Episode13
今日は暖かい。開け離れた応接室の窓からはレースのカーテンがなびく。そこに艶やかな木肌の椅子に腰かけた壮年の男性が見える。すっきりとした髪は短く、その色彩は陽光を弾いて煌めく金色。涼しげな目元には翡翠が彩る。まとっている衣服は光沢があり、一目で上質のものだとわかる。客間女中に案内されて姿を見せたオリオンたちに気づき、その目元を和ませた。
「おお、待ちかねたぞ」
「お待たせして申し訳ない」
王宮一の権力者という前評判からどんな強面の男性かの予想に反して、意外にも穏やかそうな人物だ。一礼する父にならって、シリウスも頭を下げる。客間女中が用意してくれた椅子に腰を下ろしてシリウスはおとなしくしていようと決めた。これから出仕するにあたって権力者への覚えはめでたいほうがいい。特に人族には。魔法族にはブラックウェル以上の家はない。ブラックウェル家は魔法族の中で最も古く、その象徴とされている家だ。それ故魔法族からは王族と呼ばれている。だが、政治面に関しては基本的に、魔法省と呼ばれる魔法族専用の省があり、そこの八省に務める魔法族が司っている。そのトップが卿と呼ばれ、彼らがアレッサンドロと同様の立場にあたる。魔法族に貴族の爵位というものは存在しない。頂点にブラックウェル家。その下に名と歴史のある家が、という感じでその数少ない家を貴族としているというものだ。だが、人族は違う。王族は王族。貴族は貴族。平民は平民と細かくしかし、明確に線を引いている。魔法族は保守的だ。ゆえに、人族との繋がりは大事だ。シリウスの一言でアレッサンドロの怒りを買いでもしたら、いろいろとまずいことになるのは理解している。祖父や父ならどうとでもできそうだが、あいにくシリウスにそこまでの技量はまだない。
あの腹黒爺までとはいかなくてもうまくできるのか俺は、とシリウス胸中でうむうむと唸っていると、彼の前でちょこんとお座りしている鷹がなにやら、しかつめらしい顔をした。
「そうだな 人族には不用意な一言が原因で辺境に左遷させられた貴族なんざ腐るほどいるみたいだしな…かと言って所詮人族だからな いざとなったら忘却魔法やら呪いやらでどうとでもできるが、王宮ともめるのも得策じゃないのだから、しばらくはない愛想を振りまいてしっかりと猫を何匹か被っておくのだぞ」
「―――――」
「お?なんだ無視か?いい度胸だな この私が自ら処世術は教授してやっているというのに聞いているのかシリウス」
「――――――」
「こら、シリウス 返事くらいしろ おい」
「―――――」
どうにか「忍」の文字で耐えているシリウスを鷹は面白くなさそうに半目で見やるとなにやら、一本足で立ち上がると、軽快にステップを踏み始めた。待て、なにをやっているんだ。お前は。シリウスは思わず目を丸くした。
鷹の自慢の真っ黒い羽根を広げて、鷹は華麗に舞い始めた。恐らくはジャズダンスを。それはもう見事に。
「いや、なんでだよッ!!」
見事だけどそうじゃない、とシリウスはとうとう我慢しきれずに叫んだ。それからはっと我に返る。そっと視線を向ければ驚いたアレッサンドロと何とも言えない顔をしたオリオンがこちらを見ているではないか。