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第12章 魔法的練習

心臓がドクンと跳ねた。いや、跳ねたってレベルじゃない。まるで巨大ハンマーで内側からぶん殴られたみたいな衝撃だった。


思考は一気に暴走モード突入。頭の中でぐるぐると回転して、止まる気配ゼロ。指に嵌めた指輪は微かに光を揺らしていて、まるで俺の思考とシンクロしてるかのようだった。


「……本当に、そうなのか?」思わず口には出さず、心の中で呟いた。


ふと、地球時代の記憶が脳内スクリーンに再生される。あの退屈きわまりないヨガ教室。足を組まされて、変な呼吸させられて、「気を丹田に沈めろ」とか「エネルギーの流れを感じろ」とか、今思えば不思議ワード全開だったな。


当時の俺は、心の中でずっとこう思ってた。「マジ意味わからん」「はよ終われ」と。


でも今になって気づいた。あの瞑想とか、呼吸法とか、エネルギー循環とか——ここで俺がやってる“魔法の基礎訓練”と、めっちゃ似てるじゃねぇか!

「いやいや、これ絶対偶然じゃないだろ……!」


俺はじっと指輪の光を見つめながら、口元に自然と笑みが浮かんでいた。心臓の鼓動は加速していて、さっきまでの困惑が少しずつ確信に変わっていく。


もしかすると——あの時、ふざけ半分でやってた呼吸法や瞑想法って、俺の無意識の中に“種”として根付いてたんじゃないか?そして今、この異世界で“魔法”と呼ばれる全く新しい概念に触れて、ついに芽を出した……?


「うわぁ、あのインストラクター、もしこれ知ったら絶対ドヤ顔だな……!」


っていうか、本気で思う。もし地球のあの“東洋の修行文化”が、マジで何かしらの本質に触れてたとしたら——?


呼吸が、一瞬止まる。


俺の脳裏に浮かぶのは、大学の図書館でたまたま読んだあの怪しい本たち。道教の「練気吐納」、仏教の「禅定」、武術の「内功」……。


あの頃は、「ふーん」で終わってた。けど今なら思う。もしかして、あれ全部、俺たちの世界が偶然触れた“宇宙の法則”の断片だったんじゃないか……?


「科学が“眩しすぎた”から、逆に見えなくなってたものがあるってことか……」


「もし、魔法と科学が本質的に同じものだとしたら……?」


そんな考えが頭を支配し始めたその時、ふとヴィラが立ち上がった。


「ちょうどいいタイミングね。次の段階に進みましょうか」


そう言って彼女は部屋の隅にある古びた木棚へ向かった。革装丁の分厚い本を取り出し、ぱらぱらとページを捲ると、指先が触れた部分のルーンがふわりと淡く光った。


「うおっ……演出すごっ!」


思わず呟いた俺の脳裏には、かつての特撮番組の撮影現場がよぎる。ああいう効果、現代ならLEDとCG合成でやるんだよな……。


でも、ここではそれが日常。ファンタジー世界の“現実”なんだ。


「これは精神導引のための基礎魔導書よ。君のように、精神力の素質がある者には向いてるわ」


ヴィラが本を閉じ、次に引き出しからシンプルな銅製の指輪を取り出した。


「これ、さっきのやつと似てる……?」


「うん。でもこっちは入門用の“練習道具”よ。精神エネルギーを流す訓練をするための、言ってみれば魔法の筋トレグッズね」


俺は素直に受け取り、中指に嵌めた。指輪の表面には簡素なルーン文字がいくつか刻まれているだけ。


「さあ、試してみて。深呼吸して、心臓のあたりから力を指先へ、そして指輪へと流すように……」


言われた通り、目を閉じる。


——吸って、吐いて。吸って、吐いて。


なぜか、昔のヨガ教室のあの声が頭に響いてきた。


『はい、吸って〜……エネルギーを下腹に溜めて〜、吐いて〜……ゆっくり流して〜』


「うわ、マジで同じじゃねーかこれ……」


馬鹿にしてたあのレッスンが、今になって役に立つとは。


指先に、じわりとした温もりを感じたその時だった。指輪が、かすかに光を放った。


「……光った……?」


「やったわね」ヴィラの目が細められ、柔らかな微笑が浮かぶ。


「君はもう、魔法への扉を開いたわ。ここからが本当のスタートよ」


###


「じゃあ、ついてきて」


ヴィラはそう言って、蝋燭を一本手に取り、静かに地下の奥へと歩き出した。ドレスの裾が石畳の床をすべるように進む様子は、まるで舞台装置のような静謐さがあった。


俺はその後ろを、気圧されないように慎重についていく。ていうか、この地下、やたら広くね? 普通の家にこんな迷宮みたいな通路があるか? さすが吸血鬼邸宅、一般常識ぶっ壊れてやがる。


数分ほど歩いた後、ヴィラは鉄製の重厚な扉の前で足を止めた。扉の表面には見たこともない複雑なルーン文字が刻まれており、淡く赤黒い光を放っている。


「ここが、私の実験室よ」


そう言って、彼女が扉にそっと手を触れると、ルーンが一斉に光り出し、低い振動音と共にゆっくりと扉が開いた。中からはかすかに鉄と薬草の混ざった匂いが漂ってきて、なんとも言えない非日常感を演出していた。


「……わ、すげぇ」


思わず声が漏れた。そこはまさに“ファンタジーの理科室”とでも言うべき空間だった。


石造りの床には巨大な魔法陣が刻まれていて、中心から放射状に広がる線と紋様が、波紋のように壁際まで伸びていた。しかもその一部は、空間そのものに描かれてるかのように、立体的に浮かび上がって見える。


「この魔法陣は、エネルギーの余波を打ち消す『波動中和陣』よ。未熟な術者が魔力を暴走させても、周囲に影響が出ないように設計されてるの。つまり、失敗しても大丈夫ってこと」


「お、おう、俺のために用意されたみたいだな……」


いや実際その通りだろ。前にちょっと火花出しただけで机が焦げた俺だ。実験室が無事で済む保証なんてない。


部屋の中には様々な器具が並べられていた。見たことのない形状のビーカーや、結晶が浮かぶ試験管、謎のエネルギーでゆらめく蒸留器のようなものまである。机の上には古い書物と、色とりどりの水晶、小瓶に詰められた粉末や液体が整然と並び、それぞれにルーンが刻まれている札が添えられていた。


「……なんていうか、理系オタクの夢の部屋って感じだな……」


「今から、この部屋で“実践”を始めるわ。さっきの精神導引は序章にすぎない。本当の意味で魔法を扱うには、素材と場の力を理解しないとね」


ヴィラはそう言って、魔法陣の中心に立ち、手招きする。


俺も深呼吸しながら、その円の中に足を踏み入れた。


ヴィラの指示で、俺は魔法陣の中心に立った。


「まずは素材を知ることから始めましょう」


そう言って、ヴィラは机の上に並ぶ瓶の中から一つ、青いラベルのついた小瓶を取り上げた。中には、赤く細かい粉末が詰まっていて、光にかざすと微かに金属光沢を放っていた。


「これが“火竜鱗粉”。火系の魔法を構成する、最も基本的な触媒よ。君が最初に扱うべき素材ね」


「火竜……いや、そんなモンスター、ほんとにいるのか?」


「過去には確かに存在したわ。ただ、今流通してるのは合成品か、魔力鉱から精製された代用品がほとんど。でも性能は十分よ」


俺は瓶を受け取り、慎重にふたを開けた。中から立ち昇る熱気に似た魔力の感覚が、指先をくすぐる。見た目はただの赤い粉だけど、確かに“何か”が詰まっている。


「……こいつをどうすんだ?」


「右手に粉を少し取り、左手の指先で魔法陣の中心に触れて。精神力を素材に流し込むと、魔力が触媒を通して変質し、火の性質を帯びるはず」


「……やるしかないか」


俺は息を吸い込み、粉をすくって手のひらに広げ、魔法陣の中心にそっと触れた。


「――ふぅ……」


精神を集中させる。体の中から、あの時感じた“熱”のようなものを呼び起こし、それを指先に流すイメージで。


頭の中で、ヨガ教室の「気を丹田に…」という先生の声が再生される。今となっては、その言葉に少しだけ感謝したい気分だ。


ピリ……。


粉が淡く光り、次の瞬間、指先で“熱”が生まれた。


「おっ……!」


驚きと同時に、目の前で火花のような小さな炎が現れ、ふっと消えた。


「成功よ、ルーン」


ヴィラの声が、どこか嬉しそうに響いた。


「それが“初火”。君が自らの力で生み出した、最初の炎ね」


「……マジか。できたのか、俺」


いや、確かにまだ火球にはほど遠いけど、この感覚は間違いない。俺の中の何かが、世界と繋がった気がする。


「ここからは練習あるのみよ。エネルギーの流れ、精神の集中、素材との共鳴。そのすべてが整った時、初めて“魔法”になる」


ヴィラは、そう言って他の素材の瓶を並べた。


青い液体、緑色の粉、金属のかけら、透明な結晶……。


「一つ一つの魔法には、それに適した触媒と構成法があるわ。君の理系的な思考は、それを理解するのにきっと役立つ」

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