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序輪 ピンクのパセリと旅に出る

高度経済成長に生み出された無自覚な集団により

ばら撒かれた多くの幸福と不幸が結実していく2013年以降。

人のインターナル・ワールド、精神世界を救う技術が生まれた。


疲弊した経済により多くの犯罪が発生。

被害者が加害者になり、

また被害を広げる悪意の連鎖が拡大した。


被害によるPTSDの多発。引き起こされた精神障害。

生まれてくる人格破壊者を助け、連鎖を断ち切るために、

夢を利用したパーソナル誘導が開発された。


心理学と神秘とテクノロジーをモチーフに

人々を救い、誘う精霊ボランティア・プログラムが稼働。

神がリアル社会で活躍する現代となった。


犯罪によって傷を負った魂に対して

精霊たちの治療が効果を発揮していく。

ドリーミング治療、スピリチュアル治療……。


ある日、少年少女たちのプログラム参加が義務付けられた。

精霊と共に社会活動、ボランティアに出て行く。

福音社会を人々の手に……。


仮想と現実とが融合する社会で、人は夢をも利用していた。


 まだ暗い。

 ほんわかして寝ていたい。

 朝の夢は、暖かなピンク・キャットのブランケットにつつまれている。


 面白いことないなぁ。 面白いこと、したい。

 あんで生きてるんだ。活きてるって感じ、ほしい。

 ブランケットを首までたくし上げると、ユイは膝を抱えて丸くなった。


 学校で仲間に嫌われないようにするのに、疲れるし。

 また、お母さんやお父さんと喧嘩したし。

 ユイは、十四歳の春だというのに、消えてしまいそうな感じに目覚めていた。


 リンも、レナも、寝てるだろう。

 彼、何してるのかな?  ……寝ているんだろう、多分。

 眼と手だけ毛布から出すと、枕の横に置いておいた携帯を毛布の中に引き込んだ。


 午前3時すぎだわ。携帯電話のメールの文字がまぶしい。

 ボケーッと見て、また、閉じた。

 目を閉じて、枕に顔を押し付て、ブランケットを被る。携帯電話の接続端子をつないだ。


 神様、お導きをお願いします。……夢の中で、会いたいな……ステキな…。

 ブランケットのかわいい色で、頭の中までピンクに染まれ。

 膝を抱えて、夢の中へ。ユイは、目を閉じて、また眠りの底に落ちていった。


 「……ステキなこと、したいですか?……」

 「……だれ? だれなの……」

 霧がかかったような頭の中に、誰かのハスキーボイスがこぼれて、響いた。


 「……わたし、パセリといいます……」

 「……パセリ……?」 「……はい……」

 ユイは、漂うような感覚の中で、嫌いな野菜の名前を思い出して、ちょっと目元をしかめた。

 

 「夢だっていう感じで、夢を見ることって、あるの?」

 「……はい……リアルとファンタジーの境界です」

 頭の後ろから声がする。振り返ると、ネコがいた。大きなピンクのネコだ。


 白い空間に、ネコすわりで、ユイの顔を見上げていた。

 ピンクの濃淡が虎柄にひろがり、ボテリとした顔に黒い瞳、黒い鼻。

 ユイは、目の前の鼻に手をかざす、鼻の頭が手のひらぐらいあるのを見ていた。

 

 一瞬、躊躇。そのまま、ユイは吹き出した。

 「ごめん(笑)~、だって~、笑っちゃうわ~。あんた~、ピンクなのよ(笑)」

 ユイは、ピンクの虎柄、大きく黒い目を開いているネコの、目と鼻の先にパジャマ姿で立っていた。


 「(笑)真っ白のお部屋に~、一匹の~ネコ(笑)」

 「(笑)耳が~くるくる~クルリンっと回る~。おかしいでしょ(笑)」

 ユイの前でちょこんと座り、ネコに落ち着きがなかった。


 ピンクのネコ、頭を下げた。前足で、おでこの毛をつくろっている。

 笑っているユイの前、ちょっと恥ずかしいみたいで、目線を外して、舌を出して、頭を下げて… 

 ユイは、夢の中で出会えた大きなネコのしぐさに、手をたたいて喜んだ。


 「ごめんね、いきなりで、笑っちゃたらワルイよネ~、ブブ、ははは」

 「でも、ハスキーボイスで。~しかも、ピンク~あはは」

 ユイは、笑い涙を指で取ると、払って落とした。


 「悪気はないけど、笑っちゃたぁ。~夢だって分かるから~ひひっィ」

 「あ……ありがとうございます。気を遣っていただき、感謝します」

 ネコが、まっすぐにユイをみると、頭をふりふり挨拶している。


 思い出した。

 首ふりのネコ人形。

 ユイは、カタカタ、ふるふる、うなずき人形を思い出して、また笑い出した。


 「はは…、ごめんね。笑っちゃって、あなたのお名前さ」

 「名前ですか? パセリ、です」

 パセリというピンクのネコは、笑うでもなく怒るでもなく、ネコの表情で座っていた。


 「パ…セ…あははは~~ごめんなさい、パセリさん」

 ピンクのトラ柄ネコのパセリ。「ないでしょ。それって、ないよ~」

 ユイは、お腹を抱えると、座り込んで大声で笑っていた。


 「あ、そこまで喜んでいただけると、恐縮します」

 「あ、もう、ダメ、いやああ、笑っちゃうよ。ネコ、……パセリさん……真面目なんだ」

 ユイは、お腹が痛いし、呼吸が苦しい。涙を流していた。


 「夢の中で爆笑なんて、初めてだよぉ」

 「ありがとうございます。本当にご案内に来たかいがあります」

 透明なグラスのような目だ。 縦に黒い瞳。大きな目の中にはユイの姿が映っていた。


 「安藤ユイマールさんですね? 本日は研修旅行のご案内にきました」

 「案内? 名前はユイでいいよ。なんの旅行なの?」

 学校のボランティア活動と聞いて、ユイはつかさず応えた。

 

 「いやだ。いかないよ」

 「そう、おっしゃっても……」

 ネコが顎を上げて、鼻を天井に向けると、頭をそのまま左右にツイストさせた。


 「ゼッタイ、イヤ。ピンクのネコに言われてもヤダ。イヤなものはイヤ! 地獄なんて、見たいと思う? ばかっじゃない」

 「なんで、でしょうか? 地獄発、煉獄経由、パラダイスです」

 ユイは、パジャマの膝を抱えて、上気させた顔をふくらませて、怒り出した。


 「夢……だからって、なんで地獄を見なきゃいけないのよ」

 「煉獄の出口で人助け福音シャワーを浴びて、パラダイスに行けるんです。すばらしい得点付き」

 ユイは、ネコが表情を変えずに上下左右に顔をまわす話すしぐさを見ていた。


 「なにそれ。ならサイショっから天国に連れて行ってくれればいいじゃん」

 「ユイさん。それに、プラスαもございます」

 ユイは、本気になんかしないんだと心の底から思うことで事態を回避したいと思っていた。


 「プラス……アルファって、なに」

 「地獄と煉獄で人助けをいたしますとパラダイス、プラス履修ポイントをご提供。しかもロマンスの神様のお導き付き」

 ユイは、ネコが毎朝、人間関係改善マニュアルに恋占いをプレゼントするというのを聞きながら、信じないように膝の間に顔をうずめた。


 「もちろん、助けた人数次第で、倍倍の複利計算で成績の急上昇です」

 「なんか、新しい宗教みたいじゃん、この夢。変じゃん、ネコ」

 膝の間から顔を出して見上げると、ネコが鼻を突き出してユイの顔をつっついた。


 「いえ、ゲームとお考えいただけたほうが良いかと……」

 「ゲーム?」

 冷たい鼻が頬に気持ちいい。ネコなりに気を使っているのかなと、ユイは思った。


 「はい。天国フィニッシュのゲームでございます」

 「そりゃ、そうでしょうけど……でも、参加するってわたし、言ってないじゃん」

 ユイは、ネコのあごの下に手を伸ばすと、思いっきりゴシゴシ爪を立てて引っ掻いた。


 「参加賞もないし……」わたしは行きたくない理由を探す。

 「あります。コースアウトしても、この世界に住居するアバターとしてお姿が……」

 ユイが引っ掻いたにもかかわらず、ネコがゴロゴロと喉を鳴らし、うっとりとした顔でユイを見下ろした。


 「なによ、スタートする前から、勝手に……。ヤダ、ゼッタイ、イヤなものは嫌」

 「すいません。もう地獄の入口手前なので。ご一緒いたしますので……」

 ネコが前足を伸ばすようにして体を引いた。そして、ピンク色の大きなソーセージのようになって座るのを、ユイは見ていた。


 「えっ……、もう、って、ネコ、なんで。イヤだっていうのに……、ひどいじゃない。それって、神様の横暴よ」

 「名前はパセリといいます」

 ユイは、そ知らぬふりで、でも優しい顔で、真面目に話すネコから逃げる道がないような気がしてきた。


 「ユイさん、神様にお願いしたじゃないですか」

 「え、あ、そりゃ。……カット。カット。カットして」

 ユイは、抱えていた膝を崩して、ネコの前で両手を激しく振った。


 「だめですよ。それに、今、戻ると……」

 「戻ると……、ナニよ」

 ユイは、両手の向こうでネコがニヤリと笑っているように思えて、両手の動きを止めた。


 「ユイさんに怖いことが、待っています」

 「怖い、こと?」

 ユイは、両手を下ろして、次の言葉がネコから返ってくるのに身構えた。


 「ええ、聞きたいですか?」

 「……いや……やめとく。地獄以上なんじゃない、それ」

 ユイは答えて欲しい気持ちの反対側で、すでに答えを分かっているような気がして、立ち上がった。


「嫌なだけど……」

 「ご一緒いたします。わたしの背中の毛をもって……」

 ピンクのネコ、パセリがゆっくり右を向いた。鼻を上げて、右を示した。そして、体をおこすネコの顔横に、ユイは立った。


 「約束してよ、パセリ。わたしは、帰れるのよね……」

 「はい。夢から醒めれば、いつもどおり、です」

 ユイは、涙が出できた。行きたくないけど、夢なら、醒めれば……いつもどおりだ。


 「では」

 「パセリ、この背中、わたしを乗せてくれない?」

 ……あたたかそう。ユイがパセリの背中にまたがると、首の毛をつかんだ。


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