あなたが自慢しているそのハイスペ彼氏、実は私の部下なんですけど……
「へぇ。そう」
うんうん、彼氏が大手総合商社勤めのエリートで、イケメンで、高収入ですか。あ、そう。
同窓会で延々と自慢話をしてくるその女、真帆は、中学時代の同級生だった。真帆はいつも勉強ばかりしている私を馬鹿にして、地味だのモサいだの散々言ってくださったお方である。
正直相手になんてしていなかったし、中学生なんか日焼け止めさえしておけば十分と思っていたので、モサモサしながらガリ勉していたことに後悔はない。
そのおかげで大手企業に入社できたわけだし。
ところであなたがさっきから自慢しているその会社、私の勤め先じゃない?
「彩花の彼氏はどんな人なの〜? どこ勤め? って、もさ子に彼氏なんていないかぁ」
いい年していまだにこんなノリなんだ。呆れちゃう。
「仕事は無職よ」
「えっ、無職! へえぇぇぇ、うわあ、よく付き合うね無職なんかと」
嘘は言っていない。今は大学院生だから、仕事はしていないのだ。私の大学時代から付き合っている相手で、彼は博士課程に進学している。たまにアルバイトで家庭教師なんかしていたりするけれど。大学のネームバリューのおかげでそれなりに時給は高いみたい。
私の彼の本職を知っている友人の美沙が、「人が悪いわねぇ」とでも言いたげな顔でこっちを見ている。
いや、だってわざわざ説明する必要なんてないでしょう。同レベルで張り合いたくなんてないし。
「ねぇ彩花、私の彼氏の写真見せてあげる! ほら、イケメンでしょ?」
特に興味もないけれど無理やり見せられたそのツーショットに写っていたのは、……私の会社の後輩だった。一応私が教育係。仕事面ではよくできるけれど、下半身がとっても暴れん坊将軍で有名。よくマッチングアプリで女食い散らかしてるって噂になってたっけ。
思わず私が、あちゃぁ、という顔で額を抑えると、真帆が不満げに頬を膨らませた。だからアラサーにもなってそういう挙動はきついって。
「ちょっとぉ、嫉妬してるからってその反応はないんじゃない?」
「人の彼氏に嫉妬するほど興味ないし、私は自分の彼以外どうでもいいから」
「はぁ? 負け惜しみしちゃって、なんなのよ!」
勝手に真帆がヒートアップしていく。久しぶりにあった美沙と話したいのに、やたら絡んでくる真帆のせいで全然そちらと話せない。もういい加減にしてくれ。
堪忍袋の緒が切れた私は、スマホを操作してとあるSNSアプリの画面を開いた。
真帆の彼氏。柳林 達也のアカウントとのメッセージ画面である。
「これ、見なよ。私、あんたの彼氏と同じ会社で働いてんの。一応私、あんたの彼氏の教育係だからさ」
そこには『女遊びばかりして遅刻すんなよ』『アイアイサー』というバカみたいなやり取りが記録されている。
「何よこれ! なんなのよ!」
「なんなのよも何も見たまんまだって。あんたの彼氏だかなんだか知らないけど、社内でのあだ名、下半身暴れん坊将軍だから。多分あんたも彼女とは思われてないと思うよ」
「は、はぁぁぁあ?」
真帆はヒートアップしてブチギレている。そんな、私にキレられてもどうすることもできないんですが。
その後怒り疲れたのか灰になっている真帆を放置して、私は美沙と旧交を温めた。
「ただいま〜」
「どうだった、同窓会は」
研究が煮詰まっているのか、パソコンと睨めっこしている彼、正弘が顔を上げないままに聞いてきた。
「めんどくさいのがいたけど、まあ友達とも会えたし楽しかったよ」
「それは良かった」
それにしても、自分の勤め先の会社を「ハイスペだ、ハイスペだ」って散々自慢される羽目になるとは思わなかったけれど。
正直あの時間は居た堪れなさすぎて、地獄だった。
まあ、勉強ってしとくもんだよね。ハイスペ彼氏なんて、外付けハードディスクみたいなもん。外れたらそれでおしまい。自分自身のスペックを磨いておかないと、彼氏を失った時点で終わる。
私の彼のスマホにも、下半身暴れん坊将軍が愛用しているアプリと同じアイコンがあった。
そこから私は目を逸らしながら、彼にキスをする。
この部屋ももう、潮時かな。