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第一話 アザー マザー

 なんで、夢の中で地獄に行くことになるの。

 夢の中って、楽しいことでイッパイにしたいじゃない。

 ユイは、ネコの温かな背中に頬すりをして、考えていた。


 例えば、ステージに立ってファンに囲まれるとか。

 例えば、王子様とダンスして、宇宙旅行に出かけるとか。イケメンとラブラブで、……キス……とか。

ユイは、歩くネコのピンクの毛皮に埋もれていた。


 確かに義務教育の一環で個別のエキストラ・ポイント獲得のチャンス。

 中等教育の社会参加授業なのだから……仕方ない。

 ユイは、今を受け止める準備をいまさらながらに始めていた。


 「ユイさん、ところで設定ですが、同乗者はどのようにいたしますか?」

 「同乗者って? 誰か乗せてもいいの?」

 ネコの突然の言葉に、ネコの背中にうつぶせていた顔を持ち上げた。


 「ええ、最高同乗員数が3名ですので、あと2人です」

 「……誰……」

 ユイは考えた。楽しいなら、友だちも、でもいきなり夢で……。ユイは友達のこと、片思いの彼、親…さらに、考えた。


 「パセリぃ、レイとリンに会って……から行きたい」

 「学校の同じクラスのお二人でしょうか?」

 関西弁の饒舌な二人が一緒にきてくれたら、どんなに心強いかなあと、ユイは想像した。


 「うん。ちょっと……喧嘩しちゃって、謝りたいの……でも。……やっぱ、やめとく」

 「やめておきます?」ユイは、うなずいた。

 まるで不幸の手紙を、夢バージョンでやっているようだと……義務教育の無理強い……。夢から醒めて……嫌だ。


 「パセリ。このゲームのような授業、途中で……ヤーめたって。乗ったり、降りたり……できるのかな?」

 「同乗者の方がその方の枕元で乗り降りするのは大丈夫です。ただし、一度行ったその場所その時間には行けません」

 ネコが、背中で考えているユイに声をかけた。


 「どうゆうこと?」

 「ユイさんが訪ねた同じ時間と同じ場所に繰り返し訪問できないということです。それは同乗者にも当てはまります」

 ユイは諦めた。諦めれば、今を楽しもうと思った。ピンクのネコの背中でぬくぬく、気持ちいい。ユイは、ピンクのリアル・フランネルのような感触を満喫していた。


 「ユイさん、他にありますか……」

 「バトルとか……、暴力とか……、あるの」

 細い毛並みをクルクルっとまいて、手を離す。


 「悪魔とその蟲がいれば……戦わないと、精神破壊者の檻に入れられますので。でも、わたしが相手しますのでご安心ください」 

 「ぜったい、イヤだからね。守ってよ」

 ユイは、ネコの背中に座りなおした。


 「それでは……、地獄、煉獄、パラダイスへのひとつめです」

 白い霧が遠ざかるように消えていくと、雨が降る町の姿が足元に浮かび上がった。

 どこかで見たことある風景が映し出された。

 

 空からふわふわ降りていく。

 雨が落ちる町並み、遠くで下校時刻のチャイムが鳴っている。

 夕方には早く、昼には遅い時間。

 

 「これから見るのは、親子の地獄です」

 赤い屋根、青い屋根、碧の合間に紅の沈丁花。グレーの空から振るのは……涙かな?

 幸町7丁目の電柱が見えた。


 黄壁のある家の前に着くと、視界が部屋の中に入り込んだ

 泣き声が聞こえていた


 ドアを開けるとこどもが泣きながら謝っていた。


 「ママ、ごめんなさい。ごめんなさい」

 「食べる時によそ見しないってっ、何度いえばわかるのよ」

 お母さんが高く手をかざすと、こどもが泣きながら両手でおデコを押さえた。


 バカン、手の平がテーブルを圧する。

 ガシャ、手がテーブルを叩く。

 パープルに白泡模様のネイルの指先で、お皿が浮いて、落ちた。


 「あー、あー、あー」

 「うるさい、あああ~、うるさい、泣くな」

 黒いおかっぱ頭の少年が一瞬震えて、とまって、また泣き出した。


 20歳ぐらいに見える顔、細い肩にチャコールのペティコートのラインが見える。

 震えるマスカラの下に哀しい目が、イライラしている。

 お母さんが大声でこどもを威圧する。


 「お前のために、怒ってるの、よ。ワカル、え、ワカル」

 こどもは幼稚園児だ。カバンが落ちている。

 お母さんのワンレグに髪をかきあげるとこどもに向き合った。こどもの顎を握って揺すった。


 こぼれたのはマグカップ? それともビスケット?

 テーブルの上から落ちていた。

 フローリングの床に広がっていた。


 「ゾーキン、ゾーキン」お母さんが部屋を出て行く。

 こどもが泣きながら、椅子から降りると、手で床を拭いた。

 床に汚れが広がった。


 その場に、ピンクのネコに乗ってユイが降り立った。

 「……地獄だわ。見たくないのよ……ひどい……現実」

 「13時間前に起きていた状況に入っています」


 部屋に戻ってきたお母さんがこどもを見る。

 ワンレグのヘアの中で、まつ毛が跳ね上がる。

 ブルーのレンズを入れた瞳が怒りに見開かれた。


 「あんた、何、やってるの。食べ物で泥遊びしてるんじゃないよ」

 言葉と同時に、手の平が横に薙いだ。

 お母さんの細い腰が鋭く体重移動。右から左に停まると、全体重が手の平に載った。


 雑巾の先が鋭いムチとなり

 幼児の頭を叩いた。

 幼児は、壁に飛んだ。叩きつけられた。


 「お前を愛しているのに、なぜ、分からないのよ」

 「ちゃんとした教育をしてほしいのよ、でも、いい学校に行けないって」

 お母さんの言葉が、こどもの上にのしかかる。


 「お前ができなのが、わたしのセイだって、言われるのよ」

 「あいつも出て行くし。貯金もなくなってきたし」

 パープルの白泡模様のネイルカラーが体重を載せて往復する。


 「少しでもいい生活したいって、努力してるのに」

 「お前は、泣いてるばかりで、なにも身につけてくれない……」

 汚れた雑巾が嬲る下で、おかっぱ頭を抱えて、少年が泣いていた。

 

 「ごめなさい、ごめんなさい。おかあさん、ゆるして」

 「罰よ、あなたに罰を、あたえるの……それが、親の愛なのよ」

 お母さんの顔が、うっすら喜んだような、笑ったような、泣いたような、入り乱れた彩りになるのをユイは見ていた。


 「罰よ。あんたがキチンとできるように、ケースの中に……」

 「いやだよ、スーツケースになんか、入れないで、ヤダ、やめて」

 こどもが暴れ出した。


 「パセリ、なんて言えばいいのさ。この母親に、わたし、なんて声をかけるの……教えて」

 「思ったとおりを伝えてください」

 ユイは、泣いていた。


 「パセリ、あなたがた精霊が言えばいいでしょ」

 「わたしたちの声が届かないのです、最近は。精霊のささやきを受け止めてくれないのです」

 居間に広がっているこどもの泣き声、お母さんの細い腕と乱れる長いブラウン・ヘアをユイは見ていた。


 「教えて……、教えてくれないと、わたしが狂ってしまうよ」

 こどもの白いシャツにはクッキーとオレンジジュースの水玉模様が広がり

 サスペンダーの赤いズボンには、汚物のシミが広がっている。恐怖に、漏らしている。

 

 「さあ、ユイさん、今、お母様の意識に入らないと……」

 「だから、何て言えばいいの、教えて」ユイは叫んだ。

 ネコが、落ち着いていただくように伝えるように話した。母親にこどもの気持ちになってもらう、だめなら、犯罪者として裁かれる……。「勉強しているとおりです」と、話した。


 ネコに押されて、お母さんの頭にユイが右の手をかざす。

 吸い込まれるように、ユイの体がお母さんのからだに重なった。

 ユイは泣きながら、お母さんに訴え、祈った。


 「やめてください。もう、こどものためにもよくないよ。お母さんのためにもならないよ。やめましょう」

 「声をかけないで。わたしの務めを果たしてるのよ。わたしの母に教わったとおりに、ね」

 お母さんはこどもの左手を持つと、引きずり、部屋の奥のクローゼットを開け、大きな赤いスーツケースを出した。


 「やだ、それだけは、いやだ。ごめんなさい。やめて」

 「お母さん、こどもの声を聞いて。お願い……お願いです。警察を呼びますよ」

 スーツケースを開けると、お母さんが中にこどもを押し込んだ。お母さんの意識に触れたのは、その瞬間だった。


 ……いい子にできれば、幸せになる。わたしは母親。いい子にするのは、わたしの責任……

 ……お金がいるのよ、お金さえあれば、この子はいい子になる。お金持ちになるのよ……

 ……こどもができなことはわたしの責任。こどもが悪いのは、わたしの罪。わたしはいい子にできない。将来は惨め……

 

 自分を否定することで、こどもを正していると肯定できる、その強さは何なの。

 こどもを否定することで、自分を肯定するしかない。

 自分を責めている母親が、ユイの前にいた。

 

 こどもの将来が「あるべき理想」になるように。お母さんの情念が燃えていた。

 情念が……暴走している。

ユイは、情念で自らも燃やし尽くそうとしている母親の姿を見つめなおした。


「なんで、こうなったの……ネコ、知っているなら教えて。お母さんのいう『お金があれば』っていう意味を?」

「はい、お母さんのプロファイルによると、10年前に結婚、9年前にこどもが誕生、5年前に離婚……」

ネコが、居ずまいを正してネコ座りなると、大きな牙をむき出すのを、ユイは振り返り見ていた。


「お父さん、いないの?」

「はい。こどもと二人暮しです。『シングル・マザーでも、こどもを育ててみせる』そう話して、がんばっています」

ネコが尻尾をフリフリ、母親の顔に黒い目を向けた。


「でも、お金、ないって、いっているよ」

「はい。……お母さんの収入だけでは、こどもを育てるには、年ベースで少なくても170万円の負債が発生しています」

13時間前の映像でしかない。ネコの頬に手を置いて、お母さんの行為を見ているしかなかった。


「でも、それでも……」

「全国にシングル・マザーといわれる方々が120万以上もいます。その80%以上が、生活に困っています」

ユイの前で、泣き叫ぶ子供が赤いスーツケースの中に押し込められている。


「シングル・マザーじゃ、だめの……」

「そうですね。両親のいる家族では平均収入が500万円程度ですけど、シングル・マザーでは約200万円程度になります」

ユイは、右目で泣いて、左目で怒り、右手で引き裂き、左手で守っている母親の心を見ていた。


「それって、困るじゃない……」

「はい。お困りです。シングル・マザーになった理由はいろいろですが、収入が少なくなるケースがほとんどです」

ユイの知らない世界があるのは仕方がないけど、ユイは目の前で世界の裏側を手にしてしまう困惑を手にしていた。


「この親子も、2012年に始まった世界的経済低迷によって、支援も大幅にカットされました」

「なんとか、できないの……じゃないと、男の子が……」

ユイは、なんとかしたいと思った。心の底から、今を変えたいと思った。


「家庭内暴力の原因に、シングル・マザーの苦しさも引き金になっていますが、別の原因もあります」

「別の原因って……」

ネコが、後ろ足で頭をかいた。ユイは、さらに裏があることに驚いていた。


「お祖母さんの教育方針が厳しかった。PTSDによる心的傷害が残っているのです」

「それで、それが繰り返されているというの?」

ユイは、うなずくネコの顔を見ていた。


 「わたしは、お金持ちになれる、いい子にすれば、いいのね」

 「いえ……、国はそこまでお願いするつもりでは……、ただ優しい言葉を……、あとは警察管轄です」

 お母さんのこころから、ユイは離脱した。


 「パセリ。今すぐ、わたしを、レイか、リンのところへ連れて行って」

 「何をしますか。助けの福音……ですか?」

 ユイはピンクのネコの背中に乗った。そして、こどもを助ける方法を思い出していた。


 「レイとリンが言ってたの。教室でいつも一人でいる、お金に詳しい生徒がいるって……」

 「その友だちが、助けの福音っていうことでしょうか?」

 ユイは分からなかった。この状況にできることなど、中学生の自分には何もない。ただ、友達の数なら戦える。

 

 ユイは友のもとに飛んだ。

 お母さんとこどもを助けるために

 パセリと飛んだ。


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