは妙な納得感に襲われていた。

 歩いているうちに真っ暗に空が真っ暗になり、電灯など無い山道は何も見えないほど真っ暗になる。それにも関わらずにゃーさんの姿ははっきりと見えているのだ。まるでにゃーさん自体が光を放っているといった感じだが、周囲を照らしてはいない。不思議な光だった。そしてまた先ほど光と共に消えようとし、光を集め元の姿に戻った白鳩が胸元で淡い光を放っていて、その光は僕の足元をほんのりと照らしてくれている。淡い幻想的な2つの光がエルトの進む道を示していく。

 風に木々の葉が揺れる音と、エルト達の歩く音しか聞こえない暗闇の中で、エルトは気づいた。やはりにゃーさんと、白鳩は仲間なのだろう、と。そして白鳩もまた『普通の生き物』ではないのだろうということに。気づいて納得して、それだけだった。


(だからって何があるわけでもない)


 エルトの周りでエルトの光となる二匹が悪いモノのはずがない。それだけ分かっていれば十分だ。

 やがて視界に映ってきた自宅の窓から洩れる光に、にゃーさん達から溢れていた光がかすんでいくことに残念さすら覚えて、エルトは疲れ切った体で玄関をくぐる。

 心配したと出てきた家族には当然、白鳩の姿は見えなかった。




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