一種の爆弾投下
一人の少女が、校舎内を歩く。眉間に皺を寄せて不機嫌そうに。制服を身に纏い、肩にはスクールバッグ、片手には小さな水色の紙袋。不機嫌オーラ丸出しの彼女は何かを探すように、しきりに視線を彷徨わせる。玄関の下駄箱を通りかかった時、そこにいたのは靴を履こうとしている一人の男子生徒。その少年の横顔を目に留めると、彼女は少年に向かって走り出していた。
「おりゃあ!」
目を光らせながら、背中に勢いよくキックをかます。鈍い音が響き、少年は低く「ぐぉばぁ!」なんて声にならない声を上げながら無様に倒れ込んでしまった。
「何すんだよ!」
幸い顔を打ち付けることはしないで済んだらしい。勢いよく立ちあがって、少年は声を荒げて抗議する。しかしそれに対する少女は飄々としていた。
「いや、腹の立つ背中が見えたから、思わず蹴り飛ばしたくなっただけ」
「最低だな! 俺が何をしたっていうんだ!」
相変わらず眉間に皺を寄せ、落ち着かない様子で片手の紙袋を揺らす少女。
「うるさい。そっちのクラス中に、幼稚園の昼寝の時、あんたが布団に立派な世界地図を描いていたことを公表するぞ。恥ずかしい思いにさせるぞ」
「嫌な事覚えているなお前。そんな事俺でも忘れていたぞ。粘着系女子か」
「それならそっちは乾燥系男子か。干からびて死ね」
「嫌だね。お前が死ね!」
「死ぬにしても、あんたがハゲたを見届けてから死にたいかな」
「残念だったな。どこからどう見ても俺の毛根は健全です!」
「……えっ、まさか気付いていないの?」
心底驚いたという顔をした後、可哀相に、と小さく呟きつつ彼女は少年の肩に手を置く。今までにないくらいの慈愛に満ちた瞳で微笑む少女。こんな所で見たい笑顔ではないと、少年は心底思う。
「そう……じゃあ、知らない方がいいかな」
「やめて。怖い。お前は俺の何を知っているんだ」
「あんたが目を背けている現実」
「背けているのはお前だ! 眼科行って! 幼馴染からの切実なお願い!」
「そんな哀れなあんたに。これ、いらないからあげる」
肩から手を離し、水色の紙袋を押し付ける。
「というかね、義理なんて感じた事無いから、幼馴染だなんて思わないでよ。腹立つ」
「仮にも幼稚園から高校まで一緒の奴に言う台詞かよ!」
反射的にツッコミをいれながら押しつけられるままにそれを受け取るが、少年はいまいち状況を理解できない。中身について触れようとしたが、少女は素早く靴を履いて校舎から出ようとしてしまう。
「じゃあ私、用事あるから。あんたが絡んできたせいで今日まで余計な時間を
費やしたわ」
「絡んできたのはそっちだ!」
それじゃ、とそっけなく言うと少女は駆け足でその場を去ってしまった。
残された少年は、爆弾でも入っているのかと怯えながら、紙袋の中を覗き込む。しかし予想に反して、中身はチェック柄の包装紙でそっけなくラッピングされた箱だった。
ふと少年はデジタル腕時計にちらりと視線を向けて、日付を確認する。
今日は何月何日? 薄暗い画面に表示されるのは、二月十四日。
『義理なんて感じた事ないから、幼馴染だなんて思わないでよ。腹立つ』
『今日まで余計な時間を費やした』
今日まで。今日まで? まで、って……。
彼女の言葉を反芻し、気付いた瞬間、少年は少女の去った方向へ走りだした。
フライングですがバレンタイン話です。