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第三章:酒馆での出会い

──ゴミ捨て場の一日が、ようやく終わった。


太陽は傾き、聖安托万区の空が血のように赤く染まる。俺とトビーは金属回収所に最後の袋を届けた後、どっと疲れを吐き出すようにため息をついた。今日もろくなもんが拾えなかったし、ポケットの中のコインは俺たちの労働に対する神の答えみたいに軽かった。


「まだちょっと探してみようぜ、な?金持ちのゴミはたまにお宝混じってんだ」


「……もう、腕がもげそうなんだけど……」


文句を言いながらも、俺は鉄のフックを手にして、目の前のゴミの山をかき回した。こんな単純作業でも、無心になれる時間はある意味貴重だ。気を抜けばすぐ現実が襲ってくるこの世界では。


──けれど、その“単純作業”は、突然の悲鳴で終わりを告げた。


「うわっ、なんだあれ……!?」


一人の作業員が拳大の青い結晶を掲げて叫んでいた。不気味に光るその石、まるで爆弾みたいな点滅を始めたと思ったら──


ドンッ!!


轟音と共に、男の身体が吹っ飛んだ。その直後、ゴミ山が崩れ、鉄屑や瓦礫が彼の上に降りかかる。


「やばい、埋まったぞ……!」


走り出す俺。後ろからトビーの「頭おかしいのか!?」って叫びが聞こえるけど、もう止まれなかった。


──この体の持ち主だったルーエンの記憶か、それとも俺の倫理か。


とにかく、助けなきゃと思った。


**


「まだ生きてる!手伝え!!」


そう叫んだ時には、もう手はゴミを掘ってた。鉄の破片で掌が切れ、血が滲む。でも構ってられない。


数人の作業員が、ようやく助けに入ってきた。トビーも文句言いながら手伝ってる。正直、ちょっと感動した。


そして──


「……息してる……!」


ぐったりした作業員の顔に光が戻り、胸がわずかに上下していた。生きてる。それだけで救われた気がした。


**


事故を聞きつけて監督のクラークが駆けつけてきた。いつもの仏頂面が、珍しく青ざめてる。


「……また魔法石かよ。光るもんに触るなって何度言えば……!」


そうぼやきながらも、怪我人を運ばせて、作業は打ち切りに。


「……ったく、今日も最悪だったな」


「なあ、ルーエン。今夜は酒でもどうだ?『ラスティ・タバーン』、行こうぜ」


もちろん、断る理由なんてない。


**

酒場は、まさに“東区の楽園”だった。


いや、天井の梁は黒く煤けてるし、ランプの火は心許なくて、どの椅子もギーギー軋む。空気も臭い。汗、煙草、安酒、そして……ちょっと説明できない香りが混ざり合って、鼻に突く。


けど、そんな中でも、ここには不思議と“ぬくもり”があった。


「ふぅ……やっぱ、こういうとこが一番落ち着くな」


俺は硬い木製の椅子に腰を沈め、ようやく今日一日の疲れを吐き出した。トビーはすでに注文を済ませ、安エールを二杯、ぎこちない手つきで運んできた。


「ほらよ。泡なんて期待すんなよ」


「むしろ泡が少ない方が得って考えるべきだな」


グラスを合わせて、喉を潤す――が、うぇっ、苦い! 変な酸味もあるし、口の中にざらついた感じが残る。さすがは東区、クオリティの低さが逆に安心感をくれる。


「なあ、ルーエン……ってか、今の俺は“ルーエン”なのか……」


一口飲んで、ふとグラスを置いた。頭の中では、昼間のことがぐるぐる回っていた。魔法石の爆発、謎の青い光、体内を走ったあの妙な痺れ。


この世界には、どうやら“魔法”ってやつが存在するらしい。


しかも、それはただの幻想じゃない。化学的な反応とも思えない現象が、俺の目の前で現実として起こっていた。


「……まさか、それが理由で俺がこっちに来たってのか?」


ふと、そんな考えがよぎる。


化学の法則に忠実に生きてきた俺が、なぜか“魔法のある世界”に飛ばされた。異世界転移ってやつか? だとしたら、その原因は……何だ?


「量子トンネル効果? 時空の歪み? まさか、大型ハドロン衝突型VR装置の暴走?」


自分でもバカバカしいと思いながら、脳内でSFの可能性をいくつか検討していた。だが、結論はいつも同じ。


「わからん!」


答えは出ない。けど、俺の直感は告げている――この世界、単に“魔法がある中世ヨーロッパ風”ってだけじゃない。


何か、もっと深い、異質な“力”がこの世界を覆っている。


「ルーエン」


そのとき、目の前に誰かが座った。昼間助けたあの青年――ポーストだった。


「君たちが俺を掘り出してくれたんだってね。本当にありがとう」


彼の右足には包帯が巻かれ、木の杖を突いていたが、表情は穏やかで、目には芯のある光が宿っていた。


「いや、あれはたまたまだよ。俺たちも死ぬかと思ったけどな」


「それでも、命を救われた恩は返したい」


そう言って彼は、店員に手を挙げた。


「店長、一番上等なエールを三つ、それと牛肉の炙りを頼む!」


「ちょ、おまっ……!」


俺は思わず止めようとしたが、トビーはニヤニヤ顔で口を挟んだ。


「いいって言ってんだ、遠慮するなよ、ルーエン!」


かくして、我々のテーブルには今夜唯一まともな料理が並ぶことになった。焼き加減も絶妙で、香ばしい香りが食欲を刺激する。口に入れると、柔らかくて、脂の甘さが広がって……


「うっ……うまい……!」


胃袋が歓喜の歌を歌い始めた。生きてて良かった――そんなレベルだ。


が、その至福の時間も、ある声によって破られる。


「なんだと!? オレがピンハネだって!? この野郎、契約書読めねぇくせに……!」


酒場の奥、少し開けた空間で、怒鳴り声が響いた。


その方向を見やると、派手な服を着た工場監督風の男が、やせた労働者の襟首を掴んで揺さぶっていた。周りは静まり返り、誰もが口を閉ざして成り行きを見守っている。


「……まただよ」


ポーストが低く呟いた。


俺も言葉を失った。たった今、命を救われた男の笑顔の影に、静かな怒りが浮かぶのを見たからだ。


そして――静かに立ち上がった者がいた。


黒いローブ。丸眼鏡。痩せた体に似合わぬ鋭い歩調で、彼はゆっくりと現場に近づいていく。


「ちょ……あれ……」


俺は思わず立ち上がりかけた。


その姿、その声。その空気を支配する雰囲気。そして、彼が名乗った名。


「名は……マクシミリアン・ロスピエール」


「なっ……!」


世界史の授業で、何度も聞いた名前が脳裏に突き刺さった。


革命、ギロチン、恐怖政治――


まさか、そんな伝説級の男が、今、目の前に?


俺は、エールのグラスを落としそうになった。

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