第7章:吸血鬼2
「……なんで、その名前を……」
息が止まりそうになった。
“黒田陽介”。この異世界には、存在しないはずの名前。少なくとも、俺以外には知りようのない、元の世界の俺の名。
「どうして、それを知ってる?」
ヴィラは、まるでそれを予期していたかのように静かに微笑んだ。
「あなたの魂は、普通じゃないのよ。たとえ姿形が変わっても、核となるものは……輝きを放つもの。私たち“夜の一族”には、それが見えるの。」
(魂の……輝き? なんだそれ、厨二かよ……)
でも、彼女の目を見た瞬間、冗談にできなかった。あの深紅の瞳は、まるで俺の内側を、その奥底の秘密までも覗き込んでくるような錯覚すらあった。
「あなたには、特別な何かがある。そして私は……長い間、それを持つ者に出会っていなかった。」
そう言って、彼女は優雅に礼をした。
「おやすみなさい、転生者。明日また会いましょう。」
そう言い残して部屋を出ていくヴィラの背中は、どこか寂しげで、それでいて抗いがたい神秘を帯びていた。
……部屋に、静けさが戻った。
蝋燭の炎だけがゆらゆらと揺れていて、壁に幽かな影を投げている。
俺は、ベッドに体を沈めながら、天井を見つめた。
(吸血鬼が命の恩人になって、しかも俺の正体を知ってる……?)
(なにこの展開……異世界ファンタジー、難易度高すぎるだろ……)
思考の迷路に陥りながら、そっと手を上げる。指には、いつもと同じ銅の指輪があった。蝋燭の光に照らされて、まるでそれが脈打つように微かに光を返している。
ヴィラは「古代の魔力が宿っている」と言っていたけど——それが、彼女が俺の正体に気づいた原因なのか?
(くそ……わかんねぇ……)
試しに、指輪をくるくると回してみる。
……何も起きない。
ただの金属の指輪のようで、でも、何かが確かに“潜んでいる”気がした。
そのとき、胸にズキンと鋭い痛みが走った。
「ぐ……っ!」
反射的に身を縮めて、包帯に触れる。やっぱり、少し動きすぎたか。新しい血が、じんわりと滲んでいる。
「楽観的すぎたな……」
吸血鬼の血が治癒力を高めているって言っても、さすがに一晩で完治するわけじゃない。どう考えても、RPGでいうポーションぐらいの効果だ。
(……まぁ、命は助かったんだ。贅沢は言えないな)
今は休むしかない。明日になれば、また動けるはず。
そして、次にヴィラに会う時……俺は、きっと何か決断を迫られる。
それを思うと、自然と背筋が緊張した。
(この世界で、生き残るには——もっと強くなるしかない)
そんな風に思いながら、姿勢を変えて、傷口に負担のかからない体勢を探る。
ベッドはふかふかで、まるで貴族用かってくらい快適だった。
しばらくして、蝋燭の光が徐々に小さくなっていく。
気づけば、部屋は優しい闇に包まれていた。
まぶたが重くなる——そして、意識が深い眠りに引き込まれていく。
(……今、誰か……歌って……る?)
地下の奥底から、聞こえるような、古い旋律のような歌声——
それが幻だったのか、現実だったのかを確かめる間もなく、俺は眠りの底へと沈んでいった。