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蒼い華  作者: 桜ノ夜月
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キミの好きな人?


rose6 キミの好きな人?


「……………………ん、ぅ」


窓から差し込む朝日に顔をしかめて、ゆっくりと瞼を開ける。同時に視界へと入り込んだ、刺すような強い光に思わず顔をしかめた。


「………………あ…………朝かぁ…………」


ゆっくりとベッドから上半身を起こす。身体にはまだ、熱があるような感覚がした。


────調子狂う


その言葉が何度も脳内でリピートされれば、心臓がバクバクと音を鳴らして、苦しくなる。


────なんで、キスされたんだろ…………


頭の中がぐるぐるとして、息苦しくなる。考えても考えても、答えは見つからなかった。

あの後、鏡夜が心配して家まで送ってくれた。

さすがに外では抱きかかえたりはしなかったけれど、繋いだ手が温かくて。

鏡夜は何も言わなかったけれど、泣きじゃくる僕の手をひいて、星空の下を二人で歩いた。

僕は自分の腕を見る。あのとき、鏡夜に触れられた腕。きつく抱きしめられた感覚が、まだ残っている。

鏡夜は優しいから、きっと心配してくれただけだと思うけれど。


「…………反則だよ…………」


あんな風に抱きしめられたら、少しは期待してしまう。



────僕を少しは気にしてくれているのかな、なんて。




「大好きだよ、鏡夜…………」



君にこの思いが、届いたらいいのに。



階段を下りると、パンの焼ける匂いがしてお腹がくうっ、と鳴る。テレビからは、朝の情報番組が流れている。


「おはよう、お母さん。お父さん」


いつも通りに挨拶をして朝食を食べ終えると、身支度を整えて学校へと向かう。

途中、頭にのっかった葉を指でつまむ。途中の木から落ちた葉だろう。

僕は木の窪みに、出来るだけ優しく葉を置いて、乾いた木の表面を撫でる。


「もう落としちゃ駄目だよ」


見上げると、木がまるで返事をするように、ざわりと葉を揺らした。


「相変わらず、良い子だなぁ綺流社は」


突然聞こえた声に振り返ると、正世が微笑みながら立っていた。


「正世!おはよう!」



「おはよう、綺流社」



正世の声に、ほんの少し寂しさが混じったように聞こえて。


「…………どうしたの?」


正世は笑顔を崩さずに、「ん?」と言って首を傾げる。


「なんか今日の正世、少し寂しそう…………」


正世の顔が少し(こわ)()り、視線から逃げるようにすっと目を背ける。


「…………寂しくなんかないよ」


「…………嘘つかないでよ。僕が解んないわけない」



「俺だって綺流社の全部を知ってる訳じゃないし、綺流社の知らない俺だっているよ」



そう言って正世は僕の手を握る。


「…………今日は、早く行こう」「…………なんで?」



「いいから」



そう言って僕の手を引っ張る。人に手を握られるのは、安心して好きだけど。


「い、痛いよ…………!離してよ、正世!」


それでも、正世は力を弱めることなく僕の手を引く。



「正世ってば!」



思わず叫び正世の手を振り払うと、正世は驚いた顔で僕を見る。


「…………あ…………」


赤くなった僕の手首へと視線を留めると、正世の顔が苦しそうに歪んだ。


「…………っ、ごめん…………本当、ごめんな。…………今日は、先に行くよ」


そう言って、振り替えることなく歩いていってしまう。


「……っ、ただ…………!」


正世の名前を呼ぼうとしたけれど、先を行く正世の背中が少し寂しそうに思えて……声が出ずに、引き留められずに、僕は正世の後ろ姿をぼんやりと見つめていた。


「……………………正世………………?」


ずっと一緒にいたのに、初めて正世の心が解らなくなった。

二人なのに、一人。そんな言葉を、不意に思い出した。





ざわざわと騒がしい昇降口で靴を履き替えていると、不意に明るく通る声が響いた。


「きょーやーっ!」


普段なら特別気にしない声に振り返ったのは、何処か聞き覚えのある名前を呼んでいたからだろう。


────鏡夜…………?


声の先には、鏡夜ともう一人、綺麗な顔をした女の子が肩を並べて歩いていた。


「あのねっ!今日は鏡夜のためにお弁当作ったんだよっ!鏡夜が食べたいって言ったから、がんばっちゃったっ!」


「俺は言ってない」


「照れなくてもいいんだよっ!」


「照れてない」


鏡夜と彼女の会話は、一方通行のようでいて、お互いにその会話を楽しんでいるような雰囲気が伝わってきた。


「…………あの子たちホント仲良いよねぇ」


「鏡夜くんって、本当は玉倉のこと好きなんでしょ?」


「さぁねぇ。でも、あの子顔だけは可愛いからありえるんじゃなぁい?」


「可愛いって、得ねぇ」


好き勝手に騒がれる声もまるで耳に入らないような様子で、彼女はするりと鏡夜の腕に自分の腕を絡ませる。

唇が合わさってしまいそうな距離。それでも、鏡夜が彼女の身体を優しく押し戻したことで、その距離はまた開いていく。

僕はそれを、ただ見つめていた。得体の知れない黒い気持ちが、じくじくと僕を蝕む。

黒い気持ちに塞がれて、息も出来なくなりそうだった。



「付き合ってるって噂だよ?」



その瞬間、まるで頭から冷水を被ったように、少しずつ血の気が引いていく。腕をぎゅっと掴んでいなければ、そのまま崩れ落ちてしまいそうになる。

────認めたくない、と、まるで子供のように頭の中で駄々を捏ねる。それでも、後ろから聞こえてきた声を聞いた瞬間、涙が溢れて、止まらなくなった。


「…………おは…………」


不自然に言葉を切り、息を呑む鏡夜の気配を感じる。涙を止めなければ、笑顔でいなければ、なんて思うのに、ぽろぽろと零れる涙を止めることができない。

ああ、嫌だ。こんなの、不自然に決まってる。

この間初めて会って、少し言葉を交わしただけの同級生なのに。あのキスにも、深い意味なんて無いのに。僕だけぐるぐると考えて、馬鹿みたいだ。


「鏡夜ーっ!?ちょっと、そんな所に行かないでよっ!」


玉倉さんの声が聞こえて、答える鏡夜の、低い声が頭の中で響いては離れない。

足元がぐらぐらする。鏡夜と彼女が仲睦まじげに話すその場に居たくなくて、僕は鏡夜を押し退けて、まるでその場から逃げるかのように廊下を歩いた。


────世の中は、残酷だ。


不意にそんな言葉を思い出した。

彼女は君の彼女?

どうして僕に構うの?彼女いるんじゃん。


────あのキスには、深い意味なんて無かった?


ぐるぐると思考が渦をまいて、息苦しくなる気持ちから逃げるように、ただただ廊下を歩いた。



rose7 目障り

正世とも気まずいまま、その日は初めて一人で昼食を食べた。

お弁当はいつも通り美味しいはずなのに、なぜだか今日は味がせず、まるで砂を噛んでいるようだった。

味のしないお弁当を、ただ口に押し込んでいるだけ。「食事」というただの「作業」を、何度も何度も繰り返しているような感覚。息をすることも苦しくて、痛くて。

教室の隅では、正世と他の男の子の笑い声が聞こえて。そう言えば、正世には僕以外にも沢山友達がいたな、なんて当たり前のことを思い出す。

何故だか食事を続ける気にもなれなくて、お弁当箱を閉じた瞬間、玉倉さんに呼ばれた。


「綺流社くん、話ししたいことがあるんだけど、ちょっと良いかな?」


頷くと強引に階段下まで手を引かれて連れてこられた。とんっ、と言う微かな音がして見れば、逃げられないように玉倉さんが壁に片足をつけて、逃げ道を塞いだ音だった。


「あのねぇ、もう鏡夜に近付くの、止めてくれないかな?鏡夜が迷惑がってるのが解らない?」


頭に冷水を浴びせられたような気がした。足がガクガクと震える。


「目障りなのよ。ありもしない勘違いをいつまでも続けて、勝手に夢見て。

周りを振り回して迷惑かけていることに気付かないの?

鏡夜があなたに優しいのは、ただあなたに同情しているだけよ。いつも、鏡夜は疲れた顔であなたのことを話してるわ」


心臓がどくどくと音をたてる。「迷惑」の二文字が、頭の中で点滅する。


「鏡夜はあなたのこと、「重いし、一緒にいて疲れる」って言ってたわ。「つまらないし、面倒だ」ともね」


玉倉さんは、組んでいた腕をほどいて、逃げ道を塞いでいた足を壁を蹴って戻す。

そうして、僕の正面からまるで僕を射ぬくように真っ直ぐに見て、言った。


「本当に、目障り。いきなり現れて、何も出来ないって周りに守られてばかりで。見ているだけで苛々する。もうあたしと鏡夜の前に現れないで」


吐き捨てるようにそう言うと、玉倉さんは去り際に耳元で囁く。


「鏡夜もそう言ってる」


そう言うと、玉倉さんの姿が遠くなる。少しして、彼女の姿が完全に見えなくなると、僕の瞳からぼろぼろと涙が溢れてくる。


────本当、目障り


────見ているだけで苛々する


────鏡夜があなたに優しいのは、ただあなたに同情しているだけよ


優しさが同情からくるものなのかもしれない、とは、気付いていたつもりだった。

正世以外の友達があまり居ない僕に。唯一話せる間柄だった日下部くんに、体育倉庫に閉じ込められた僕に。


だけど────君の優しさに、勘違いをしてしまっていたのかな。

本当は、内心つまらない僕に、(へき)(えき)していたのかな。

もしも────もしも、君が僕を邪魔だと思うなら。僕はしばらく君の傍を離れるよ。

それでも…………もし、君が僕を邪魔だと思っても。


────僕は君が好きだよ


情けなくぼろぼろとベッドの中で泣き続けた翌日、僕はそのまま風邪をひいてしまった。

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