Episode 5
全てが吹き飛ばされた床にはらり、とぼろぼろになった符が落ちた。
「…え?お、終わった?」
気が抜けたように呟いて、シリウスは床にへたり込んだ。寿命が縮んだ気がする。
はぁ、と息をついたとき、ふいにぴしり、と不吉な音がした。
「ぴし……?」
鷹とシリウスが同時に顔を上げると、天井の見事なアーチを支えている柱がぱらり、と亀裂が入っているのが見えた。ばらばらと沢山の破片が落ちてくる。築、何百年かと思われるほどの劣化の激しかったタウンハウスだ。こうして建っているのすら奇跡かと思われるほどの。その所為か、シリウスたちの追いかけっこや、元巨大ラルヴァの解散などで最後の耐久力を使い果たしてしまったらしい。
「う、わ―――――っっっ!!!!」
なすすべなく、倒壊していく屋敷のなかシリウスの絶叫が轟いた。
「……思うんだが…シリウス…」
「なんだよ……」
瓦礫と埃にまみれて感慨深そうに口を開く。
「やっぱり運って大事なんだ…日頃の行いがどうであれ運さえあればなにがあろうとも大抵どうにかなるもんだな…」
同じく埃まみれのシリウスがさすがに疲労感からか、力なく座り込んでいる。
「……そこは素直に俺の日頃の行いがよかったから助かったって言えばよくないか?」
シリウスの問いには応えず、鷹は適当な石片に立つとぐるり、と辺りを見回すと見事に瓦礫とあちこちに割れ落ちた石屑や調度品や硝子などが散乱している。鷹とシリウスが立っていた付近は近くに大きな柱などもなかったため、潰されることもなく瘤ができただけですんだらしい。だが、シリウスは知っている。倒壊直前に、迸った緑の閃光を、現れた人影を。自分の頭上に落ちてきた天井の一部を無造作に消し去ったその、魔力を。あの倒壊で埃と瘤を作っただけですんだのは、決して運などではない。
そして、全てが終わったあとシリウスと鷹が残された。
「まったく…あちこちぶつけるし…私の美しい黒羽根が埃まみれとは…」
傍らで、大きく顔をしかめて、羽根を伸ばしている鷹を見ながらシリウスは口元になんとも言えない笑みを浮かべると、こらえきれなくなったように大きな欠伸をした。
「……ふぁ~……ねむ……」
ラルヴァ退治のために二日徹夜し、三日目の今晩は大暴れ。終わった安心感も相まってか、一気に眠気が襲ってくる。まぶたが重たくって仕方ない。
「……これ…しゅうふくまほー…で…なおるかなぁ…」
「は?ここまで倒壊してたら厳しいっておいっ!寝ようとするな馬鹿者!」
ぐらぐらと船を漕ぎ出してなにやら舌足らずに話すシリウスに鷹は慌てて飛び上がった。
「だから寝るなと言っているだろうがっ!!ここは虫が出るし、節々も痛くなるし、そもそもお前が寝たら私のこの細腕でどうしろというのだ!!」
「ん――……」
枕にぴったりなカッソーネの破片らしきものを枕に、シリウスは夢の世界へと旅立っていった。しかし、鷹は容赦なくシリウスを揺さぶる。なんだったら羽根をばしばしと、張り手でもするようにシリウスをゆするが、ぴくりともしない。完全に熟睡だ。
「このっ……!!捨てていくぞ!!小童ぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」
鷹の渾身の叫びが、まだ日の登りきらない薄紫の夜明け前の空に、空しく響き渡った。