Episode10
そもそも魔法が使えない時点で、詰んでいる。なので、シリウスはなんとか足掻こうと、もともと魔力の込められている魔法道具を駆使しようと思ったが、それだけではやっぱり足りないと、魔獣なんだか幻獣なんだか使い魔なんだか分からないが魔力は宿している鷹に目を付け、協力要請をして、シリウスは魔獣退治へと乗り出した。そこで彼は唯人の気持ちを思う存分味わった。魔法使いは基本的に、魔獣に怯えたりはしない。なぜなら魔法使いは魔獣を倒す術があるからだ。人族とは違い魔法使いは対処ができる。その魔力で、伝えられている魔法で。だが、シリウスは魔法が使えない。自分の身に流れているはずの魔力が感じられない。それでは魔法使いではない。だが、カストルはそう思っていない。シリウスが宝石を手にして生まれたのも、その身に魔力があることも当然知っている。だから出来ないはずはないと、こうして無理難題を吹っ掛ける。シリウスはその時、初めて魔獣から放たれる瘴気をその身に感じた。その凄まじさに、身は委縮し動くこともできずに餌食になるところだった。
今もはっきりと思い出すことができる。巨大な魔獣の体躯。針のように全身を覆っている硬く尖った剛毛。ぬめぬめとした紫色の長い舌が、シリウスの腕に巻きついて大きく開けた口に引きずり込もうとしていたことを。魔獣の口は子どもひとり丸呑みするにはなんの問題ないほどに開かれぎらり、とした歯が待ち構えていた。だが、そんな絶体絶命のシリウスを助けたものがいる。それが魔力を当てについてきた鷹だった。いくら普通の鷹よりは大き目とはいえ、今にも口の中に引きずり込まれそうだったシリウスを突き飛ばし、その身の魔力でもって魔獣を押さえ、代わりにその体内へと食われていったのだから。その瞬間の衝撃を、シリウスは生涯忘れないだろう。そして、思い出したのだ。どうして自分が魔法を使えないのか。どうしてあるはずの魔力が感じられないのか。そして、彼は”約束”した。魔法使いにとってとても、意味のある大事な”約束”というものを。今も傍らにいるこの鷹と。
「まぁ…確かに死ぬと思ったけど生きてるしな それに」
肩を竦めてシリウスは、引き攣った笑みを浮かべた。
「あの爺を見返すと決めたからな!!見てろ!!おじい様が吠え面をかくまでは俺は負けねぇ!!」
「そうか 頑張れ」
要するに、偉大な祖父を見返すために精進するとのことなのだろうが発言がいちいち、そこらのチンピラにしか聞こえない鷹の返答は実におなざりだ。そこに、父のオリオンがやってきた。
「仕度はできたか?」
シリウスは慌てて立ち上がった。
「あっ!はい、父上!」
実は、今日彼は、この西の王国の宰相であるアルベルティ公爵家へと父とともに、訪れることになっているのだ。
アレッサンドロ・アルベルティは四年前に国王陛下より内示を受け、人事を司る吏部尚書を任じられた。その翌年、長年の政敵であった甥を辺境へと左遷させ、その後順調に、宰相位まで上り詰めた。というのは、全て従弟から聞きかじった話で、シリウスには全くピンとこない話だった。そもそも、アレッサンドロ・アルベルティは人族であり、彼の頂く王ももちろん人族だ。魔法使いは成人する際に、魔法族と人族の両方から後見人を選ぶ。アレッサンドロ・アルベルティはシリウスの人族での後見人予定の人物である。今後、魔法宮に登城するにあたって、人族の権力者との関わりというのも少なからず発生する。そのため、顔つなぎというのは必要であるということはわかる。実は、今回の目通りに関してはアレッサンドロが言い出したことらしい。自身がこの上なく頼りにし、全幅の信頼をおいている魔法使いであるカストル・ブラックウェルの孫息子。成人前にぜひともその子を一度見てみたい、と。それを聞かされたシリウスの心情は、俺は珍獣かと憮然としたものだが、アレッサンドロはこの国では今や国王陛下に次ぐ権力者だ。人族といえど権力者の勘気をこうむろうものならこの先の人生非常にめんどくさいことになるだろう。ものすごく、渋面を作って祖父からそれを聞いたシリウスは父とともにアルベルティ家へと向かっていた。徒歩で。