表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/57

第20章 吸血鬼の魔法

ガブリエルは目を細めた。

彼の前に立つヴィラは、たった今、半身を焼かれたはずだ。

だが、その姿はあまりにも自然で、まるで最初から傷一つ負っていなかったかのように見えた。


「再生……か。公爵ともなれば、その程度の奇跡は日常茶飯事か?」


「ええ、まあ。でもね……」


ヴィラはドレスの裾を優雅に払った。その動作すら舞踏会のように気品に満ちていた。


「“三対一”っていうのは、どう考えてもフェアじゃないわよね?」


彼女の声色は変わらず静かで柔らかかった。

だが、その言葉とともに、空気が明らかに変わった。


——ドゥン。


血の池が、微かに波紋を描く。

それに呼応するかのように、ヴィラの周囲から、目に見えぬ圧力が滲み出し始めた。


「っ……気圧、いや、これは“血の圧”か!?」

グラントが思わず唸る。吸血鬼に近い種でなければ感じ取れない“上位の血”の力。それが今、ヴィラの体から溢れ出していた。


「“血霧再生”だけじゃない。あれは……『血波領域』……!」


ガブリエルが身構えた瞬間、ヴィラの影が消えた。


——ドン!


先に動いたのは彼女だった。


一瞬にして狂信者の背後へ回り込む。

その右手には、小さな短剣のようなものが握られていた。


それは刃ではなく、凝縮した“血”そのもの。血族が自らの魔力を圧縮して生み出す、貫通力特化の武器「血槍ブラッドスパイク」だった。


「この熱量。私の血を汚した代償、払ってもらうわ」


ヴィラがそのまま、狂信者の心臓を突き刺した。


「グオオオオオ——ッ!!」


狂信者の白燐の炎が暴走する。体内から力が崩れ、魔力の流れが乱れる。

燃え広がった炎が密室を一瞬で照らし、眩しい閃光とともに狂信者の身体が四散した。


血族の技術と聖炎の反応が暴発したのだ。


「一人目、終了ね」


ヴィラがくるりと振り向き、指先についた血を舌で拭った。


「チッ……!」


グールが吠えた。主を失い、狂ったように突進してくる。


ヴィラはそれを正面から迎え撃った。

彼女の瞳が紅く輝く。


「従属の魔眼スクレイヴァ


その瞬間、グールの動きがピタリと止まる。


「お座り」


ボソッと囁く。


グールはまるで操り人形のように、四つん這いでその場に伏せた。


「……従属成功率、30%。たまには上手くいくのよね」


そう言って、ヴィラは片足を高く上げ、踵でグールの後頭部を踏み砕いた。


鈍い音とともに、グールの頭部は潰れ、動かなくなる。


残るは——


「ガブリエル。あとはあなただけね?」


ヴィラは何事もなかったかのように、優雅に歩みを進めた。


「さあ、“白騎士”さん。次は、貴方が踊る番よ?」


###


ヴィラの爪がグールの胸を貫いた瞬間、室内に血しぶきが咲いた。

——静寂が訪れる。


返り血も気にせず、彼女は淡々と振り返った。狂信者の息はまだあったが、もはや燃え尽きかけの燈火だった。ヴィラはその額にそっと触れると、指先にわずかな血の波動を乗せる。


「言え。誰がここを漏らした?」

その声に、恐怖ではなくただ冷徹な“義務”の色が滲んでいた。


狂信者の目が一瞬だけ正気を取り戻し、唇がわずかに震えた。

「……依頼……教会じゃ……ない……報酬を受け取った……情報屋が……」


その言葉を最後に、彼の目から光が消えた。

ヴィラは静かにその喉を掻き切り、苦しみの終わりを与える。

「騎士らしい最期ね。」


血の匂い、焦げた空気、そして崩れた石の音だけが、密室に残された。


---



朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、俺はギシギシと軋む木のドアをくぐった。労働者宿舎。今日もいつものように、油まみれの街に出撃だ。


擦り切れた帽子をかぶり、色褪せた作業服のジャケットを羽織り直す。うん、これで「それっぽい労働者」のできあがり。街ですれ違う誰かに紛れるための最低限の装備だ。


ポケットには、8スーと十数デニエの硬貨。先週の修理仕事で得た血と油と汗の結晶。これが、俺の所持金のすべて。


「朝から財布が軽いと、胃袋まで空になりそうだな……」


そうぼやきながら、目指すは毎度おなじみの「白鳥パン屋」。労働者の味方にして、コスパ最強の炭水化物供給所である。


パンの焼ける匂いに誘われてドアを開けた瞬間、ふわっと香ばしい湯気が顔を撫でた。うん、この匂いだけで朝ごはん一杯いけそう。


「おはようございます、ホワイト夫人。今日のライ麦パン、まだありますか?」


「おや、ウィンスターさんじゃないかい。ええ、ちょうど焼きたてだよ。何個いるの?」


「……4つください。値段、まだ1つ2スーですよね?」


ここで買い溜めして数日は乗り切る。そんな皮算用をしていたのだが――。


「……ごめんね、また値上がりしちゃって。今は1つ3スーなの」


「……は?」


思わず素で反応してしまった。


「最近の物価、ドラゴンの暴走よりヤバくないか?」


3ヶ月前は1スーちょい、先月2スー。で、今日から3スーって……何? パンってそんな進化する食べ物だったっけ?


「うう、じゃあ……2つだけでお願いします」


ポケットの硬貨を数え直して、泣く泣く選択肢を削る。いつか『パンを諦めた男』として街角の銅像になってもおかしくない。


ホワイト夫人は気の毒そうな顔で、こっそり小さめのパンをオマケしてくれた。ありがたい。泣ける。次生まれ変わったらパン屋のオーブンになりたい。


店を出ると、手の中の紙包みはやけに軽く感じた。というか実際に軽い。ライ麦パン2個分の重さ。ああ、炭水化物の女神さま……俺はまだ飢えてるんです。


……と、そのとき。すぐ横の路地から、小さな声が聞こえた。


「おにいさん、花……いりませんか?」


振り返ると、10歳くらいの女の子が立っていた。ボロボロの服、素朴な野花の束。そして、妙にまっすぐな目。


「恋人に、どうですか? 一束、たったの1スーです」



ポケットの中身と相談しつつ、俺はため息をひとつついた。


「……いいよ。一束くれ」


市場を去ろうとしたとき、背後から聞き慣れた声が響いた。


「ルーン?ルーン・ウィンスター?本当に君なのか?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ