Episode 6
気が付くとシリウスはベッドの上に転がっていた。
「………あれ?」
起き上がって周囲を見渡す。見慣れた調度品、暖炉。マホガニーの机に、重厚な深い色味のカーテン。床下にはパッと目に入る大胆なデザインが特徴の、高級感あふれるカーペット。父から譲られた重量感のある本棚に、そこからはみ出て、無造作に積み上げられた書物。上質な黒いシーツとふわふわの枕。間違いない。自分の部屋だ。彼の傍らには、これまた上質な舟型かごがあり、その中には肌触りのいい柔らかな布が敷き詰められ、中央には鷹が丸まっている。いくらなんでもくつろぎすぎではないだろうか。思わず額に手を当てたシリウスだったが、すぐに問題ないかと思い直す。なにせこの屋敷には先祖代々から引き継がれている結界が当主によって、張り巡らされている。人族には見つからないし、魔獣や幻獣含め、手を出せばただではすまない。大魔法使いと謳われているカストル・ブラックウェルやその息子、オリオン・ブラックウェルがいるこの屋敷にちょっかいかける身の程知らずはさすがにいないのだ。
シリウスは自分の姿を見下ろした。身に着けているのは出かけるときに纏っていたブリオーではなく、上質な麻製で袖と襟元と裾に刺繍を施した肌着一枚。身に着けていた上衣とズボンはぐちゃぐちゃにその辺に放られている。後で女妖精が静かにキレそうだ。申し訳程度に掛布団と一緒に掛けているローブはそこの蓋が開いているカッソーネから適当に取り出されたものだろう。
カーテンの隙間から、陽光が差し込む。シリウスが眩しそうに眼を眇める。形よい宝石のようなパールグレーの双眸には金線が浮かぶ。濡れ羽のような、漆黒の髪にはところどころ、土がついて乱れている。よもやとは思うが、鷹が屋敷まで引っ張って自分を連れてきたのだろうか。鷹のあの、風体でどうやって運んできたのが些か、疑問が残るが。それにしても。
「んー…別にあそこで寝ててもよかったんだがな…」
ひとりごちて、乱雑に髪をかき混ぜると、ぱらぱらと乾いた土がシーツに零れた。シルキーからの小言が増えそうではある。などと思考しているとそれまで寝ていたはずの鷹が助走をつけてシリウスの脇腹を蹴りつけた。
「うぉっ!!」
奇襲を受けたシリウスは攻撃を受けた脇腹を押さえながら、鷹を見下ろす。
ひょいと起き上がって、腰に羽根をあてて鷹はふんぞり返った。
「礼を言え礼を!徹頭徹尾、伏して感謝を述べろ!あんなとこでぐーすかと寝こけたお前をわざわざ屋敷まで運んでやったのだぞ 私の慈悲深さに感謝をだな…」
しかし、シリウスは鷹の言うことなど聞いちゃいない。ぐしゃぐしゃのまま放置されていた上衣とズボンを広げて首を傾げている。
「汚れちゃいるけど破れてはないし…引っ張ってこられたならどっかしら破れててもおかしくないしなぁ…」
「お前な…ひとの話聞くときは眼を見て話を聞きましょうってヘラヴィーサ殿に教わらなかったのか?」
「あ、もしかしてなんか板とかに乗せてきたのか?頭いいなぁベティ」
「うむ、衣服が破れるとシルキーとヘラヴィーサ殿ふたりから怒られるのはさすがに私も可哀想だと…って違う!!」
ついついシリウスの話につられてしまった鷹が、途中で、我に返って吠える。
「翠の月も半ばとはいえ風邪でも引いたら可哀想だと一生懸命連れ帰ってきたこの私の、努力をなんと心得る!!まったく昔は可愛かったのに…」
「昔っていつだよ…数か月前は昔にはならないっての」
シリウスは首を傾げて天井を見上げた。とにかく眠かったからなと心中で呟いて、でもとシリウスはその口元を笑ませた。
「ベティは優しいな 感謝しているさ」
「…誠意が感じられない」
半目になる鷹の柔らかい羽毛を撫でて、シリウスはこぶしを握りしめた。
「悪霊は退治たし、これでおじい様に大いばりで報告できるなっ!!」
みたか、腹黒爺め 俺はひとりで祓ってきたぞ。
「…それなんだがなシリウス」
シリウスが内心でガッツポーズを上げていると、横でちょこんとお座りしていた鷹が見上げてくる。丸い黒針水晶がちょっと可愛い。
「カストル殿が…」