Episode9
翠の月、吉日。かねてより、準備の進められていたオリオン・ブラックウェルの長子、シリウス・ブラックウェルの成人の儀がようやく、行われることになった。通常、貴族の子弟は十一歳から十八歳の間に成人の儀を行うことになっている。その後、その家の当主から”杖”を授かり、魔法宮へと登城、となるのだ。後々の出世にも関わるため、成人の儀は早いほうがいい。大概は十一歳になると早々に行われる。シリウスのように十二歳になってからというほうが珍しい。成人の儀は大体年始に行われる。シリウスの昔馴染みも昨年、年明けに成人の儀を行いすでに魔法宮へと務めている。
「……ついに成人の儀か 長かったなぁ」
しみじみと呟いて、ここに至るまでの道のりを思い出したシリウスは柄にもなくたそがれていた。貴族の男子にとって成人の儀は一生に一番の大行事。なんやかんやでここまで来てしまったが、自分はようやく大人の世界へと足を踏み入れるのだ。しかも下手をしたら今、ここにいないかもしれなかった。彼の成人の儀が遅れたのはそれが起因している。
「本当に長かった」
シリウスの隣で鷹がしみじみと頷く。シリウスが現在無事に生存をしているのはこの鷹も一枚噛んでいるからだ。これでも、共に死線を潜り抜けた同志であった。まったく見えないが。
「まったくもって出来の悪い生徒がようやく、ようやく独り立ちしたような親鳥の心持というか…」
「……なぁ、あんたの中の俺なんなの??」
眉をしかめて真顔で不満を口にするシリウスに、珍しく目元を和ませてぱしりと長い尾でぽんと叩く。
「まぁ、さすがにあの時はだめかと思ったからな私も」
あの時。思い返して、シリウスは肩を落とした。夏の初めのころだった。ある理由から、魔法使いではなく人族として生きるとシリウスは当主たるカストルにそう宣言した。なに言っているのか、この孫はと未確認生物でもみるような眼でカストルは孫をみた。そして、その意見を頑として譲らないシリウスにカストルが提案してきたのだ。魔法使いとして”宝石”を持って産まれた以上はどうやっても人族に紛れていくことは難しい、まずは己を知りなさい、魔法使いが使う、言葉の尊さを、その力を。それから決めなさいといかにもなことを並び立てて、なにを思ったかカストルはシリウスに魔獣退治を命じてきた。シリウスはもちろん憤慨した。したが、当主の、カストルの命は絶対だ。実は、そのころシリウスは魔法が使えなかった。魔法使いが持って産まれる”宝石”は反応せず、魔力も感じられない。そしてその事実は、その頃偶然出会った鷹とシリウスしか知りえない事実だった。”宝石”が反応しないなど魔法使いにはあり得ない。――――魔法使いはなにをもって”魔法使い”となり得るか。言葉を尊び、精霊に語り掛け、妖精を友とし、不思議を操る。それが魔法使い。それは修行や知識でなれるものではない。彼らは生まれた時から魔法使いなのだ。その手に魔力の宝石を持って産まれる。それは魔法使いの命と同等であり、魂であり、魔力そのものだ。ゆえに、彼らは持って産まれた”宝石”を大事にする。それを握られるのは、魔法使いに取って”死”を意味する。成人して”杖”を授かるまでは基本的にこの宝石で自分の魔力の使い方を練習する。そして、”宝石”に”杖”を宿し、魔法使いとして媒介を手に入れる。それが一般的なものだ。だが、シリウスはなぜだか魔法が使えなかった。確かに”宝石”を持って産まれたのに。確かに、魔力を感じていたはずなのに。
そんな状況だったが、カストルの命には逆らえない。祖父の言う通りにするのは非常に癪だが、どうにもならない。やらないわけにはいかない。それまで眠らせていた魔法の知識、悪霊の祓い方それらを叩き起こして、魔獣へと挑んだ。そんな中、シリウスに手を貸してくれたのが鷹だ。