苦しむくらい、君が。
rose3 もしかして、彼女…?
────心臓がズキズキする。……ううん。ズキズキなんて言い表すことが出来ない位の痛みだ。
「鏡夜……」
あの人の名前を呼んだら、涙が溢れて止まらなくなった。
話は三日前位に遡る。
お昼時にトイレに行った正世を廊下で待っていると、数人の女子生徒が廊下で固まってヒソヒソと噂話をしているのが聞こえてきた。
「……でさ、玉倉と鏡夜君付き合ってるんだって。この間、二人で図書室にいるのを何人もの女子が見てるんだって」
「ショック~。でも、玉倉美人だもんねぇ。悔しいけど、鏡夜君の彼女って言えば玉倉ぐらいだよねぇ」
「うん。玉倉性格悪いけど、顔は可愛いんだもん」
「3組の福野君、告ったんでしょ?」「7組の松田君も告ったって聞いたよ」
────嘘だ…………そんな…………
頭から冷水を被ったように、少しずつ身体が冷たくなっているのがわかる。
どうして?嘘だった?全部?なら────…………
丁度正世がトイレから戻ってきて少し怪訝な表情をする。
「綺流社……?」
そして、そっと周囲を見て状況を把握したのか、いつものように僕の頭に手を置いて言った。
「……行こうか。教室」
そう言って優しく微笑む。
一緒に教室へ戻る間、正世はずっと隣で僕に煩いくらいに話しかけてくれていた。
僕が噂話を聞かなくて良いように。少しでも僕が笑えるように。
正世の優しさが、心に染みて、鼻の奥がツンとした。
ありがとう、正世……。
rose4 急接近!?
「ごめん!綺流社。俺、今日放送の当番だった!ちょっと行ってくるから待ってて!」
正世は、昼休みになるなり教室を飛び出していった。
「え?あ、うん。行ってらっしゃい。」「おう、行ってくる!」
びゅんと、音がするような風のような速さで正世は教室を出て行った。
「わぁ…………、正世すごーい…………」
乱れた髪を直していると、数人の男子生徒に呼ばれる。
「綺流社、ちょっと良い?」
友達の日下部くんも手招きしている。
「…………?うん、どうかした?」
以前から正世に「俺が居ない時は呼ばれても無視して、その場から逃げろ」と言われていた。
────…………でも、日下部くんなら大丈夫だよね?
日下部くんは、クラスの中でも一位、二位を争うくらい真面目で頭も良い。先生から信頼もされてるし、大丈夫だろう。
日下部くんは笑顔で
「今日、俺放課後倉庫掃除頼まれているんだ。でも、俺今日用事あって……。悪いけど、倉庫掃除代わってくれないか?」
日下部くんは本当に困った顔をしている。
────…………日下部くん、本当に困っているみたいだ…………
確か今日は用事は無かったはずだ。正世も委員会なので一人で帰ることになる。
「いいよ。僕でよければ…………」
すると日下部くんは瞳を輝かせて
「本当か!ありがとう、綺流社!」
嬉しそうに言う。大袈裟だよ、なんて笑いながら放課後の予定を頭の片隅にメモする。
────…………その時に、日下部くんがそっと笑ったのに、どうして気づかなかったのだろう
その日、彼の掃除担当場所である体育倉庫は、担当教師の出張で掃除が無かったというのに。
「あれ…………?誰もいない…………」
体育倉庫へ向かうと、ほんの少しの違和感があった。しかし、気のせいだろうと思い直して、箒を手に取る。
コホコホと、舞う埃にむせながら、一人で掃除をしていると
────ガタンッ!
倉庫の扉が開く音がした。
「え…………っ?」
倉庫の中は真っ暗で、何も見えない。
すると、急に生温かいものの気配を感じた。
人。それも、男の子の…………。
「ひっ…………!」
何かに腕を触られる。荒い人の息遣い。低い話し声。
────誰も来ないのか?
────来ないだろ、こんなとこ
────ついてないなぁ、今日に限って正世がいないなんてさ
誰?嫌だ、怖い。放して。放して。お願い。
声をあげようとしても、恐怖で声が喉の奥で詰まってしまったように出なくなる。
恐怖で動けなくなった。…………その時だった。
「何やってるんだ!」
聞こえたのは……鏡夜の、怒りを含んだ声だった。