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蒼い華  作者: 桜ノ夜月
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例え、迷惑でも

 rose8 風邪気味の頭


「ケホッ……ケホッ……」


 頭の中が鈍く痛む。起き上がろうと身体を起こすと同時に、ぐらり、と視界が揺れた。


「寝てなさい、綺流社」


 着替えを持って自室に入ってきた母は、額の上のタオルを取り替えながら僕を制する。

 空気清浄機がブウウン、と音を立てて、風邪特有の匂いの籠った部屋をゆっくりと掻き回す。

 窓の外からは、澄みきった空が顔を覗かせていた。


「…………ねえ、お母さん。誰かお見舞いに来てくれたりした…………?」


 思わず、そんなことを尋ねてしまったのは。何となく感じる、この何処か寂しい感覚から逃げるためだったのかもしれない。

 息が詰まりそうな、この寂しい感覚から逃れたくて。誰かに覚えていて欲しい、だなんて甘えてしまいたくなったのだろう。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、母は目尻に柔らかく皺を寄せて


「正世君が来てくれたのよ。綺流社が良く寝てたから、起こさないでくれって。このプリントも届けてくれたのよ。元気になったら、お礼言いなさい」


「……………………うん」


 正世がお見舞いに来てくれた嬉しさと同時に、申し訳なさが顔を出す。気まずい気持ちから逃げるようにぎゅっと目を閉じれば、眠ったと思ったのか母は静かに扉を閉め、規則的な足音を響かせながら階下へと向かった。


 ────…………本当、ごめんな


 瞼の裏側に思い描くのは、あの日の正世の、少し寂しそうな表情。泣いてしまいたいのに泣くことも出来なくて、まるで感情の行き場所を失って途方に暮れているようだった。

 僕は掛け布団を身体全体を覆い隠すように掛ける。身体が寒くて寒くて、堪らなかった。


 ────僕らは、いつも少しだけ距離を取っている。


 お互いを傷付けないように、関係を壊してしまわないように。いつも少しだけ距離を取って、「良い友人」で居続けた。それが正しいんだと、当たり前だと思っていた。


 ────だから、正世が僕を見舞うことも、「友人として」。だから────



「………………だから、僕の思い過ごしなのかもしれないなぁ」



 鏡夜の話をした時に、正世が少し表情を歪めたのも。少し寂しそうな表情で僕を見ていたのも。



 ────きっと、思い過ごしなのだろう



 ────それは、積み上げてきた関係を壊したくないと心の何処かで駄々をこねた、甘えのようなものなのだけれど。



 僕は小さく息を()いて、必死に眠ろうとする。苦しくて寂しいこの感覚が、風邪のせいなのか、それとも別の感情から来ているのか、区別がつかなかった。

 元気になったら正世にきちんとお礼を伝えないと、と思いながら、ごろりとベッドの中で寝返りを打つ。額の上のタオルは、熱に触れた所為か生温くなってしまっていた。


 ────鏡夜も迷惑だって言ってるわ


 頭の中に浮かぶのは、玉倉さんの澄んだ声と、腕を組んだ二人の姿。その姿を頭から離そうとしても、なかなか頭から離れてはくれない。


 ────呪いみたいだ


 ずっと解けない、「嫉妬」という名の呪い。それは、粘り気のある黒い塊となって、呼吸を塞いでゆく。

 彼は僕の恋人でもなければ、友人でもない。それなのに、苦しくて、苦しくて堪らないのは、どうしてだろう。


 ────ねえ、鏡夜。僕はいつから迷惑だった?


 そんな言葉を心の中で呟いても、当然のように返事はなく、涙が目尻から流れ落ちて、枕に丸い染みを作った。


 ────…………好きだよ、鏡夜


 呟いた言葉が届く訳も無く、小さな声は室内に掻き消される。それが妙に寂しくて、しばらく俯いたまま泣き続けていた。





 夕方を告げる錆びた鐘の音に、起こされるようにして目を開ける。昼食も摂らずにあのままずっと眠ってしまったのか、なんて自分に呆れて溜息を吐く。何か胃に入れないと、なんて思ったが、少しして夕食の時間が近い事を思い出した。今食事を摂ったら、夕食を食べられなくなってしまう。

 酷く喉が渇いていて、近くにある水筒を手に取ってから、空になっていた事に溜息を吐いて階下へと降りてゆく。

 人の気配が無いリビングは酷く寂しくて、スポーツ飲料をコップに注いで飲む。頭の奥がひきつれるように痛かった。


「…………っ、はぁ…………」


 水分をとって部屋へ戻ろうとしたものの、もう一度階段を上る気力も無く、リビングにあるソファまで移動して横になる。人の居ない部屋は、酷く寒く感じられた。


 ────ピンポーン


 静かな室内に無機質なチャイムの音が響く。


 ────…………誰だろう?


時計を確認すれば、時刻はもう十六時半を回っていた。もしかして、正世がもう一回訪ねてきてくれたのかな、なんて思い枯れる声で出来る限り声を張ってインターホンに出る。一瞬、頭に浮かんだ人の姿を振り払って。


────来る訳無い、よね。だって、「彼」と僕は────……



────赤の他人、なんだから



────もしも。もしも、僕が彼のようにもっと自分に自身があったなら。例えば、友達になる未来もあったのかもしれない。

おはよう、なんてお互いに言い合って。彼は頭が良いらしいから、テスト前に一緒に勉強したりして。放課後は、一緒に帰ったりして。


────そんなこと、きっとあり得ないのだけれど。



「……………………はい」


 返事をした途端、聞こえてきた声に耳を疑う。絶対に聞こえてくるはずの無い声が、インターホン越しに聴こえてきて。



「…………すみません、綺流社君の同級生の────」



 鼓膜の奥で低く響くバリトンボイス。小さく震えるその声は、今ここで聞こえるはずの無い声で。


「鏡、夜…………?」


 思わず呟くと、聞こえて居たのか戸惑った様な声が聞こえる。


「あ、ああ…………。もしかして、綺流社か?」


 質問にきちんとした返事も返せず、急いで玄関の扉を開ける。急いでいたせいかなかなか鍵が開かず、四苦八苦しながら何とか玄関の扉を開ける。そのまま前のめりになって、転んでしまった僕に、軽い衝撃と見慣れた制服が映る。少しして抱き止められた事に気付いて、慌てて顔を上げると、先程まで考えて居た人物の顔が映る。


「…………大丈夫か?」


 鏡夜が僕をぎゅっと抱き止めたまま、低い声で囁く。何処か焦った様なその声に、心臓がぎゅっと掴まれたように苦しくなる。


「う……ん。…………ありが、とう」


 顔に熱が集まってくるのが解り、顔を上げられずにお礼を言う。「びっくりした」とひとりごとの様に呟く鏡夜の声に、心配してくれたんだ、なんて思い、そのままぎゅっとしがみつく。



 ────嗚呼、僕は、彼がどうしようもなく好きなんだ



優秀なリア友に手伝って頂きました。


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