Episode16
さすがに声を落として呟くシリウスに鷹は即座に否定する。
「いや、呪いの類ではないな。そういった痕跡はない というかそれくらい自分で調べたらどうだ」
「え?いや俺まだ成人前だし見習いなんで」
普段は半人前扱いされると機嫌が悪くなるくせに、都合が悪くなると調子のいいことを口にして逃げようとするシリウス。なんて調子のいいやつだと、シリウスの頭を、尾でペシペシ叩いて鷹は呆れ顔になった。そのとき。
「あなたたち、だぁれ?なにをしているの?」
声が降ってきた。鈴のように透きとおった声音に、鷹とシリウスは固まった。恐る恐る、視線だけ巡らせると少女がいた。たっぷりと艶やかな髪は長く、その色彩は淡い金色。形良い双眸には翡翠が煌めく。まとっている衣装は上質なもので、少女の白い肌によく合う、濃い藍色の落ち着いた意匠のドレスだ。先は腰が細く、ゆったりと広がるスカートが特徴的で、幼いながらも気品ある雰囲気を漂わせている。硬直してしまった首をぎしぎしと動かして、シリウスは少女を見た。年はシリウスと同じか、少し下くらいか。
「ここでなにをしているの?その鳥は鷹?あなたのペット?」
こてん、と首を傾げて不思議そうに問うてくる彼女に、シリウスは驚いて声を上げた。
「え?あんたこれが鷹ってわかるのか?しかも見えるの?」
「これいうな」
シリウスの発言に鷹が間髪いれずにつっ込んで、鷹は少女を見やった。話し声がするからと東北宮から出てきたということは、まず間違いなくアレッサンドロの娘だろう。確か、シリウスと同じくらいの娘がいたはずだ。鷹はシリウスの肩に乗って、見つめた。
「公爵の令嬢、か…私が視えるということは少なからず他の魔獣なども視えるのだろう…難儀なことだな貴族のお姫様が」
すると姫はころころと、楽しそうに笑った。
「ええ、でも平気よ カストル様がいらっしゃって守ってくださるもの。 お父様もそう仰っていたわ」
なるほど、カストルが。しかし、シリウスはおもしろくない。なぜあんな人外魔境のたぬきがここまで信頼されているのか。世の中絶対に間違っている。
「あなた今日、オリオン様と一緒にいらした子?」
「ああ…そうだよシリウス。シリウス・ブラックウェル」
「シリウスね シリウスも魔法使いになるの?」
名も知らない令嬢は楽しそうに訊いてくる。シリウスはこくり、と首肯した。魔法使いは魔法使いにしかなれない。他の何物にもなれはしない。令嬢は眼を輝かせた。
「カストル様のお孫様なのでしょう?きっと素晴らしい魔法使いになるのね」
むか。と黒いものが胸に蟠る。シリウスは剣呑に目を細めた。
「別におじい様じゃなくたって素晴らしい魔法使いなんていっぱいいる」
ふん、とつっけんどんに言えば令嬢の目がぱちくり、と大きく瞬いたあと、笑い声が零れた。
ひとしきり笑って、目を拭うと微笑んだ。
「そうね、そうだわ ごめんなさい」
「……別に…そろそろ戻らないと」
さすがにそろそろ本邸に戻らないとまずいだろう。本邸から庭は見渡せる。先ほどの客間女中が探し始めるかもしれないし、奥に入り込んだところ見咎められてたら言い逃れはできない。