Episode14
彼は目に見えて、狼狽えた。
「あ、いや、今のは…えとその…」
慌てて言葉にならない息子を目で制し、オリオンが口を開く。
「アレッサンドロ殿、貴殿には視えないが、実はここに魔獣がいましてそれが先ほどからこの子にちょっかいをかけているのです」
「なにっ!?」
アレッサンドロの目が輝く。
「それはどういう魔獣なのだ!?オリオン殿、貴殿がなにもしないということはその魔獣は私には害はないのだろう?」
「ええ それはもちろん」
「さすが貴殿のお子にしてカストル殿のお孫だな 魔法使いの”目”の素晴らしいことよ」
アレッサンドロの翡翠がまっすぐにシリウスの”金線”を見つめる。人族が決して持ち得ぬ、魔法族の確かな血筋の魔法使いだけが持ち得る目だ。人族には、弱い魔獣や悪霊を視ることができない。魔力がないからだ。強く、ひとに仇をなす魔獣や精霊や神霊に近い幻獣ならば視ることは可能だが。ブラックウェル家の魔法使いはパールグレーの瞳と金線を持って産まれる。例外なく。称賛と微かな羨望を宿した眼差しでシリウスを見るアレッサンドロをシリウスは黙ってみていた。すると、アレッサンドロの手が伸びてきて、シリウスの頭をぐしゃぐしゃとかき回しながら、楽しそうに目を細めた。
「頼むぞ シリウス殿 素晴らしい魔法使いになって人族と魔法族との懸け橋になってくれ」
シリウスは、頭を押さえて殊勝に頷くのみにとどめた。下手に答えて約束になってしまっては大事だ。その選択は正しかったようで、オリオンが首肯で答えてきた。そしてそれを見ていた鷹が、どやっと胸を張っている。
「ほらみろ 私のおかげで褒められただろう」
シリウスはとっさに反論できず、口元を引き攣らせてアレッサンドロに気づかれないように、そっと溜息をついた。
オリオンとアレッサンドロはまだ、話があるらしくそしてそれはシリウスが聞いてはいけないものだ。恐らくは政にかかわることらしい。シリウスが所在なさ気にしているとアレッサンドロが提案をしてきた。
「シリウス殿 退屈か?よければ従僕に命じて舟でも浮かべるが…」
さすがにそれにはご遠慮申し上げたシリウスはよければ屋敷を散策したいと申し出た。アレッサンドロは快く、了承してくれたので、喜んで探索させてもらうことにした。さすがに広い。庭に出たシリウスの感想がそれだ。ブラックバウェル家も広いがこの屋敷も広い。庭だけでどこぞの屋敷が丸ごと入りそうな広さだ。
「拡大魔法も使ってないのにこんな広いなんて…」
てくてくと歩きながらシリウスが呟くと隣の鷹が同意した。
「そうかもしれんな ただここまで羽振りがよくなったのは最近だったはずだ 初代のアグロヴァルはたしか質素だったはずだが…」
鷹の発言にシリウスは眼を丸くした。アルベルティ公爵家の初代公爵、アグロヴァル・アルベルティ公爵といえば数百年は前の人物のはずだ。すでに歴史上の人物だが、シリウスはそこまで人族の歴史には詳しくない。さすがに普段から物知りで博識と豪語しているだけはあるとひっそりと感心した。
季節の花と景観を楽しみつつ、シリウスはふと、思いついたことを訪ねた。
「ベティさ…どうして俺と一緒にいるんだよ?」
この鷹はただの魔獣、まして幻獣などではない。あの祖父が一目おくほどの存在なのだ。そして、この鷹にはやることがある。とても大切なことだ。鷹が、そのためにブラックウェル家にいることをシリウスは知っている。