Episode18
シリウスが本邸へ戻ると、それを待っていたオリオンが広間で凝った装飾のマントルピースの暖炉を眺めてアレッサンドロと談笑していた。
「では、これで失礼します」
「ええ、頼みましたよ オリオン殿」
「分かりました」
アレッサンドロに一礼して、オリオンは踵を返す。シリウスも父にならって一礼すると、アレッサンドロは破顔した。
「またいつでもくるといい 私には今年八つになる息子がいるのだが…将来は懇意にしてくれるとありがたい」
「ええ そうですねお互いに」
当たり障りなく返して、シリウスは考える。アレッサンドロの息子。ということはあの令嬢の弟か。魔法族と人族では貴族の意味も大きく違う。貴族に爵位と明確な順位を付ける人族。貴族というくくりのみで、そこに爵位のない魔法族。序列はあるがそこまでではない。頂点にあるブラックウェル家が唯一であり、それ以外の名家七家が貴族という形だ。魔法族が人族と交流しているのは自分たちの存在を人族に知らしめるためと、お互いに利害関係を追及しつつ、牽制しあっているというのが正しい。そもそも、少し前までは魔法族と人族はいがみ合っていたらしい。そのため、この後の代であるシリウスやその嫡男との付き合いによっては、再度いがみ合いが再燃する懸念もあるのだ。それはごめん蒙りたいのは魔法族も人族も同じなので、過度な期待は重いな、とシリウスはそっと息を吐く。こんな大貴族の嫡男ともなると考え方も偏りそうだし、我がままとかでなければいいと思う。シリウスは一人っ子だし、甘やかされた自覚もあるが、それなりに厳しくされた覚えもあるのでそこまでではないだろうと自負している。恐らくは。
もう一度、軽く頭を下げてシリウスは退出した。急いで広間を抜けると、オリオンが待っていた。
「父上、お待たせしました。」
見送ってくれた、客間女中や従僕に礼を述べて、獅子殿を出るとすっかり夕焼けが登っていた。西大路へ向かっているとオリオンが、シリウスの後見が正式に決まったと教えてくれた。当初の予定ではアレッサンドロであったが、それだと人族的にいろいろ権力上問題があったようで、別の人物が推薦されたようだ。
「誰になったんですか?」
「アレッサンドロ殿で縁者でアルベルティ公爵家の分家筋にあたる侯爵家のご当主らしい。王宮で検非違使の長官を任ぜられている方だ ルーカス・アウストル殿」
年は二十八歳。同年代のなかでは出世頭だそうだ。なんでも以前、任務中に魔獣に襲われ、ひどい瘴気と怪我にかかった際、魔獣を退治て、瘴気を祓い怪我を治癒してくれたカストルに大層恩義に感じているらしく、その孫の後見人を探しているという話を聞き、ぜひ自分推挙してくれないかとアレッサンドロに申し出たとのことらしい。アレッサンドロとしても下手な政敵な公爵家などに名乗り上げられるよりは、自分の親戚筋が名乗り出てくれたほうがありがたいので、願ったり叶ったりだった。将来優秀であろうシリウスは今後のことも考えると、アレッサンドロとしても、ブラックウェル家との関係は絶ちたくないものなので、このたびのルーカスの申し出はありがいことこの上ない。
そんなわけで、シリウスの人族の人脈は無事確保され、シリウスの将来は約束されたも同然だ。なんといっても時の権力者。現役宰相で公爵家ご当主じきじきに、嫡男との縁を望まれ、魔法使いとの期待も大きく、その分家筋のご当主が後見人。どう見ても勝ち組だ。人族のそこらの貴族なら泣いて喜ぶ人材だ。ただ、シリウスはそこまでではない。ただ。やはり過度な期待は重いなと、少し前に思ったことを再度考えて、重い息を吐き出したのだった。




