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Episode 7

「おじい様がなんだよ?」


目が覚めたら部屋を訪れるようにとの(ことづ)けとのことだ。

眉根を寄せて、上衣を放り投げるとシリウスはベッドから降りて部屋から出ると祖父の部屋へと向かう。


ブラックウェル家の屋敷の最上階の最奥。ぴりぴりとした魔力(マナ)が部屋から漏れて廊下まで零れている。シリウスは無意識に、固唾を飲み込んだ。正直、祖父の部屋へはあまり近寄りたくはなかった。どこで手に入れたか不明ないかにもいわく(・・・)つきにしか見えない調度品に、明らかに呪われているだろうと思われる書物の数々。痛い目にあったのも一度や二度ではない。


ふらふらと頼りなく歩くシリウスの背には大きく、行きたくねぇ、と書かれていた。そんな彼の心情を正しく読み取った鷹はやれやれと呆れたように息を吐いた。ただ、祖父の部屋に向かうだけなのにまるで死地にでも赴くようだったと、後に鷹は供述している。


漆黒のドアは重厚な素材で、開けたら魔王でも待っていそうな雰囲気だ。まぁ、あながち間違ってはいないが。


「おじい様、失礼します。お呼びと伺いましたが……」


扉の外から一声かけると返答があった。入るように促されて、扉を開ける。翠の月の昼でもカーテンの下がった部屋は薄暗い。


室内は壁一面の本棚と、あちこちに置かれた調度品。中央には最高級のマホガニーの机。机の上には水晶玉と重ねられた書類、それとたっぷりとしたインク壺には上質な羽ペンが刺さっている。


「……ああ…シリウス・ブラックウェル…おじい様はとても悲しい」


座り心地のよさそうな、椅子に腰かけてカストルはたっぷりと情感を訴えながら、口にした。なんなら上衣の袖で目元まで押さえている。ぴきり、とシリウスの口元が引き攣った。


「ひとりで祓ったまでは褒めてもよいが…いくら廃墟とはいえ由緒あるいずこかの貴族のお屋敷を倒壊とは……近隣の人族の皆様にはいらん心労をおかけするとはおじい様は実に悲しいなぁ……」


つらつらと言い募るカストルにシリウスはふるふると震える。ちらり、と追従するように着いてきた鷹はカストルに視線を向けた。シリウスと同じ金線(ルチル)の浮かぶパールグレーの瞳にはもちろん涙など浮かんでない。しかも話してもいない詳細まで知っている。つまりあれか。カストルは遠目の魔法かなにかで孫の動向を高みの見物をしていたということか。


「……」


触らぬ神になんとやら、鷹はそろそろとシリウスから距離を取る。そしてシリウスは、ぐっとこぶしを握りこむとカストルを燃えるような眼で睨みつけた。


「不甲斐ない結果で申し訳ありません!!勉強しますので失礼しますっっ!!」


ちっとも思っていない風情でシリウスは叫んだ。怒りで魔力が一瞬膨れ上がり、部屋の空気がぴりぴりと軋む。

派手な音を立てて退室するシリウスを鷹はなんとも言えない顔で見送った。元凶のカストルを見ればくつくつと堪えきれないとばかりに笑っている。


「……わざわざ呼び出してまでいうことですか」


「なぁに、可愛い孫の顔を見たいじい様のちょっとした我がままじゃよ」


とうとう、笑声を立てて空々しく口にするカストルに、鷹は呆れたように眺めやった。年齢を重ねても衰えることのない相貌は精巧な人形(ビクスドール)のようだ。かつては孫と同じく漆黒であった髪は灰色(グレー)になってはいるがその質は変わらず美しい。


「…あまりおちょくると嫌われますよ」


「問題ない 私はこの上なくシリウスを愛しているからのぉ 無問題」


ほっほっほっと愉しげに笑う老人は無敵だ。憤懣(ふんまん)やるかたないといった体で部屋から出ていったシリウスを思い浮かべて鷹はカストルに尾をひと振りし、一礼すると部屋から出ていった。


その様子を見届けて、カストルは机の上の水晶玉を手にする。微かに水晶が輝き始め、その中にはなにやら景色が映し出される。あちこちに散らばった瓦礫に粉々になった調度品や、カッソーネ。シリウスが悪霊を退治た廃墟だ。


「…修復せよ(エピディオ)


水晶に向けて、カストルが唱えれば瞬く間に倒壊した廃墟が形を成していく。時間にして数秒で、倒壊したはずの廃墟は廃墟ではなく、つい最近建ったばかりにしか見えない屋敷が建っていた。満足そうに口元を笑ませて、カストルは水晶玉を机の上に戻す。徐々になにも映さなくなった水晶を一瞥して、カストルは書類に手を伸ばした。

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