Episode15
オリオンもそれを知っているから、鷹には丁寧に接している。そして普段シリウスが呼んでいる”ベティ”という名も彼の名の一部ではあるが、それよりも立派なちゃんとした名前が彼にはある。そして鷹はその名を誰かに教え、呼ばせることを是、としない。それでもシリウスはその名を知っているし、鷹から呼ぶ”許可”を許されたからだ。
「…最初はさ、俺がまぁ無理やり…魔力代わりに助けてくれてたわけだろ?でもさ、もう大丈夫だし…」
「……ふーん…で?」
歩くシリウスの隣を鷹が二束歩行で歩いていく。ときどき見上げてくるから、ふらついてて危なかっしい。シリウスは手を伸ばして抱え上げた。この鷹は根本的に普通の動物とは違うのだろう。とても軽く、重さを感じない。鷹を肩に乗せて、シリウスはのろのろと歩き出す。
「だからさ…あんたのしなきゃいけないことしてきなよ…おじい様んとこ帰ってさ」
なるほど、これがいいたかったのかと鷹は合点がいった。鷹はカストルとある取り決めをしている。鷹の目的を果たすため、カストルが鷹に協力をする変わりに鷹はシリウスを守ること。絶体絶命の窮地に陥っても必ず守ること。それがカストルと鷹の決め事。
だから、とシリウスなりに一応気を遣ったわけだ。ひとりで魔獣も悪霊も退治できるようになった。だからいいんだ、と。池沿いを歩いていくと小島にかかる橋がある。そこを渡りながらシリウスは続けた。
「…まぁ?あんたが別にどーしても俺といたいってんならいてもいいけどさ?」
シリウスの物言いに鷹は思わず吹き出した。こういうのなんて言うのだったか。
「ほほう??シリウスくんは私と離れるのが寂しいと…仕方ないな」
「違うッ!!」
ばさり、と羽根を羽ばたかせて肩から飛び上がると鷹はぺしぺしとシリウスの頭をはたく。
「そうかそうか そんなに寂しいか 仕方ないな それなら私が一緒にいてやろう」
機嫌よさそうに尾を一振りして、鷹は旋回する。真っ黒な体躯が青い、瑠璃の空に溶けていくようだ。
「違うって言ってんだろうっ!!」
けらけらと笑声を上げて、鷹が飛び、それをシリウスが追いかける。ひょいひょいと軽やかに空を駆けていく。
夢中で追ううちに、ずいぶんと奥まで入り込んでしまったらしい。ここは東北宮あたりだとあたりを付ける。
「どこだ?」
大声を出す気にはなれず、シリウスは声を潜めて鷹を探す。宮の奥まったひっそりとした場所に鷹は止まっていて、シリウスは急いで駆け寄った。
「見つけたほら、ベティ戻るぞ」
黙っている鷹を抱え上げるも微動だにしない。どうも様子がおかしい。シリウスは眉を寄せた。
「ベティ?どうした?」
「……なにか…いる」
固い声音だ。丸い黒針水晶が剣呑な光を帯びて、煌めく。胸元の翠玉が淡く色づいたように見えた。
「……ここに?魔力、とかか?でも俺はなにも感じないけど」
「ここじゃない…ここはそうだな…残滓のような…残りかすというかなんというか…魔獣のようなものだが私は知らないものだ」
「…魔獣?」
シリウスは宮を見上げた。ここは、アルベルティ公爵家だ。アレッサンドロは他にもいくつかの屋敷を所有しているがここが一番大きいという。獅子殿の歴史は古い。アレッサンドロで五代目か六代目というから相当だろう。古い屋敷には曰くも多い。まして政の中枢にいる家ならばなおさらだ。鷹のいう魔獣とはそういった曰くの、因縁が生み出したものなのだろうか。たとえば。
「……アレッサンドロ殿を狙った呪い、とか…」