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第45章 鑑定術

 「……最近、何をしているの?」


 ヴィラは魔法灯の下で静かに本を閉じ、視線だけを路恩へと向けた。吸血鬼特有の蒼白な肌と紅い瞳が、無機質な美しさを際立たせている。


 「うん、起業してる。いや、正確にはしようとしてる、かな。」


 路恩は肩を竦めて、机の上に置かれた白く失敗した石鹸の塊を見つめた。


 「石鹸を作って売ろうとしてるんだけど……どうしても配合が安定しないんだ。品質が毎回バラバラで、これじゃとても商品にならない。」


 「石鹸?」


 ヴィラは眉をわずかに上げる。


 「なるほど、化学的反応を利用した製品ね。でも──」


 彼女はすっと立ち上がり、古びた本棚から一冊の古文書を取り出す。


 「あなた、『鑑定術』って知ってる?」


 「いや、初耳だ。」


 「そう……なら、教えてあげるわ。」


 ヴィラは本を開き、五芒星の魔法陣を指さした。


 「これが基本的な鑑定術の術式。物質が毒か否か、金属か植物か、あるいは元素属性──そういった基本情報を把握するためのもの。でも、あなたの目的には不十分ね。」


 路恩は陣形をじっと見つめながら呟く。


 「そうなんだ。俺が欲しいのは、物質同士の反応傾向とか、どれくらいの比率で混ぜたら理想的かっていうデータなんだ。」


 「……つまり、定性的な識別じゃなく、定量的な分析ね。」


 ヴィラは本を閉じ、机の上に一枚の羊皮紙を敷いた。


 「説明しなさい。あなたが必要とする情報は具体的に何?」


 「まず、油脂の種類ごとの『脂性の強さ』、それに対するアルカリの反応度、あと混合比率による変化。できれば数値で出てくると嬉しい。」


 ヴィラは数秒沈黙し、そして短く頷いた。


 「それなら、術式の構造を拡張しましょう。五芒星では情報が足りない。七芒星に拡張し、中心に属性評価、頂点に反応傾向と融合指数を組み込む。」


 「それだけじゃ不十分。数値を表示させるための“評価環”が必要だ。」


 路恩はすぐさまペンを取り、中央の星型の周囲に円環を描く。


 「この環に魔力量に応じて反応強度を表示させる数値ルーンを配置する。昔、天文台で見た測定魔法を参考にして──」


 「待って、流れが複雑になりすぎているわ。この辺りの制御符は分散させないと暴走する。」


 「じゃあ、補助線を追加して、導線を二重に分けよう。こっちは属性評価用、こっちは比率推定用。」


 ふたりは無言で書き続ける。ヴィラは魔力の流れを計算し、路恩は構造と意味を整理する。異世界の魔法と科学が、同じ羊皮紙の上で融合していく。


 やがて、一枚の見事な複合陣が完成した。


 七芒星の中心には基礎属性を示す符文、外縁には“反応係数”“変化率”“融合性”“残留物傾向”など、実用的な指標が整然と並んでいる。


 ヴィラは水晶を一つ取り出し、それを陣の中心へと置いた。


 「この水晶が魔力の流れを安定させる。媒介に使って。」


 「了解。」


 路恩は呼吸を整え、水晶へと手をかざす。


 魔力が流れ出し、陣形が淡く輝く。次第に各符文が反応し、空中に数値と記号が浮かび上がる。


 「……おお……見える、油脂の反応率、アルカリの分布まで……!」


 路恩は息を飲んだ。


 「これなら……最適な配合が出せる!」


 ヴィラは無表情のまま、それをじっと見守りながら言った。


 「これで君の“起業”とやらも、少しは現実味を帯びてきたわね。」

 夜の冷気が石造りの壁を伝ってくるなか、俺——ルーン・ウィンスターは、借りている安アパートの一室に戻ってきた。貧民街の片隅にあるこの場所は狭く、天井も低いが、今の俺には十分だった。


 机の上には、さきほどヴィラから譲り受けた魔法水晶と、自分で描き上げた新型の鑑定術陣の羊皮紙が並んでいる。ランプの灯りが淡く揺れている中、俺の胸は高鳴っていた。


「よし、始めるか」


 この数日間、どうしても解けなかった“理想的な石鹸配合”の謎。だが今の俺には、それを見極めるための“目”がある。


 まずは材料の確認から始めた。聖ディア産のパーム油、夏のオリーブ油、北地の羊脂、そして精製された豚脂。それに、昨日精製したばかりの標準化した木灰のアルカリ液。


「さあ、鑑定術……俺のバージョンで、お前らの本性を見せてもらおうか」


 魔法水晶を材料の隣に置き、七芒星を基礎にした独自の魔法陣に精神力を注ぎ込む。羊皮紙に刻まれた複雑な符号が、淡い青光を帯びて浮かび上がる。光がパーム油に触れると、水晶が微かに震え、数値が浮かび上がった。


「飽和脂肪酸比率……45%、主成分はパルミチン酸……悪くないな」


 同じように他の油脂、そしてアルカリ液も解析していく。各材料が持つ“油性”“反応傾向”“腐敗耐性”といった特性が、精緻な数字として俺の頭に入ってくる。


 それらを元に、俺は紙に配合比を走り書きし、皿の上で混ぜ合わせる。アルカリ液との比率を精密に計算し、超脂肪分を7%に設定。香料としてミント精油、保湿成分として蜂蜜を少量加えた。


 数時間後、粘性が増した混合物を木製の型に流し込み、布で包んで保温する。


「ふう……これで第一号試作品だな」


 念のため、水晶を使って製品状態での分析も試みた。結果、泡立ち、肌への刺激、香り、保存性……どれも高水準。コストも、王都の市販品の三分の一以下。


「これは……いける」

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