Episode11
いや、なんでだよ、まずシリウスが思ったことだ。
飛んでいけばいいじゃないか、と父に食って掛かった。当たり前だ。自分たちは人族ではない。魔法使いだ。なら箒で飛んでいけばいいだろうに、なぜ徒歩などとこの上なく面倒な方法で向かわなければならないのかと。そんな息子の言い分をオリオンは一刀両断した。
そもそも、シリウスはまだ成人前であり、箒自体持っていない。魔法使いは安全性の問題上、法律で未成年の箒使用を認めていないからだ。オリオンはもちろん乗れるので乗せてくれればいいだろうと提案したところの返答は実にシリウスを微妙な心持にしてくれた。いわく。箒がそれほど得てではないということと。極めつけが。
「私は後ろには妻しか乗せる気はないんだ 息子でもお断りだな」
と、爽やかな笑みで言い切ってくれたため、その時のシリウスの心情は筆舌に尽くしがたい。子として両親が仲睦まじいのは何よりだが、実にしょっぱい気持ちになった。親の惚気とかいらない。
「それにしてもいつの時代でも人族と魔法族の関係は変わらんなぁ」
シリウスとオリオンの間をてくてくと歩きつつ、鷹がひょんと長い尾を振る。
「たまには向こうから出向かわさせりゃいいだろうに…だから調子に乗るんだ」
舌打ち混じりに鷹が口にするが、それは無理だということはシリウスも知っていた。魔法使いの屋敷というのは基本的に秘されているからだ。人族に視えないように目くらましや、認識阻害などのいずれかの魔法が厳重に掛けられている。絶対にだ。だから王都にあるブラックウェル家の屋敷も人族には認知されていない。人族が屋敷前を通れば、そこはただの通りか、それか別のものに見えるようになっている。尤も、例え魔法族であっても、屋敷の者が許可しなければぼんやりと、魔力が高いものであればよりはっきりとという程度の認識にしかならない。これはブラックウェル家以外でも魔法族の屋敷であれば共通のことだ。魔法使いの屋敷というのはそれほどまでに危険だからだ。そしてその家に伝わるものを外に出さないように、と魔法使いは基本的に屋敷への訪問者を歓迎しない。ブラックウェル家も歴史多き魔法族の家柄のため、危険なものは多い。シリウスもまだ幼い幼児のころになんどか冥府へ逝きかけたようなものもあるくらいだ。そんな屋敷に唯人である人族など招いた日には死人が出る予感しかしない。もちろん、鷹も本気で言っているわけではないが、こちらばかり労力を使うことに対しての少しばかりの愚痴だ。シリウスもそれぐらいはなんとなく、察しているので仕方ないとばかりに苦笑する。
道のりも半ばを過ぎただろうか。アルベルティ公爵家の屋敷である獅子殿は、西の大路をまっすぐ南に進んだところにある。ちょうど、左大路と右大路の通りを交差する場所。数ある貴族の中でも、もっとも豪華なたたずまいの大邸宅だ。ひとの多い大路を親子は歩く。その真ん中を小さな足で歩く鷹は大半のものには視えない。ふいに、鷹が目線をめぐらせた。なにか感じ取ったように、視線を四方に彷徨わす。
「ベティ?どうかしたのか?」
気づいたシリウスが立ち止ると鷹も立ち止る。オリオンも不思議そうに鷹を見下ろしている。
「感じないか?」
「なにをですか?」
訳が分からず、オリオンは首を傾げる。
「どうしたんだよ?」
鷹は答えない。難しい顔でなにかを考え込んでいる。一瞬だったが、妙な気配を感じた。今まで感じたことのない質の魔力だ。それはとても微弱なもので、他のものに気を取られていたら自分でも感じられるかわからないほど脆弱なものだ。ただ、いままで感じたことのないようなものだった。魔力、というか不思議な感じのもだ。どこか異質な。考えすぎだろうか。
鷹がいつまでたっても反応しないので、シリウスがその小さな体を抱え上げた。
「わ?」
突然の事態に狼狽する鷹に、シリウスが言い聞かせるように口を開いた。
「あのな、俺たちは公爵の屋敷にいかなきゃいけないんだ 考えるのはいいけど止まるのだけはやめてくれよ」
ただでさえ、徒歩で時間がかかっているというのに。宰相様を待たせるのはよろしくない。シリウスの言うことももっともなので、鷹はおとなしく彼の肩に止まった。このほうが楽なのだから最初からこうすればよかった、と鷹はそのとき気づいた。
「じゃ、父上さっさと行きましょう」