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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

冒険者パーティーから追放された支援術士がガッツリ復讐するお話

掲載日:2026/02/03

四肢欠損の描写がちょっとあります。

そういうのが苦手な方はご注意ください。

「私のことを笑いに来たのか!?」


 冒険者ギルドと提携した医療施設。その最高級の個室のひとつで、怒声が響いた。

 声を上げたのはマクリーヴ。鮮やかな金髪に碧の瞳、平民とは一線を画した整った顔立ちは、彼が高貴な血を引いていることをうかがわせる。

 彼は容姿ばかりではなく、剣技に長け、高い魔力を持つ。剣と魔法を組み合わせたその戦闘能力は、冒険者ギルドの中でもトップクラスと目されている。彼はAランク冒険者パーティー『流麗なる先駆者』のリーダーとして名を上げていた。見た目の良さから女性人気も高い。

 

 そうした評判を知る者が、今のマクリーヴを見たら失望するに違いない。

 彼はベッドの上に横たわり、痛々しい姿をさらしていた。額から頬にかけ、三条の爪痕が走っている。何重にも包帯が巻かれた左手は動きそうに見えない。掛布団に収まった身体のうち、右足のあるべき場所に膨らみが無い。


「かつて所属した冒険者パーティーが大変なことになったと聞いてお見舞いに来ただけです。そう邪険にしないでください」


 部屋を訪れた女性は、先ほどの怒声など聞かなかったかのような気さくな声を返した。持ってきたバスケットを掲げて見せた。その中には種々様々な果物が積まれている。

 そのまま、にらみつけてくるマクリーヴを気にした風もなく、ベッドわきの椅子に断りもなく座る。バスケットからリンゴを取り出すと皮をむき切り分けると、これまたバスケットから取り出した皿の上に並べ、マクリーヴへ差し出した。抗議の言葉を挟む暇すらない手際のよさだった。

 

「ほら、ちょうどこういうのが食べたい時間なんじゃないですか?」


 そう言われて、マクリーヴは否定できなかった。今は昼下がりの時刻。小腹が空く時間帯だ。それに少し喉もかわいていた。瑞々しいリンゴはとても美味そうに見えた。

 

「……ふん」


 マクリーヴは身を起こすと皿を受け取った。膝の上にのせ、右手だけで食べる。

 リンゴを味わいながら、すぐそばにいる女性を眺めた。

 彼女はいつの間にか自分の分のリンゴも用意していたらしい。さくさくと食べている。その傍若無人なふるまいにマクリーヴはイラッとするものを感じた。

 

 肩にかかる高さで切りそろえられた茶色のショートヘア。顔立ちはそれなりに整っているが地味という印象がある。体つきも細身で肉が足らず、男性の興味を引く種類のものではない。

 そんな地味な外見のなか、目を引かれるのは澄んだ蒼の瞳だ。平民にしては品のある輝きがある。右耳には瞳と同じ色のイヤリングをつけている。彼女には似つかわしくない高級な作りのイヤリングだが、これは防御効果のある護符だと聞いたことがある。

 

 彼女の名はサーラクティカ。かつてマクリーヴの冒険者パーティー『流麗なる先駆者』に所属していた支援術士だ。多彩な支援魔法を使いこなし、戦闘時の状況判断も常に的確。仲間になったばかりの頃は、パーティーを支えるメンバーとして重宝していた。

 しかし、パーティーメンバーからの評判はよくなかった。彼女はメンバーの不手際に対して遠慮なく毒舌を振るうのだ。そんなときはいつも、人を小ばかにしたような皮肉気な笑みを浮かべる。当人はほとんどミスらしいミスをしないから言い返すこともできない。パーティーにおいて重要な役割を担っているから機嫌を損ねるわけにもいかない。一方的に苦言を呈されるばかりで、不満は降り積もっていた。

 

 優秀な支援術士だったが、それでも冒険者ギルドからはBランク相当の実力と判定されていた。『流麗なる先駆者』がAランクに認定された頃から、メンバーたちからサーラクティカは足手まといだという声が上がっていた。他のAランクの支援術士のパーティー加入のめども立ったことから、サーラクティカを追放した。つい三か月前のことだ。

 

「それにしても大変でしたねえ。わたしを追放してすぐあとに、あのAランク冒険者パーティー『流麗なる先駆者』が壊滅! 生き残ったのはあなた一人だけ! 新聞で見たときは思わず叫んでしまいましたよ」


 サーラクティカは皮肉気な笑みを浮かべながら、新聞を広げてその記事を見せつけてきた。わざわざ持って来たらしい。マクリーヴは暗い顔をして目をそらした。


 三か月前、『流麗なる先駆者』は『黒く歪んだ竜骨の墓所』の攻略に挑んだ。冒険者ギルドの評価によれば、難易度はBランク相当。支援術士が新メンバーになったとはいえ、Sランク間近と言われる『流麗なる先駆者』にとってはさほど危険な場所ではないはずだった。

 だが、結果は無残なものだった。ダンジョンに入ったばかりの時は、戦闘で苦戦しがちなのはパーティーの連携が取れていないだけだと思っていた。しかし階層ボスとの戦闘で、その楽観的な考えは致命的な結果を招いた。


 最初に盾役の重騎士が倒れた。動揺した隙を突かれ、火力の要だった魔法使いもやられた。そこからはもう歯止めがきかなかった。マクリーヴは命からがら逃げ延びると、ダンジョン内の転移水晶にたどり着き、街に戻ることができた。他には誰も帰ってこなかった。マクリーヴが最後の生き残りだった。命は助かったものの、彼の負った怪我は深刻だった。

 

 冒険者ギルドお抱えの上級治療魔法士が手を尽くし、どうにか一命をとりとめた。だが、幸運はそこで尽きたようだ。顔の傷跡は残った。神経を断たれた左腕は回復せず、動かせる見込みはない。右足は膝から先を失った。ベッドから身を起こせる程度には回復したが、まだ一人で出歩ける状態にはない。

 

「どうしてこんなことになってしまったかわからない……確かに、新しく迎えた支援術士との連携は不十分なものだった。それを前提にして難度の低いダンジョンを選んだんだ。なんの手抜かりはなかったはずなんだ……」


 思わずマクリーヴは悩みを吐露した。まだサーラクティカがいた頃。こんなふうに悩みを打ち明けると、彼女はいつも厳しくも的確なアドバイスを返してくれた。追放したかつてのパーティーメンバーに思わずすがってしまうほど、彼は打ちのめされていたのだ。

 

「そんなの、簡単なことじゃないですか」


 サーラクティカはいつものように、あの皮肉気な笑みを浮かべてきっぱりと言った。


「あなたたちの実力はAランクではなかった。わたしの策略によって、自らの能力を過大評価していたというだけのことです」

「えっ……?」


 マクリーヴは気の抜けた声を漏らした。難易度Bランク相当のダンジョンで壊滅したのだから実力を疑われるのは当然だ。だがその口ぶりは、まるでサーラクティカが自分の意志であの惨劇を引き起こしたかのようだ。

 わけがわからず目を瞬かせていると、サーラクティカは手をパンパンと打ち鳴らした。するとドアからノックの音が響いた。


「いいですよ、入ってきてください」


 マクリーヴの許可も取らずサーラクティカが入室を促すと、一人の女性が入ってきた。その無作法を咎めるより先に、マクリーヴは驚きと共に声を上げた。

 

「ス、ストナーシャさん!? なんでここに!?」

 

 長く伸ばした黒髪を結い上げた、薄茶の瞳の可憐な女性。見知ったその顔は間違いない。冒険者ギルドの受付嬢、ストナーシャだ。いつも『流麗なる先駆者』にいいクエストを手配してくれる敏腕受付嬢だ。


 よく知る人物だけに余計に状況が分からない。彼女は今までこの病室に来たことはなかった。それがサーラクティカの合図で入ってくるなんて。いったいどういうことなのか、まるで見当がつかなかった。

 マクリーヴの驚きをよそに、ストナーシャは実に落ち着いた雰囲気だった。心なしか、その目がひどく冷たく感じられた。

 

「ストナーシャさん。『流麗なる先駆者』が壊滅の憂き目に遭った理由を、マクリーヴに教えてあげてください」


 サーラクティカが促すと、ストナーシャは口を開いた。

 

「まず第一に、『流麗なる先駆者』はAランクの冒険者パーティーでした。ですがそれはサーラクティカ様の支援魔法あっての評価です。彼女を追放したあとは、せいぜいBランクの下位相当。そこにAランクの支援術士を迎えたところで、総合的な実力はぎりぎりBランク上位といったところでしょう。

 そして、『黒く歪んだ竜骨の墓所』は、難易度Bランクの上位という判定でしたが、階層ボスの強さに限って言えばAランクに匹敵する要注意ダンジョンでした。まだ連携の取れていない状態の『流麗なる先駆者』が挑めば、壊滅は当然と言えるでしょう」

 

 ストナーシャは淡々と、まるで事務連絡でもするかのように語った。その落ち着きぶりと語られる情報の量を受け止めきれず、マクリーヴは目を見開くばかりだった。

 

「……ちょっと待ってくれ。なぜサーラクティカがいなくなっただけで『流麗なる先駆者』の評価がそこまで下がるんだ? そいつの支援術士としての評価はBランクのはずだろう?」


 まず口を突いて出たのはその疑問だった。サーラクティカの支援術士としての評価はBランク。『流麗なる先駆者』の足手まといとなるから追放したはずだ。そして新しく迎えた支援術士はAランク。戦力が下がることなど無いはずだった。

 その問いを受け、ストナーシャはふっと笑った。

 

「いいえ、違います。サーラクティカ様の支援術士としての力量はSランクです。ですが彼女は、Bランクの認定を希望しました」

「意図的に実力より低いランクを選んだというのか……いったいなんのために?」

「別に珍しい話ではありません。高いランクになればより危険なクエストをこなさなければならなくなります。躍進よりも安定を望み、自分の実力より低いランクを希望する冒険者は少なくありません。冒険者ギルドは実力を上回るランクを自称することを固く禁じていますが、低い評価を希望することは許容しています。サーラクティカ様もその一人だったということです」


 マクリーヴが思わず目を向けると、サーラクティカは見慣れた皮肉気な笑みを返した。その様子にイラつきを覚えながら、しかし、確信した。ストナーシャの言葉に偽りはない。サーラクティカは実力を隠していたのだ。

 サーラクティカを欠いた『流麗なる先駆者』の実力はBランク相当だった。なぜパーティーメンバーのほとんどを失う惨事に至ったのかわからなかったが、そういうことなら説明がつく。苦々しくも受け止めざるを得なかった。

 しかしそうすると、次なる疑問がわいてくる。マクリーヴは再びストナーシャに問いかけた。

 

「『流麗なる先駆者』の実力が落ちていたということはわかった。でも、それならどうして『黒く歪んだ竜骨の墓所』なんていう危険なダンジョンに行かせたんだ? あのダンジョンのクエストを手配してくれたのはあなたじゃないか」


 先ほどの口ぶりからすれば、『流麗なる先駆者』の実力がBランク程度であることをストナーシャは理解していたようだ。そんな彼女が何の警告もなしに、全滅の危険のあるダンジョンに行かせるなど妙な話だった。


「あなたたちに全滅して欲しかったからです」


 ストナーシャの視線も声も、恐ろしく冷たいものだった。

 

「今回ばかりではありません。『流麗なる先駆者』が増長して調子に乗って油断するように、クエストを吟味してきました。少し危険で、報酬がよく、周囲からの評価が上がるクエストを選んできました。時には他のパーティーに回すべきクエストも強引に引き取り、同僚ににらまれることもありました。でも、その苦労のかいはありました。あなたたちは傲慢になり、ついにサーラクティカ様を追放した。いよいよ引導を渡すべき時が来たと確信し、『黒く歪んだ竜骨の墓所』に行かせたのです」


 そう言って、ストナーシャは薄く笑った。その瞳の奥に底知れない憎しみが感じられ、マクリーヴはぞっとした。

 

「なぜ……そんなことをするんだ? どうして私のことをそんなに憎んでいるんだ?」

「あなたが『わたしたちの仇』だからです」


 ストナーシャはサーラクティカへ手を伸ばした。二人は指を絡ませ、お互いの手を握った。その親密さは二人がただならない関係であることをうかがわせた。

 そして今度はサーラクティカが語り始めた。

 

「わたしも復讐のために余念なく自分を偽ってきました。Bランクに見えるよう、自らの振る舞いには気をつけていました」


 そう言われてマクリーヴは彼女が毒舌だった理由を察した。余裕なくパーティーメンバーに苦言を呈する様は、たしかにSランクの支援術士だと思えないものだった。

 だが、それでも違和感があった。それだけでは説明がつかないような気がした。そんなマクリーヴの疑問を察したようにサーラクティカは言葉を続けた。


「でも、おかしいとは思いませんか? たとえ冒険者ギルドからBランクの評価を受けていようと、あなたたちに使っていた支援魔法はSランク相当。力がみなぎっていたでしょう? 戦いやすかったでしょう? それなのにあなたたちはわたしの能力をBランク程度と思い込んだ。これは奇妙なことだと思いませんか?」


 確かにサーラクティカは人当たりが悪くてパーティーメンバーから疎まれていた。だからといって、それだけで彼女の力量を見誤るのはおかしなことだ。

 冒険者にとって、剣の冴えや魔法の威力の強弱は、自分の生死を分かつ重要なことだ。支援魔法によってどの程度能力が変化しているかは、常に意識していなくてはならない。Sランクの支援魔法をBランクに見誤るなど、本来はありえないことだ。

 今まで疑問に思ったこともなかった。頭を悩ませるマクリーヴに対して、サーラクティカは問いかけた。

 

「支援魔法『有用なる勇猛』はご存じですか?」

「え? ……ああ、知っている。一般的な士気高揚の支援魔法だろう?」

「ええそうです。その効果は戦闘への恐怖を消して、強敵に立ち向かう気力を湧かせること。でもあまり知られていないことですが、実はこの支援魔法には副次的なマイナス効果もあるのです」

「そんなものがあるのか?」

「未来への警戒をおろそかにすること。細かいことを気にしなくなること。強敵との戦闘時にそういったことは邪魔ですからね。その『有用なる勇猛』をアレンジし、そのマイナス効果を強め、常時あなたたちにかけていたのです」

「な、なんだと……!?」

「能力を下げる弱体化魔法なら、当人の対魔力防御力次第で抵抗できる。ですが、味方からの支援魔法は例外です。誰でも抵抗なしに受け入れます。そうしてあなたたちは、わたしの本当の実力が分からないほどに愚かになっていたのです。加えてわざと嫌われるように毒舌を振るい、皮肉な笑みを浮かべて見せました。愚かになったあなたたちにも、嫌な奴だとわかりやすかったでしょう?」


 サーラクティカはあの皮肉気な笑みを浮かべた。パーティーメンバー誰もが嫌っていたその笑みは、憎しみを湧き上がらせるために彼女自身が作り上げた象徴だったのだ。

 マクリーヴは顔を青ざめた。

 支援魔法を悪用して愚かにされていた。その上、名声を得られ報酬のおいしいクエストをギルド受付嬢から手配されていた。そんな状況にあれば、誰だって慢心して調子に乗ってしまう。

 疑いもせず危険なクエストを受け、壊滅に至る。この二人は、慎重に、丹念に、そして陰湿に。『流麗なる先駆者』が地獄へ向かうように道を整えていたのだ。

 

「なぜだ! なぜこんなひどいことをする! 私に何のうらみがあるんだ!?」


 支援術士サーラクティカ。冒険者ギルド受付嬢ストナーシャ。この二人にこんな恐ろしい復讐されるいわれなど思いつかない。

 サーラクティカのことを疎ましく思っていた。つい三か月前に追放した。しかしそれは彼女の画策したことであり、『流麗なる先駆者』に入る前から計画していたことのようだ。そうなると、どこで恨みを買ったのかわからない。

 サーラクティカは自ら『流麗なる先駆者』に入りたいと申し出てきた。それより前は話したことすらなかったのだ。

 

「ここまで言ってもまだわからないのですか。あなたのその愚かしかさが、なにより腹立たしい……!」


 深々とため息をつきながら、サーラクティカは右耳につけていた蒼のイヤリングを外した。すると髪の色が変わり、顔つきが変わった。どうやら外見を偽装する魔道具だったようだ。

 茶色だった髪は滑らかに輝くプラチナブロンドに変わり、気品のある顔つきになった。記憶より荒んだ印象はあるが、その顔かたちには見覚えがある。

 

「お前は、子爵令嬢パーシティナ……!」


 マクリーヴは呻いた。

 支援術士サーラクティカ。その正体は元子爵令嬢パーシティナ。かつてマクリーヴの婚約者だった女性だ。




 マクリーヴは伯爵家の嫡男だった。伯爵家は良質な魔石の鉱山を複数有しており、伯爵領はそれを活用した魔道具の生産を主産業としていた。

 マクリーヴは幼いころから魔法の英才教育を受けていた。魔法だけではなく剣の才能も有していた彼は、魔法と剣を組み合わせた独自の剣技を生み出し、周囲から高い評価を得ていた。

 

 マクリーヴが15歳になったころ、婚約者ができた。子爵令嬢パーシティナ。プラチナブロンドの髪に蒼い瞳の気品あふれる令嬢だった。魔力が高くその扱いにも秀でていた。学園では支援魔法を専攻し、優秀な成績を収めていた。

 

 子爵家が大きな事業に失敗し、伯爵家がそれを支援するという形で結ばれた婚姻だった。

 マクリーヴはこの婚姻が気に入らなかった。金に困って縋り付いてきたというのに、パーシティナは気品あふれる優雅な態度を保ち、物怖じするということがなかった。それが鼻につき、彼女のことを好きになれなかった。

 この時の子爵家は貴族としての立場を失いつつあった。下手に出ればどこまでも見下されるのが貴族社会だ。パーシティナの態度は、弱みを見せず家の矜持を保つための精一杯の虚勢だったのだが、当時のマクリーヴはそのことに気づきもしなかった。

 

 そしてマクリーヴは他の令嬢に思いを寄せるようになった。伯爵令嬢セークレジア。やわらなか黄金の髪に緑の瞳の美しい令嬢だった。外見ばかりでなく、由緒正しい伯爵家の血筋と、それにふさわしい能力を有していた。マクリーヴはすっかり彼女に心を奪われた。

 そしてパーシティナとの関係を、夜会で婚約破棄を宣言するという強硬手段で終わらせた。

 

 その後、子爵家は事業の失敗を取り返すことができず、没落したという。

 だがマクリーヴはそのことにかまっている余裕などなかった。彼の伯爵家もまた滅亡の危機に瀕していたのだ。

 セークレジアは他国のスパイだった。彼女はマクリーヴの伯爵領が有する魔道具の生産技術を他国に流すために近づいてきたのだ。

 すべてが発覚したころには手遅れだった。秘匿していた魔道具の生産技術の多くが流出した。その中には国防に関わるものすらあった。この不祥事の影響は甚大であり、伯爵家はその責を問われ、取り潰しとなった。処刑されてもおかしくない重罪だったが、これまでの伯爵家の功績のおかげで命だけは助かった。

 

 平民の身に落とされたマクリーヴは、なんとか伯爵家を再興しようと考えた。幸い、彼には剣と魔法の才能があった。王国の騎士団に入ることも考えたが、国防にかかわる不祥事を起こした元伯爵家の人間が取り合ってもらえるわけもない。だから冒険者を選んだ。冒険者パーティー『流麗なる先駆者』を作り、様々なクエストをこなしていった。

 鍛え上げた剣と魔法の力は冒険者としても極めて役立った。しかしBランクに上がったところで伸び悩んだ。マクリーヴ個人が強くとも、これより上に行くには冒険者パーティーの総合力が問われる。上に行くには支援魔法の使い手が必要だった。しかし支援術士は需要が高く、そう簡単にいいメンバーは見つからない。

 そんなときに声をかけてきたのが支援術士サーラクティカだ。元子爵令嬢パーシティナがその身を偽り、復讐を胸に、やってきたのだ。

 

 

 

「なぜ今になって復讐しようとする!? 君も知っているだろう、私の家は没落した! 君と同じだ!」


 マクリーヴは思わずそう叫んでいた。あまりにも恐ろしかった。貴族だったあの頃、恋の熱に浮かされて判断を誤った。それが自分の家を潰したばかりか、『流麗なる先駆者』の壊滅という悲劇までも招いた。

 そのことがあまりにも辛くて悲しくて、受け止めきれなかった。せめてもの同情を引き出そうとした訴えだった。


「どこが同じなものですかっ!」


 パーシティナは烈火のように激しく吠えた。


「婚約破棄された子爵家の娘がどれほど惨めかわかりますか!? 最後の望みをかけて送り出したのに、こともあろうに浮気され捨てられた令嬢に、両親がどんな言葉をかけたか想像できますか!? あがいて、あがいて、あがいて……それでも家が没落し、すべてを取り上げたときのわたしの気持ちが分かりますか!? 自業自得のあなたと違って、何も悪いことはしていないのに不幸の坂を転がり落ちる……あなたなんかに、その理不尽がわかるはずがありません!」


 パーシティナの瞳は涙に濡れていた。

 マクリーヴは加害者であり、サーラクティカが被害者だ。没落した者同士だと言って同情を引こうとしても、かえって相手の怒りをあおるだけ。そんな当たり前のことを見落としてしまうのが、マクリーヴという人間の愚かさだった。


「まともな職につけず、姿も名前も変えて、冒険者という危険で不安定な仕事を選ぶしかなかった。それでどうにか暮らしていたら、あなたがこの世界に入ってきた。『流麗なる先駆者』なんてふざけた名前の冒険者パーティーで成功している。そのとき、わたしがどんな気持ちだったかわかりますか!? わかるはずがありませんよね! 何もかもめちゃくちゃにしてやりたくて、この策略を仕掛けたんですよ!」


 パーシティナは涙をこらえきれなくなり、顔を覆って泣いた。

 そんな彼女のことを、ギルドの受付嬢ストナーシャは優しく抱きしめた。

 

「ストナーシャ……あなたにはいつも迷惑をかけてしまいますね……」

「いいんです、パーシティナ様。幼いころに、あなたの侍女となったときから、この思いは変わりません。一生、あなたをお支えいたします」

「ありがとう、ストナーシャ……」


 どうやらギルドの受付嬢ストナーシャは、パーシティナが子爵令嬢だったころからの侍女だったようだ。パーシティナが冒険者になったとき。戦う力のなかったストナーシャは、それでも主を支えようと、冒険者ギルドの受付嬢になったのかもしれない。没落した主を見捨てないとは、見上げた忠義の侍女だった。

 そして、パーシティナが復讐を決意したとき。ストナーシャは主の意思に従った。二人は共謀し、そして見事に復讐を成し遂げたのだ。

 

 やがてパーシティナは泣き止み、涙を拭きとった。

 さっぱりした顔でマクリーヴを見た。


「これで復讐は終わりました。わたしたちはこの国を去ります。他の国で、名前と姿を変えて、別の人間として新しい人生を始めようと思います。さようなら、愚かなマクリーヴ。これからも不幸があなたに訪れるよう祈っています」

「さようなら、哀れなマクリーヴ。これからの一生、どうか精一杯苦しんでください」


 一方的に別れを告げると、パーシティナとストナーシャは病室を去ろうとした。

 

「待て!」


 マクリーヴは声をかけた。二人は歩みを止めたが、彼の方に振り返りもしない。

 何らかの考えがあって呼び止めたわけではない。なぜだかこのまま行かせてはいけないように思えた。


「私に復讐したいのなら、殺す機会などいくらでもあったはずだ! なぜこんなやり方にした!? 他のパーティーメンバーを殺すことはなかっただろう! 彼らの命を奪って、なんとも思わないのか!?」


 マクリーヴは思いつくままに叫んだ。結局のところ、彼は受け止めきれなかったのだ。学生のころの過ちが、仲間の命を奪うことになってしまった。その現実を受け止めきれないのだ。

 もしパーシティナが、仲間を巻き込んだことを憂いてくれたのなら、少しは救われたかもしれない。

 だが彼は、呼び止めたことを心底後悔することになる。

 パーシティナは振り向いた。晴れやかな笑顔で、澄んだ瞳で、マクリーヴに答えた。

 

「彼らが死んでくれて、すごくよかったと思っています。だってその方が……あなたは苦しんでくれるでしょう?」


 その時になってようやく。マクリーヴは、自分が何を壊してしまったのかを理解した。

 セークレジアの才能と色香に惑わされて伯爵家を失った。慢心と判断ミスで共に戦ってきた仲間を失った。それらすべての原因は、子爵令嬢パーシティナという女性を壊してしまったことだ。

 いくら恨みが深くとも、こんな復讐を計画し成し遂げるなんて、まともな人間にできることではない。パーシティナは人として取り返しのつかないくらい壊れていた。

 気品に溢れた美しい令嬢だった。何よりも大切にしなければならない婚約者のはずだった。それなのに、壊してしまった。だから、すべてを失った。

 

 雪崩のように後悔が押し寄せてきた。この身体ではもはや伯爵家の再興は不可能だ。『流麗なる先駆者』のメンバーも帰ってこない。何もかも取り返しがつかない。傷ついたこの身体で、後悔と共に生き続けなくてはならない。これ以上の絶望があるだろうか。

 彼は幸運に恵まれ生き残ったのではない。不幸にも、死ねなかったのだ。

 

 もう振り返ることなく、二人は病室を出ていった。

 復讐者はいなくなった。病室に残されたのは、過去の過ちの報いを受けた、愚かで哀れな男だけだった。



終わり

「どうして有能な支援術士を追放してしまったんですか?」

「実はその支援術士が、自らが追放されるよう、全てを仕組んでいたんです!」

「ええ!?」

こんな感じのネタを思いつきました。

それが成り立つようにキャラや設定を作っていったらこういうお話になりました。


プロット段階では支援術士側の策略をメインと考えていましたが、書いてみたら冒険者ギルド受付嬢側の策略の比重が大きくなりました。

頭の中でお話が出来上がったつもりでも、実際に書いてみるといろいろな発見があります。

だからお話づくりは難しくて、でも楽しいです。


2026/2/3 19:30頃

 誤字指摘ありがとうございました! 読み返して気になった細かなところもあちこち修正しました。

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― 新着の感想 ―
今までのが「俺なんかやっちゃいましたか」系の追放劇ならコレは少年ジャンプの様な王道感。惜しむらくは掘り下げるには文字数が足りないところ。
斬新な追放。 姿形を変えてもそれなりに婚約者と交流してれば正体に気付いたかもしれないし、没落した時に過ちを振り返って謝りに行けば復讐のターゲットから外れたかもしれないのに。若い時の不誠実のつけは高く…
侍女がスキルSだったんやね
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