Episode19
ブラックウェル家嫡孫の成人の儀は、翠の月末日の吉日に滞りなく行われた。日取りは当代で最も偉大な大魔法使いであり、ブラックウェル家当主、カストル・ブラックウェルが自ら、占い決めた上、当日の衣装も選びに選んで生地からデザインから決め込み、装飾までも厳選したという。あの、カストル・ブラックウェルがそれほどまでに可愛がっている孫、ということは魔法使いとしてもカストルに匹敵するような大魔法使いになり得るのかと人族の王宮ではもっぱらの噂らしい。儀式後、後見人のルーカスが親しげに教えてくれた話だ。ルーカスは若いが検非違使別当なんて役職についてるだけあって、頭の回転が速く弁に長けていた。国王陛下の覚えもいいと言うのも道理だろう。しかし。その噂は。
「どいつもこいつも好き勝手言いやがって」
しっかりとセットされた髪を乱雑にかき回して、シリウスはぶすくれた顔で吐き捨てた。それまでの平服とは異なり、成人した魔法使いの正装だった。黒い上質な絹のローブは長く、中央の留め飾りは珍しい銀の宝石。手には当主たる祖父から贈られたシリウスの”杖”が握られている。魔法使いの杖はその家の当主から贈られる。成人する子どもが持つ、”宝石”と本人の魔力とを主軸に、”杖”に適している木材や杖芯を選び、杖職人に依頼するというものだ。それは魔法使いの生涯の相棒となり、武器となり、友となる。魔法使うのに欠かせない大事なもの。シリウスの杖はエルダーが主軸だが、滅多に見かけることのない漆黒のエルダーらしく、その分貴重で、手に入りにくい。杖芯は太陽と夜明けの象徴であるヴィゾーヴニルの尾羽が使用されているという。手にした感覚はしっかりと馴染み、シリウスはなんとも言い難い気持ちになった。まるで、長年離れていた無二の親友と久しぶりに再会したような、そんな不思議な感覚だった。
これからよろしく、と美しい漆黒の杖にシリウスは口付けた。まるで騎士が忠誠を剣に誓うように。その様子を見た魔法族は、かつてのオリオンの成人の儀を思い出し、微笑ましそうに眺めていた。
黒いローブの下はやはり黒い。ところどころに細かいベルトがついており、ズボンにはじゃらじゃらと鎖がついている。杖を手にシリウスは行儀悪く椅子に座ると肩肘を太ももについてうんざりとしていた。その傍らには当たり前のように鷹がいる。
「衣装が変わると気性もかわると昔聞いたことがあったが別にそんなことはないな」
「こんなんで変わってたまるかよ」
ちっと行儀悪く舌打ちをひとつ付き、はぁとくたびれたとばかりにシリウスはふたたび、髪をかき回した。一本も零れぬようにとセットした髪結い妖精が見たら泣きそうな光景だ。ブラックウェル家の屋敷での杖の儀式が終わり、初の魔法宮への登城。魔法省での儀式も終わり、問題なく魔法寮への入寮となり位も無事決まり、儀礼に乗っ取った給禄を受け叙位も済み、。堅苦しいことがすべて終わったあと、現在はブラックウェル家にて宴の真っ最中だ。屋敷の大広間では黒いローブで埋め尽くされている。あちこちで両親が挨拶しており、他の七家も来ているようだが、あまり関わりたくないシリウスは早々に引き揚げて、応接間へと来ていた。そもそも十二歳では酒も飲めないし、朝から柄にもなく緊張していたようで食事もろくに喉を通らなかったくらいだ。何事も始めは肝心なのは魔法族も人族も同じだ。作法や、立ち振る舞いに厳しい魔法宮で、失敗しないように気を張っていたのだこれでも。そこにきて、大魔法使いの孫を一目見ようと、暇なやたら、位の高い魔法使いたちがちょこちょこシリウスを見物にくるものだから気が休まらないことこの上ない。




