第10章:瞑想と精神力
その導きに従って、俺は精神をさらに深く沈めていく。
指輪の脈動に意識を預け、徐々に周囲の空気の揺らぎが感じ取れるようになってきた。いや、空気っていうより……「場」だな。目に見えない何かが、確かにこの空間に流れてる。湖面にそよ風が通り抜けた時のような、ごく微細な波紋。それが、今、俺の内側に触れている。
さらに驚いたのは、その波紋がランダムじゃなかったってこと。
一定のパターンを持って、空間の特定の箇所に集中してる。たとえば——ヴィラが丁寧に並べた魔法水晶や、あの古い本棚の符文書、血を清める実験装置。それぞれがまるで違う音色を奏でる楽器みたいに、異なる「周波数」を放っているのが分かる。
まじかよ……これ、科学じゃ説明できねぇけど、感覚的には完璧に「ある」んだ。
「……俺、感じた」
思わず口にしていた。声は自然と低く、ささやくようだった。大きな音を出せば、この繊細な感覚が壊れてしまいそうで。
「まるで……空間中のエネルギーが“見える”みたいで、物体ごとに違う波がある」
ヴィラは驚きと興味の入り混じった眼差しで俺を見ていた。蝋燭の灯が揺れ、彼女の赤い瞳がわずかに光を帯びる。
「想像以上ね。普通、ここまでの感知に数ヶ月はかかるのに……本当に、魔法の訓練を受けたことがないの?」
「……ないよ。少なくとも、覚えてる限りじゃ。でも、変なんだ。初めてのはずなのに、どこか懐かしい感覚がする。昔、知ってた技術を“思い出してる”みたいな……そんな感じ」
転生だから? それともヴィラの血の影響? まさか、俺って魔法の才能あったりすんのか……いや、そんな都合のいい話があってたまるか。
ヴィラは少し目を細めて俺を見た。そして、書棚から一冊の分厚い革装の本を取り出し、パタンと机に開いた。
「これは『精神脈絡図』と呼ばれるもの。古代東方の瞑想の達人たちが編み出した人体のエネルギー経路を示した図よ」
図には精密な線と点が無数に記されていた。まるで、人体という地図に隠された秘密の交通網みたいだ。
俺は前世の記憶と重ねた。智子に連れられて行ったあのヨガセンターで見た“チャクラ”のパワポ図——ぶっちゃけ、ちゃっちかった。でも今、目の前にあるこれは……別格だった。細かい数式、緻密な配置、理屈が通ってる。
「……これ、工学設計図みたいだな。お前ら、魔法を科学してるのか?」
「そう言ってもいいわ。私たちは、魔法を“感じるもの”としてだけじゃなく、“扱う技術”として捉えてる」
ヴィラは胸の中央あたりを指差した。
「ここ。『中枢節点』と呼ばれているわ。すべての精神力の核心であり、最初に覚醒すべき場所」
「中心……俺の世界じゃ“丹田”とか呼ばれてたな。あるいは“ソウルポイント”?」
「ええ。アクトン流では『元素共振中心』と呼ばれているわ。そこが目覚めれば、君は外部の魔法場と、より強く“繋がれる”」
俺はゴクリと唾を飲んだ。まさに、いま必要としている力だ。
「さあ、もう一度、瞑想の姿勢に戻って。中枢節点を“探す”んじゃなく、“感じる”のよ」
言われたとおり、俺は呼吸を整え、意識を静かに体の奥へと向けていった。
数分後——胸の中心あたりに、確かに何かが“ある”と感じた。
ほんの小さな光の粒のような、あたたかい点。それが、まるで微かな脈動で俺の意識に「ここだ」と語りかけている。
「……見つけた」
そう呟いた瞬間、指輪がピクリと反応し、体内にぬるい風が吹き込んだような感覚が走った。