表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

毒舌

 「ということがあったのだよ。どう思う? 友人」

 「いや、何があったの? 急に、ということがあったのだよ、と言われても分からないからな? あと、俺の事友人と呼ぶのやめてくれる?」

 「酷いことを言うな、友人。こちらは友人だと思っていたのに。私は女子からの罵倒は慣れてしまっているけれども、男子からの罵倒に対し免疫はない。まあつまり……泣いていいか?」

 「駄目だよ! てか、俺もお前のことは友達だと思っているよ。でも、いい加減名前で呼んでくれよ! 俺の名前、友人じゃない」

 「ふ、私に友人がいるとは知らなかったな」

 「俺が泣くぞ」


 という訳で、友人に休日の出来事を話す。もちろん、私の不思議能力の事も、彼女が一瞬でチャラ男Cを打倒したことも隠しておいた。


 すると、友人は驚いたような表情を浮かべた。そして、彼は何かを思い出すような素振りを見せた。数回頷いた後、


 「うん、やっぱりその女あいつだよな? なあ、文人。その女の名前、何て言うんだ?」

 私は考えてみる。そういえば、彼女の名前を聞いていなかった。

 「いや、聞いていない」

 「うん、その状況で名前すら教えない女って言ったら、あいつだな」

 「友人よ、先程からあいつあいつと言っているが、あいつとは誰だ?」

 「俺らとタメの女。雪城葵ゆきしろあおいだよ。名字は雪城な」

 「で、その雪城さんがどうした?」

 「お前が言ってた女、たぶんそいつだよ。この学校にいるぜ。雪城は毎時間、図書室にいるらしい。行ってみれば?」


 友人に言われて、私は図書室へ行くことにした。ちなみに、私は友人の名前を覚えていない訳ではない。私もそこまで非道な人間じゃあない。


 まあそんなことはどうでもいい。

問題は雪城さんである。彼女に会っても、何をしたらいいのか分からない。というか、会う意味が分からない。


 そういう思いを抱きつつも、私の脚は図書室へと向かっていた。

 現在は昼休み、時間はたっぷりとある。


 雪城さんと初めて会ったのは、二日前である。現在は月曜で普通に学校がある日だ。彼女が休みでない限り、会うこと自体は可能。


 美少女に会う為ならば、如何なる労力すら惜しまないのが私である。

 一々、余計なことを考える必要もあるまい。しかし、私には心配事があった。

 図書室に到着した。迷わず、ドアを開けて図書室内に侵入した。

 

 雪城さんを探す為に、私は周囲を見渡した。欲しい本は自分で買う派の私は、今まで図書室に来たことが無かった。だから、いまいち図書室の間取りを把握していない。

 

 見渡す限り本棚。本棚と本棚の間には、多くの人間が右往左往している。

 適当な本を引っ張り出して、立ち読みする人。本を借りて出て行く人。図書室に備え付けられている席について、本を読み耽る人。

 

 本を読むには、絶好の場所かもしれない。落ち着いた、穏やかな空気がここには流れている。だが、そんな中、唯一他の場所とは一線を画す空気が流れている場所があった。


 雪城さんがいた。

 彼女は席に着き、黙々と読書している。近寄りがたい空気を身に纏いながら。

 事実、彼女の席に近づく者はいない。

 彼女半径二メートル以内を避けるようにして、皆は席についている。

 気にせず、彼女に近寄って、彼女の隣に腰を下ろす。


 「やあ、雪城さん。久し振り」

 「誰ですか、貴方。私の名前を知っているところをみると、どうやらストーカーのようですけれど」


 ……。私が心配していたことが現実となった。雪城さんに出会ったのは、二日前。そして、彼女の性格を考えて、彼女が私の事を忘れている可能性は高かった。

 

 だが、気にしている場合ではない。一刻も早く、私の事を思い出していただかねば。

 

 「鍵崎文人という。きみとは二日前に会っているから、もう知り合いだと思っていたけれど、こちらの勘違いだったかな?」

 「はい、勘違いですね。ですが、思い出しました。貴方は確か、正義の味方ごっこをして、顔を二回も殴られたお人でしたよね」

 「お、おう。その思い出し方はあれだけれど、そうさ。私が鍵崎だ」

 「さて、男同士の触れ合いで鼻血を出す鍵崎さん。一体、私にどんな用事があるのでしょうか? 二文字以内でお願いします」

 「無理! あと、その表現は酷過ぎる! 確かに殴られて、鼻血出したけども」

 「仕方がありません。心優しい私は、貴方にもう一度チャンスを与えましょう。ジェスチャーで、伝えてください」

 

 無理難題を突き付けられてしまった。だが、やってみよう。


 「……」

 「分かりました。つまり貴方は――私に一目惚れして、少しでも私とお近づきになろうと会話をしに来た。ということですね」


 合っている。けれども、認めるのも癪だから、否定することにした。これは私のプライドの問題であり、ただ天の邪鬼なだけではない。


 「違うね。私の目的はそれじゃあない」

 「ジェスチャーでお願いしますと言ったでしょう。何も言わないでください。空気が汚れてしまいます」


 まだ喋ってはいけないようだった。私は再びジェスチャーを振るう。少し、楽しくなってきた。

 もしかすると、私はジェスチャーが上手いのではないだろうか。

 

 「分かりました。認めるのが癪だから、とりあえず否定した。ということですね」

 「何故、何故分かる! やはり、私はジェスチャーが上手いのか? 私はピエロになるべき男なのか?」

 「えっ? ピエロじゃないんですか?」

 「いや、今は違うよ! これからなるかもしれないが」

 「いえ、無理でしょう。貴方は精々、自宅のPC前のポジションを守ることしかできないでしょう。分かっていますよ」

 「……」

 「おやおや? 傷ついてしまいましたか?」


 私が俯き黙っていると、雪城さんは煽るようにこちらの顔を覗いてきた。心なしか、表情が明るい。どんなにドエスですか、この女子は。

 しかし、女子に煽られて傷つく私ではない。寧ろ、


 「ふふふ、勘違いしているようだが。私は美少女と会話できている嬉しさに、俯いただけで傷付いているという予想は外れさ!」

 「今日一番の笑顔ありがとうございます。スマトラオオコンニャクのような、貴方の微笑みに私はもうクラクラしてしまいます」


 スマトラオオコンニャクとは何だろうか。ともかく、きっと私の笑顔に見合うような素晴らしいものなのだろう。


 「すいません、鍵崎くん。貴方が余りにも大きな声を出すので、図書室内で大変目立っています。という訳で、屋上で話しましょう」

 「あ。ああ。すまないな。思わず声を荒げてしまっていた様だ。紳士として、情けない」

 「はい、大変見苦しかったですね」


 屋上へ行く。私達が通うこの学校は珍しいことに屋上が開放されている。という訳ではない。彼女は器用に鍵などをはずして、屋上に侵入した。


 私が唖然としていると、彼女は首を傾げた。


 「どうしたんですか、鍵崎くん。高所恐怖症ですか? 仕方がありません、ではスカイツリーにでも行きましょうか」

 「いや、そうじゃなくて。私はてっきり屋上前の階段とかで話すとばかり……」

 「無駄話はもう良いです。私は貴方が高所恐怖症ではないことを知って、ショックを受けているのです。もう少々、私を気遣ってください」


 無視して、私も屋上へと侵入してみた。無視すると、彼女はプクリと頬を膨らませて、不貞腐れていた。正直、かわいい。


 屋上へと続くドアを閉め、私はさらに一歩前へと出た。

 屋上に吹く風が全身を打つ、周りの建物より高いから景色を邪魔するものが無い。見晴らしがよく、とても気持ちがいい。雪城さんの髪が風に吹かれて揺れている。


 とてもよい場所だ。


 「さて、本題に入りましょうか。鍵崎くん、私はまどろっこしいお話は嫌いです。だから、聞きますが。ずばり……貴方は私のストーカーですか?」

 「はい?」


 今までとは違う、真剣な彼女の眼差しにこちらは戸惑ってしまう。今までの毒舌とは違う。真剣な悩みを打ち明けるような声色だった。


 「分かっていますよ、鍵崎くん。貴方はストーカーなのでしょう。理由は多々ありますが。一つ目としては、土曜日の事です。私は敢えて、あの男達に捕まり、あの路地裏まで誘き出しました。私のストーカーならば、私が連れて行かれるのを黙って見ている筈はないですからね。そして、私があの路地裏に連れて行かれたことに気がつく人は、私をよく見ている人のみです」


 四六時中離れず、私を観察している人のみです。と彼女は続けた。


 「ふむ。誤解されているようだが、私はストーカーじゃあないよ。そんな面倒なことをするくらいならば、直接会って告白する。失敗しても、何度も繰り返すのはストーカー風だろうけれどもね。しかし、そこにあるのは紛うことなき愛!」


 「はい、ストーカーですね。警察には言わないで上げましょう。ただし、それなりの制裁は受けていただきますが」


 言って、彼女は静かに拳を構えた。もしや、まだ疑われているのだろうか。

 というより、まさかまさかの鉄拳制裁だろうか。むむ、困った。女子に殴られたことはないけれども、きっと素晴らしい味なのだろう。楽しみになってきた。

 

 覚悟を決めたと同時、彼女の拳が頬を掠めた。私は青ざめた。見えなかった。耳元では、確かに拳が通過した轟音が鳴り響いている。そして、掠めた部分の皮膚は切れて血を噴き出している。

 刺すような彼女の視線。暗い影のある顔で彼女は、


 「私の拳は少々、痛いですよ。具体的には、学校の壁くらいなら二発で破壊できます」


 妄言とは思えなかった。確かに、雪城さんの拳にはそれくらいの威力がありそうだった。青ざめる私を見て、彼女は僅かに失笑した。


 「冗談です。貴方はストーカーではないようですね」

 「何故、分かる? きみくらい素敵な子になら私だってついストーカーしてしまうかもしれないよ?」

 「いえ、分かります。貴方はそういう人です」


 無表情で雪城さんは一人納得していた。だがしかし、私は納得いかない。結構怖かったのだ。説明して貰うくらいの権利はあるだろう。


 「で、どうして私がストーカーの犯人だと思ったのだ?」

 「怪しい人は疑うように教育されてきましたので。真っ先に貴方を疑うのはしょうがないかと。鍵崎くんは怪しいが服を脱いで歩いているようなものですから」

 「私は断じて露出狂ではない!」

 「鍵崎くん、いい加減服を着てください」

 「着ているよ!」

 「おや、どうやらその服は馬鹿にしか見えない服なのですね」

 「いや、私の友人にも見えている。ちなみに、私の友人はかなり頭がいいぞ」

 「いえ、貴方のことが馬鹿にしか見えないと言っただけですが?」

 「……く。話が進まない。早く、ストーカーだと思った理由を教えてくれないか?」

 「地面に両手をついて、両足を地面から上げ、肋骨でコサックダンスを表現しつつ、いさだくてえしおまさろしきゆ、と叫んだならば教えてあげましょう」

 「分かった」


 逆立ちしつつ、肋骨でコサックダンスを表現し、叫んだ。上手くいかなかったけれども、熱意は伝わったようだ。彼女は表情を引き攣らせつつ、教えてくれた。

 おそらく、物理的にも精神的にも数百歩引かれただろうが、忘れてしまおう。


 しばらく、雪城さんの説明に聞き入る。どうやら、彼女はストーカー被害にあっているらしい。これは妄想などではなく、実際、家に気持ち悪い手紙が届いているそうだ。この気持ち悪さは私に違いないと、私を疑ったようだ。というか、最後の説明は不要だった。


 「そういうことか。ならば、私もストーカーを見つけるのに、協力しよう。というか、その前にきみは警察には連絡したのか?」

 「いえ、面倒なので」

 私は呆れた。彼女に警察に連絡するよう助言して、今日は一端ここで別れることとなった。ストーカー探しは明日からだ。今日は何故だか、疲れてしまった。最近、疲れてばかりな気がするのは気の所為だろうか。

 「じゃあ、また明日ね」

 「ええ? 貴方に明日が来るんですか?」

 「……来るよ! じゃあね」 


 雪城さんが小さく頷いて、微笑んだ。思わず、見惚れていると再び半目を向けられる。


 「さようなら」

 彼女の背を見送りつつ、私は教室へと向かった。まだまだ授業はあるのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ