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7.理想と現実と

今度こそ平穏に暮らせるのだと、訳も無く信じていた。

活気に溢れていた村は、今や人々の悲鳴と嗚咽と怒りと、そんな悪感情に包まれている。


「どうしてぇ…どうしてぇ…!!」


母と見受けられる女が、血に塗れた青き小さな体を抱き抱えている。

なぜ、俺は魔族を悪と盲信していたんだ?つい最近までの俺の愚考が恨めしい。想像力が足れば、人間に対する今程の失望が無かったはずなのに。

ーーー

「少し、行ってくる。すぐに戻るぞ」

「行ってらっしゃーい!」


家にフィルフィを残したまま、市場へと歩みを進める。大した用は無い。今日、フルードに教える予定の料理の材料を買いに行くだけだ。

俺の祖国の家庭料理で、それの材料がこの村に有る事を確認してある。芋と肉を数種類のスパイスと合わせて煮込むだけの簡単な代物であるが、中々に曲者な味だ。気に入ってもらえるかは分からないが、俺の祖国の味を伝えたいと言う思いが教える事を決意させた。

『人間と魔族が手を取り合う世界に』とリンデが言っていた事を思い出す。その一歩は、案外、料理に有るのかもしれない。

賑わう市場に足を踏み入れて、立ち並ぶ露店の商品を物色していく。

目当てのスパイスが販売されている店を前にして、店主の女と顔を合わせた。最近、互いの顔を認知し合う様になった。


「あ、新顔さんねー。ここでの生活は慣れた?」

「あぁ」


なんて、他愛の無い会話をして、この村との細やかな繋がりを意識する。

人間であった頃と今の生活を比較してみても、大差は無いと認める。違う所は身体に在り、互いの精神性は尊き事に変わりがない。その尊さに触れていたい俺の思いも、変わらない。

枯葉色に星形を有し、渇き切っている木の実一つを手に取って鼻に近付ける。華やかで在りながら、鼻の奥をツンと刺激する香りが故郷を思い起こさせる。夕食の支度をしている母の傍で、このスパイスの匂いを故意に嗅ぎ、案の定止まらなくなったくしゃみに愉快な思いで居たのは幼き日の俺だ。

今は鼻がむず痒くならない程度に嗅げる加減を把握している。唾液や鼻水を売り物に飛ばす事態にはならない。


「このスパイスは、ここでどうやって使われているんだ?その、レシピとか」

「そうねぇ…野菜と煮たり、肉の臭み取りに使ったり、かしらねぇ」


祖国とここの文化に幾つかの違いは有ったが、この香辛料の使用用途は俺の予想に近かった。まぁ、だからと言って何も無いのだが、人間と魔族の共通点が見つかって、訳も無く嬉しい。

自分の気持ちなど分かり切らないが、あえてその感情を分析するのであれば、俺は長年に渡って魔族を憎んでいた分、過去の自分への負い目が大きくて、その自分への反論が見つかると安心するのだと思う。根拠は無い。しかし、探す必要も無い。思った事は、思ったままにするべきであって、本来、分析も要らない。

俺は今、楽観的に生きて居られる。全てに理由を付けて問題を解決しようとせずとも、幸せで居られている。ようやく、落ち着けた。


「新顔さん、元気そうな顔になったね」

「どういうことだ?」

「ここに初めて来た時、酷い顔をしてたんだから。あなたも辛いことが有って来たんだろうけど、今の方が良さそうよ」


酷い顔って、ヒドイな。しかし、実際にそうだったのだと考える。張り詰めた心持ちは一変して、今は小さな幸福を噛み締めている。


「あぁ、元気さ、今は。ようやく肩の荷が降りたんだ」


なんて言って、微笑んでみせた。この穏やかな気持ちが永遠に続けば良いって、そんな願いを数多の足音がかき消してしまった。

忙しない音だ。そして、人々の悲鳴が時に耳へ主張する。足音は着実に俺達の元にまで迫っている。


「逃げろ」

「え?」

「逃げろ!」


店主に呼びかけたその瞬間、近場で一段と大きな悲鳴を耳にした。

声を聞いて振り返れば、白地に金の刺繍が施された服を身に纏い仮面を付けた人間の集団が、波の様に押し寄せて来ている。


「うわあぁっ!!」

「え、ちょ」

「たすけてっ」


集団は進みながらに、市場の魔族達を手にかける。

俺は、どうすればいい。

分からないから、俺も他の魔族に便乗して、その場を後にしようかと考えていた。しかし、少し先で呆然と立ち尽くす一人の小さな少年が目に留まった。

その前からは人間が二人程、槍と剣をそれぞれ手に持ち、幼子に向けて駆け寄っているのだった。


「おや」

「まぁ」


少年を見殺しになど出来ないのだから、迷い無く少年の前にまで走り、向けられていた武器二つを奪い取った。無防備になった二人を殺す事も出来たのだが、俺の中で消えぬ人間的価値観が許さず、奪った武器を高く放り投げた。

奴らは背が低めであり、衣服の隙間から覗かせる肌の白さを見るに、北側の人間であると推察出来る。そして、やはり特徴的な衣装だ。盗賊などのチンケな集団には見受けられない。

二人は武器を失ってなお、素手で俺に駆け寄ってきた。同時ぐらいに放たれた右ストレートと左ローキックを手で同時にいなし、掴んで、後方の集団へ死なない程度に体ごと投げ込んだ。

投げた二人に当てられた数人は仰け反っていたが、他の人間の勢いは変わらない。


「エリスの導きを」

「魔族に罰を」

「主より与えられし我らの地を」


助けた子供はどうするべきか。連れて逃げたいが、そうだ、フィルフィは無事なのか?それにフルードは、今どこに居る?


「皆は先にお行きなさい」


思考する俺の前に、周りの人間と比べて一際大きく、また、世にも珍しい黒髪を有する女が現れた。黒き髪、人間だった頃の俺と同じで、いつぞやに夢で見た女とも同じ。しかし、夢の女とは違う。

女は他の人間とは違った模様と形の仮面を付けている。


「何者だ!」

「私はエリス皇国騎士団、16番隊隊長」

「何を目的にこんなことを…!」

「主エリスが我々に授けたこの大陸を、魔族から取り戻す為にございます」

「安心なさいませ。主が罪深き魔族をお許しになるよう、私は祈ります。ここにきたる人間はみな、あなた達の」


全く違う価値観の人と話している時、もちろん自分の考えを理解してもらえる様に努めるのだが、終いに会話を諦める。

話が通じない、と。

やはり、考えの根本が違う者とは表面的に話をしたって理解しあえない。今、目の前に居る人間は神を軸に考え、俺は個を軸に考えるように努めている。分かり合える筈が無い。

言い合いを打ち切る決心をし、いつでも動き出せる様に構えた。見た所、相手は武器を持っていない。魔法使いだとすれば、厄介だ。俺は幼子を庇いながら魔法をいなす必要があるのだから。

なにより、早く、家に戻りたかった。時が過ぎる程に、尊き二つの命が消える可能性が強まる。

女は前方の空間に手を伸ばし、青白く半透明な剣を出力した。その手に握り込み、こちらに大した脚力で駆け寄る。魔力製の剣なのか?見た事も聞いた事も無い魔法だ。火や風など、既存の力を増幅させる魔法はよく知っているのだが、魔力を具体化させる様な魔法は知らない。いや、魔法であるのか、その確証も無い。

とにかく、得体が知れない。

降り降ろされた剣を見て太刀筋を予測し、体を横に避ける。地へと向かう刃は向きを変え、来た道を戻る様にして俺の首元に迫った。被害の危険から遠ざかろうと思案して後退するが、女は構わず寄りて剣を振るう。


「見えているのですか!?あぁ、嘆かわしい…!『月の民』に与えられし神の慈愛を何故認知できましょうか!」


よく喋る奴だ。動きながら話していると言うのに、奴からは一縷の隙も見つからない。

防戦一方の状態が続く。


「しかし、安心いたしました。神は慈悲深く、あなたのような魔族であっても魔力の才をお与えになるらしい。あなたのお陰で、神の寛大なお心を確かめる事ができたのです」

「感謝いたします」


気が狂いそうだ。早急にこの場を離脱して二人の安否を確認したいと言うのに、エリス信者の偏向した話を強制的に聞かされて、心が乱れる。

そして、反撃の機会が伺えないのもまた、俺を焦らせる。


「では、抵抗をお止めになられて下さい。私は一刻も早くこの地を制圧しなければなりません」


魔族の死を、この凄惨な光景を、指を咥えて見てろとでも言うのか?


「俺のセリフだっ!!!」


叫んだとて状況は好転しないのだが、逆境に立たされている不満が俺を無抵抗にさせたがらない。言葉だけでも、奴の行動や発言に否定したかった。

しかし、俺の怒りの発露も虚しく、後ろへの後退を余儀なくされる。こっちには行きたくない。家から遠ざかってしまう。

それに、せっかく助けたあの少年からも離れていくのだから、この状況はやはり認め難い。しかし、押し返せない。元の位置に戻れない。

遂には市場を抜けて開けた空間に着き、多くの魔族が人間に惨殺されている状況を目にした。

やめろ、ここに居る皆は殺されていい存在じゃない。お前らに何の権利があって、殺しを正当化できると言うのだ。

俺がもっと強ければ、皆を救えたのかもしれないのに。この村の人々も、自警団の仲間も、グレイ達を支える事だって、できたのかもしれない。なのに、俺の無力が、皆に損を与えている。


本当は、誰かを守れる自分で在りたい。在りたかった。この肉体に成ってから、フィルフィを守れた時、嬉しかったんだ。醜く思えたこの体は、誰かの盾に成れるんだって。でも、現実はこれだ。半端に助けた少年はきっと死んでしまって、俺の中で平和の象徴だった村の皆は殺されていって、奪われるばかりの自分は、人間だった頃の自分と変わらない。


守りたい、皆を。俺の平穏も、守りたい。今更でも良い。

(そんな俺の願いは)

遂に地面へと蹴り倒されて、目前に迫った剣先を見つめた。

(叶わないのか?)


「なぜ!」


魔力の剣に依る突撃を、同様な質感をした大きな盾が防いだ。盾の青白い弱光が目を刺激している。ちょうど俺の目の前に現れて、俺の意のままに感じられる。その盾が俺の体の一部である様な、そんな気分だった。



【魔法の感覚?うーん…イメージかなぁ、イメージ。こうなってほしいって、そんな感じ!】

いつぞやに、アルルがそう教えてくれた。魔法は理想を実現する為の手段であり、食欲を満たす際のフォークの様な物だ、と。その例えは今でも良く分からないが、俺の理想は、きっと分かる。

【守りたい】って、そんな理想だ。

更新がだいぶ遅れてしまいました。ちょっと、祖父母の元に帰省する準備や色々で忙しくて、仕方がないとさせてください。次話の更新は少なくとも年明け以降になります。

ごめんなさい

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