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第1話

ーー何も守れなかった。


『痛い……』


ーー皆死んでいった。


『助けて……』


ーー全部お前のせいだ。


『違う……』


ーーお前は……弱い。


『やめろ……』


ーーお前には……。


『俺は……』


ーー誰も救えない。


………

……







「はっ」


 掠れる吐息が、静かな森に響く。眠りから目覚めた青年は額に手を当て、険しげな表情のまま俯く。


「おう……気分はどうだ?」


 パチパチとはじける焚火に薪をくべる一人の男。短髪に落ち着きのある瞳。深々と着こんだ鉄鎧と目元に小さなキズ。切り株に座り込み、目覚めたばかりの青年に声をかける。


「あまり良いとは言えんな……」


 大人びた風貌ながら、齢十九になったばかりのこの青年、ラグファ。片目の隠れた長めの白髪に、切れ長の目。肩当てのついたレザーアーマーに同系色のズボン。数多の修羅場を潜り抜け、鍛え抜かれてきたその逞しい肉体。服の上からでも分かるほど引き締まっており、背丈は六尺を優に越える。



「もうじき夜も明ける。そろそろ出発の準備をしよう。シルガスはすぐそこだ」

「ああ」


 俯いたまま、静かに返事をするラグファ。短髪男はチラリと視線を一瞬彼に向けた後、また火元へ戻した。薪をくべながら、青年に言葉を投げる。


「今更過去のことを掘り返すわけじゃないが、今回の召喚は、お前にとってこれ以上にない好機なんじゃないか? 国王の後ろ盾があるのなら、情報を集めるという意味でも心強いだろ」

「……ただの手駒だ」

「そう言うなって。近々行われると噂されている王位継承選の影響で、今シルガスには人が大勢集っている。例の災厄を退け、輝かしい功績を上げた者は、次期王位継承者として選ばれる。小規模ながら、お前は各地で名を馳せ、運良く上の目に留まったんだ。それだけで一歩先を行く。お前は実質的な継承候補者の一人だ。他の奴らからしたら、羨ましいことこの上ないんだぜ。ちょっとは喜んだらどうなんだ? つっても、お前は継承権争いなんて興味ないか」

「分かってて聞くな……それよりクライト」

「ん?」

「いや、なんでもない」


 ラグファは喉元まで出かかっていた言葉を、再び胸にしまい込んだ。





 薄っすらと空が明けてくる。ラグファは剣を背負うと馬にまたがる。二人は森の外を目指した。


 馬を走らせてしばらく。ここまで特に会話もない二人だったが、その間ラグファは周囲の空気に意識を向けていた。以前にも感じたことのある、どこか不穏な空気。森の様子がおかしい。風がざわめき、木々が揺れる。


 何かの前触れなのか。ふと、視線をある場所へ移すと、草陰から何かが飛び出してきた。馬を左に移動させ、反射的にそれを回避する。


「ラグファ!」


 クライトが大声で呼びかける。避けた直後、ラグファはすぐさま振り返り、草陰から現れたものが何であるかを確認する。


 細く長い手足に平たい体。目は赤く染まり、口は先端が槍の如く先細りになっている。そのフォルム、凶悪さ。間違いない、魔物だ。


「ラグファ、大丈夫か?」

「ああ。それよりアイツは」

「魔物だろうな。光幕弾で撃退できるか?」

「やってみる。起爆したら全速力で森を抜けよう」


 魔物は背後の草陰から次々と湧き出し、気づけば数千匹の個体が黒い波のごとく押し寄せてくる。すぐ後ろに密着していた一体が、その鋭い口を突き出しながら飛びかかってきた。ラグファは懐からナイフを取り出し、魔物に向かって投げつけた。ナイフは見事魔物に命中する。魔物は空中で絶命し、黒い波の中に消えていった。


 ラグファはクライトと並走した状態からあえて馬を後ろに下がらせ、魔物との距離を少し縮める。そして、腰のポーチから白い玉を取り出し、魔物の方へ向かって投げつけた。


 投げた白い玉は、放物線を描いて飛び、カツンと木にぶつかる。次の瞬間、カッと一瞬にして眩い閃光が放たれ、薄暗い森の中を明るく照らした。


「走れ!」


 強力な目くらましによって生まれた隙を狙い、一気に距離を離す。二人は全速力で森を駆け抜けた。




 その後、無事に森を出られた二人は、休む間もなく王都シルガスを目指した。日の光が大地を照らす。直前の襲撃がまるで嘘のように、平原は穏やかな朝日に包まれた。



 そこからしばらくして、二人は目的の場所へとやってきた。高い城壁とエレガントな建築物が密集するここ、シルガスはアルティス大陸の北東に位置するイストランド王国の王都である。


 人、モノ、金、血……あらゆるものが行き交う欲と絢爛にまみれたこの街に、ラグファは再び揉まれることとなる。一度は辟易とし、逃げるように俗世を離れた彼にとっては、少々気乗りしない話である。



 彼がここを訪れた理由はただ一つ。この国の王に謁見するためである。



 二百年に一度。この世界に訪れる悪夢、合魔の災。地、海、空……あらゆる場所から次元の垣根を超えて進軍する魔物共。大地は荒れ、人々は怯え、絶え間なく血が流れる。


 そんな魔物達と迎え撃つために、各地から手練れの人物をかき集めた。その中でも特に才と腕を持つ者を数名は、直接宮殿へと招かれる。ラグファはその内の一人なのだ。


 彼自身、何かしらの大儀があるわけではない。世界の平和や、王位の座にも興味がない。ただ金が目的と言ってしまえばそれまでだが、逆に断る理由も思い浮かばない。


「お前はこれからどうするんだ?」

 

 王都の正門を抜けた後、クライトにこの後の予定を尋ねる。


「う~ん。とりあえず、昔の商売仲間に声かけて見るかな。その後は王都の特産品でも買って……まぁ、いずれにしても、しばらくはこっちでゆっくりするよ。久々の休暇だしな」

「そうか、いろいろ付き合わせて悪いな」

「気にすんな。お前の活躍、期待してるよ」

「また後でな」


 そう言うと、クライトは笑顔で手を振りながら、この場を去って行った。


「ん?」


 クライトと別れてすぐ、甲冑に身を包んだ威勢の良い男達がぞろぞろとやってきた。この場に馳せ参じたのは、国王陛下直属である騎士団の者達だ。


 厳かな面構えで彼の前に立つと、軽く一礼した。


「お待ちしておりましたラグファ様。どうぞ、こちらへ」

「わざわざ出迎えとはご苦労なこったな。間に水を差すことなく、後ろで控えててくれるとはありがたい」

「親しみのある者とは、いつまた会う日が訪れるか分からないものですから。時に……この世界は残酷なものです」

「……」


 ラグファは一瞬眉間にシワを寄せ、騎士の言葉を噛みしめる。脳裏にアイツの笑顔がよぎった。


 また後で……おいそれと投げたその言葉に、一体どれほどの意志があっただろうか。少なくとも、ラグファがこれから相対するものは、そんな何の変哲もない日常の一幕など、いとも簡単に摘み取ってしまうというのに……。







 馬車に揺られ、街の中央通りへとやってきたラグファ。久々の王都の景色は数年と変わらず賑やかなもので、人も露店の数も多い。ここだけ見ると、魔物の脅威に苛まれているとは、とても思えない。


 中央通りを抜けた後、宮殿坂を上り奥に見える城を目指す。



 その後、宮殿へとやってきたラグファ。招かれるまま、王の待つ、謁見の間へと足を運ぶ。


 途中に見える中庭を通り過ぎ、仰々しく敷かれた赤いカーペットの先の大扉まで向かう。


 大扉を開け、ラグファは部屋の中に入る。入って早々に感じる重々しい空気感。既に役者は揃っているようで、皆一様にラグファを見ている。


 踏み慣れない大理石の床を歩いて、奥にいる王の元へ行く。


 ヴィンテージ感のある長テーブルを跨いだ先に座る壮年の男。このイストランド王国の王、レダフリード・ヴィリジニオである。


 きっちりとなで上げた髪に蒼白な面持ち。悠然としていながらも、その鋭い眼光から伝わる国を治める者の気概、統率力。向かい合うだけでピリピリと感じてくる。


「国王陛下……」


 そう口にすると、ラグファは王に頭を下げた。


 王は一瞬、目だけ動かしてラグファの方を見ると、すぐさま手元の書物に視線を戻した。そして、迫るような低い声でものを言う。


「よくぞ参ったな。噂は耳にしている。其方が数多の地で活躍していること。近隣小国での迎撃補佐。南西荒野での群れの一掃。並外れた腕を持ち合わせていなければ成すことのできない所業だ。これから私の命ずる事柄を引き受けてもらうにあたって申し分のない実力を有している」


 王は淡々と、口頭で彼の実績を並べた後、改めて召喚するに至った理由を説明する。


「さて。知っての通り、この世界は現在、二百年に一度の災厄に見舞われている。これは我が国のみならず、このアルティス大陸、そしてその周辺島々に暮らす全ての者にとって、これ以上にない悪夢だ。この苦境を打ち破る策はないものかと模索した我々だったが、未だかつてそれらしきものは見つかっていない。しかし、最近宮殿の歴史学研究者の調べにより、新たな事実が判明した」


 イストランド王国には、長年解読不能と言われていた予言書が眠っていた。古の言語で記された予言書を解読するには並大抵の労力では不可能だった。様々な文献を読み漁り、その手の暗号解読に精通する有識者を集めても解読には至らぬまま、その予言書は宮殿の書庫に眠っていた。しかし、長きに渡る試みの末、ほんの数日前にたった一文だけ解読することに成功したのだ。


「その内容を今、お伝えいたします」


 侍従の一人が予言書に書かれていた文を口にする。


「アンネイ ミチル マドウ ノ イシズエ ソノ チカラ シルサレシ モノ セカイニ ネムル」


 その文言はまさに、世界を安寧へと導くことを示した一文であった。


「其方に頼みたい事はただ一つ。この予言書の謎を解き明かしてほしい」


 事の詳細を知らされた上で、改めてレダフリード王は彼に命ずる。専門家の頭を悩ませるほどの難題。ラグファには相当畑違いな要求に思える。王はさらに言葉を続けた。


「宮殿に籠り切りの者では、過去に培った手法でしか解読する手立てはない。しかし、各地を股にかける其方ならば、何か新たな手掛かりを掴めると判断した。いずれにしても、情報が限られている以上、仮に其方の力を持ってしても厳しい任務であることに変わりはない。そして、これが必ずや魔物を退ける手だてになるとも限らない。だが、私は今回の災厄を何としてでも終わらせる所存だ。たとえどんな手を用いてでも、そこにわずかな可能性があれば、私の意志が途絶えることはない」


 声こそ荒立てぬものの、王は粛々と一国家の統治者としての熱意を語る。それを聞いて、ラグファは静かに一言述べた。


「必ずや、陛下のご期待に添える成果をここに……」

「……話は以上だ。下がってよい」


 ラグファは深々とお辞儀をし、そのまま宮殿を後にした。 



 宮殿を出た後、ラグファは再び王都の中央通りに戻ってきた。帰り際、兵士が馬車で正門まで送ると言っていたが、何となく自分で歩きたい気分だったため、彼はその申し出を断った。のんびりと王都を散策しながらとある場所にたどり着く。


 ラグファは中央通りにある酒場の入口前に立つ。ここへ来るのも久しぶりだ。酒はもちろんのこと、採れたての食材を使った豪勢な料理が味わえる。王都には多くの酒場があるが、味においてここより右に出るところは他にない。


 あれこれ思いふけりながら、ラグファは酒場の門を叩いた。中に広がるの昔と変わらぬ思い出深い光景。広々とした空間に余裕を持って置かれたテーブル。情緒あるランプの光りが、訪れた者に安らぎを与える。広場の賑わいと同様、こちらも大盛況のようだ。


 ラグファは適当に空いている席に座り、酒と料理を注文する。その間、店内を見回して訪れた客の一人ひとりを観察する。災厄の影響もあってか、獲物を携えた人物の割合が多い。特に中央のテーブル回りは騒々しく、陽気な若い冒険者らが大酒を飲み交わしては、各自持ち寄った戦果を報告し合っている。


「そっちの調子はどうだ?」

「好調だぜ。今日なんてもう十体は片づけてきたからな」

「次期王位継承者候補に選ばれる為にも、もっともっと力をつけねぇとな!」


 そう、高らかに笑う彼らの話に耳を傾ける。皆、次の王の座を狙うことで頭がいっぱいのようだ。


 ここ、イストランド王国の王座は長きに渡り世襲によって引き継がれて来た。しかし、絶え間なく続く魔物との抗争を経て、国はより大きな力を持つ存在を求めた。そして現在、国は国家の統治者を世襲ではなく、数多の人民の中から選出する制度に切り替えた。


 時代の流れと共にできあがった選挙王制は民の心を揺らし、多くが大国家の王になることを夢見た。だが、大々的に塗り替えたこの制度は決して万全なものとは言えない。多大な力を持ち、魔物を根絶に導いた者が次世代の王と言われているが、その基準は実に曖昧だ。


 戦いを制する強さ、豊富な知識、あるいは魔物の討伐数……漠然とした力の意味は夢を追う人々の中で増幅し、その『力』を証明するためにあちこちで紛争を巻き起こした。継承者候補にあたる実力者の中から王になる人物を選び抜く上で決め手となるものがない以上、争いは終わらない。彼らの中で、魔物を倒すというのは、あくまで手段の一つに過ぎない。



 誰も知らないんだ。


 本来、魔物がどれだけ恐ろしい存在であるか。


 あの日、俺は知った。


 今でも頭に残る、みんなの姿。


 悲鳴、懇願、恐怖、絶望……。


 そのすべてが搔き回され、執拗に胸の内を叩く。


 あれは……あれだけは……消さなきゃならない。


 ……この世界から全て。

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