3.変貌
「クラウス!ヘルプ!」
「了解した」
仲間が無理に持ち上げた資材の一つを、身を屈めて肩に乗せる。確かな重みを体に感じているが、大盾の重みに比べれば大したことはない。
「助かった!いやー、やっぱり元シールダーは力が違うな」
「ドワーフには適わないさ」
なんて、軽く微笑みかけて所定の位置まで資材を運び込み、丁寧に置いて額の汗を拭った。慣れたものだ。
自警団に所属を決めてから数週間が経った。リンデが話していた通り、ここでは見張りや荷物の運搬など様々な依頼が寄せられる。初めは慣れない業務に苦労していたが、今では自警団の仲間たちに頼られるほどになった。まぁ、頭を使うような難しい仕事は少ないし、仲間内でも若い方だから、旅をしていた頃の体力がそのまま買われているだけだ。
遅れてやって来た仲間の一人が、再び俺に語りかける。
「仕事ももう終わりじゃないか?」
「早いな。人が多い分、作業が早い」
昼頃から始業したが、まだ夕方までに時間がある。大商店からの依頼であったために果てしない量の荷物を任されていたが、今日は人手に恵まれ、既に終わりが近い。これだけで多くの報酬を得られると言うのだから、割が良い。
団長が団員に向けて声を張る。
「集合!!」
掛け声を耳にして、団長の元にまで走り寄った。皆が集った後で、団長の手に持たれた布製の金袋を見つめる。袋は熟れたトマトのように膨れ上がっており、重力に負けて垂れ下がっている。
「今日の依頼は終了!皆、今日の報酬は中々だぞ」
ーーー
店の石段に腰掛け、青々とした空を見上げながら大きく息を吐いた。今日は比較的に楽な作業であったが、一仕事終えた達成感を確かに感じさせてくれる。
前からリンデがこちらに歩み寄り、俺の隣に腰掛けた。
「すっかり慣れましたね」
あの日酒場で出会って以来、リンデとは交流が続いている。所属する自警団の平均年齢は高く、数少ない若手同士というだけで簡単に仲間意識が芽生えるらしい。魔族に対する価値観は大きく異なっているが、そこは互いに触れないようにして、仲良くやれていると思う。
「まぁ、難しい仕事ではない。それに、皆が寛大に受け入れてくれるから続いているんだ」
「それだけではありませんよ。僕なんて、入団当初はダメ出しばっかりでしたから。クラウスさんのことは、皆が評価していますよ」
「僕は剣だけですね」
なんて、自嘲気味に笑う声を聞いて、俺も頬を緩ませた。
この男は確かに『迅雷の勇者』と呼ばれていたが、普段の姿はあどけなさすら感じさせるただの青年であった。資材を重たげに運んでいた様子はとてもいじらくて、他の仲間達が思わず取って代わろうとするほどだ。それでも、事あるごとに実力者と持ち上げられているのだから、リンデのかつての栄光が連想される。
「今夜もどうですか?今日は皆さんも来るそうですよ」
「それは楽しみだ」
自警団の皆とも上手くやれている。団員のほとんどが元冒険者であり、目的こそは様々であったが、共通の話題が多くて簡単に打ち解けることができた。
初めはクレイ達と団員を比べてしまうのではないかと懸念していたが、杞憂に過ぎなかった。新たな生活に慣れるために精一杯で、皆を思い浮かべることは多かったが、気付けばこの環境に簡単に馴染んでしまっている。
一時はそれを認め難かった。なにせ、皆がいない孤独に苦しまなければ、かつての俺を裏切ることになると信じていたからだ。
しかし、これで良いのだと思う。クレイが口にした「健闘を祈る」という言葉。それは、俺の安寧を祈るものであった。つまり、クレイは俺が苦しみ続けることなど当然望んでいない訳で、俺はその言葉に応えられるよう努力するべきなのだ。それに、皆と再開した時に、立派になった姿を見せたい。
だから、俺はこのまま新たな仲間と睦まじく暮らし、小さな幸せを噛み締める。そして、皆の健闘を祈り続ける。
「「かんぱいっ!!」」
酒を高く掲げた。俺以外の団員に掲げられた酒が十個程確認できる。陽気な雰囲気は、この酒場には似合わないな。しかし、楽しいのだから良い。
「楽な仕事だったな」
同じ卓にいた仲間がそう零した。
「とか言っちゃって、お前軽いもんばっかりだったろ!」
「貴重品だぜ?お前たちに任せたらどうなるか。いいだろ、今日は人が多かったんだから」
「まぁな。てかクラウス。頼もしいなぁお前!色々助かるぜ」
かなり強めの張り手が背中に見舞われた。痛い、しかし、肯定されるのはやはり心地が良い。
「俺なんて、若いだけだ」
「いやいや。流石は『勇者クレイ』と旅をしていただけはある」
クレイの名は様々な所にまで広まっているらしかった。当然か。若くありながら多くの苦難を乗り越えてきたんだ。その若さからくる成長性に、皆の期待が寄せられているのが分かる。
「なぁ、やっぱりクレイは強かったのか?」
「もちろんだ。あいつだけじゃない。クレイ以外の皆も、引けを取らない実力だった」
「ほー、高水準なパーティってわけだ。すげぇな、リンデを超えるんじゃねぇのか?」
「ふふ。僕はまだまだ負けませんよ」
皆が褒められると、なぜだか俺が誇らしくなる。そうだ、あいつらの活躍は凄まじいのだ。あいつらは強い。いずれ、伝説を残す。そう確信している。
気分が良くなって、思わず酒を口にした。酔いが由来する気の良さではないと知っていた。
そんな気分は、簡単に崩されることになる。
「なーんで抜けちゃったんだよぉ!もったいねぇ、伝説を近くで見れたかもしれないのに!」
その理由を述べると、かつての苦悩と孤独を再認識してしまうと知っていた。だから、言葉に困ってしまう。いや、言葉を濁したかった。しかし、皆との別れの光景に頭を支配されてしまって、気付けば言葉が零れていた。
「…俺は、弱かったから」
「いーや嘘だ!あれだけの腕っぷしで、その達観した態度。腕が立つんだろう?本当は違う理由でここに来たんだろう」
「いや、本当に俺は…」
言葉を飲み込んだ。言えば俺の弱さを真っ向から認める気がしてしまって、苦しい。せっかく、ここまで気にしないで過ごせていたのに、触れられてしまえば、簡単に劣等感と皆に追いつけなかった孤独感を思い出せてしまう。
しかし、言葉を濁せば、自分の弱さから逃げている気がしてしまって、それも苦しい。俺は己の弱さを認めて、ようやく皆と決別できたのだ。過去の自分を受け入れて、新たな道を進むと決めたのだから、濁すのは、どうだ。
皆が俺の回答に耳を傾けている。やめろ、期待なんてするな。期待された分、失望を深められるだけなのだから、探りを入れるのは止してくれ。
静かに息を吐いた。酒を飲んで誤魔化そうとも考えたが、ジョッキを握っていた手は、大盾を優に超えるほど重たく感じられた。
「まぁまぁ。理由なんて、様々ですよ。それより、お子さんはどうなったんですか?」
「俺の?あいつは」
半ば強引にも感じられる話題の逸らし方であったが、皆は疑うこともなく新たな話題をツマミにしている。途端に大きな笑い声が上がって、関心が俺から離れたことを認識した。
リンデを見やる。すると、リンデは視線に気付いたのか俺と目を合わせた。俺に向けて軽く微笑み、視界の下部の僅かな動きを確認して視線を落とすと、卓上に寝かせていた手を立てて細やかに親指を立てていた。
察しがいいな、この男は。そして、察するだけではなく、簡単に実行するだけの器用さも持ち合わせている。こんな一面も『迅雷の勇者』の功績を構成する一部であったのかもしれない。
ジョッキを持ち上げて、口いっぱいにビールを含んだ。ビールは面白い。小さな泡が口内で破裂して刺激し、飲み込めば、泡がそのまま消化器官を通過していくのを感じられる。ウイスキーや他の酒は熱を感じさせるばかりであるから、飲んでいたって面白味はない。ビールはその面白味と場の和やかさを多分に含んでいるのだから、楽しい気持ちを体に運び込んでくれる。
リンデの計らいと、皆の豪快な笑い声によって再び笑みを取り戻すことができた。
そんな楽しい気持ちに浸る中で、店の戸が勢いよく開けられた。見やれば、辺境にて見回りを任されていた団員の一人が息を切らしてそこに居た。
「大変だ!ま、魔族だ!強い魔族が、あいつを、あいつを…!」
その言葉を耳にして、息が止まったのを認める。
場の空気も新たな話題に掌握されてしまって、皆の楽しげな声音が戸惑いと焦りに変貌していくのを感じていた。
「どうした!?」
「おい!詳しく聞かせろよ!」
「魔族が急に襲ってきたんだ!あいつの首元を掴んで、『違う、勇者じゃない』っつって、それで、首を…」
「死んじまったのか?!」
「も、もがれちまった!首を…!俺は腰が抜けちまって、見ていることしかできなかった…!許してくれ…!許してくれ…!!」
皆の声が更に激しくなる。それと共に、俺の鼓動も耳を塞ぐ程に激しくなっていくのを体に感じていた。恐れている訳じゃない。憎い、憎い。また、俺から奪っていくのか。父さんを殺したように、俺がせっかく掴んだ小さな幸せを、この場所を、奪うのか。お前たちはなぜ、なぜ人間を不幸に陥れるんだ。憎い、憎い、憎い、憎
「しーーっ」
空気を裂く吐息が、確かな存在感を孕んで耳を鳴らした。皆の喧しい声も瞬間に止む。その吐息に場の空気が簡単に支配されたのを理解した。
音の主を確認すれば、リンデが口元に人差し指を添えて凝然と座り込んでいる。
リンデは静かになった中でユラリと立ち上がり、逃げ帰ってきた団員を見つめた。
「時刻は?」
「ひ、日が暮れてすぐだ」
「その魔族はどこへ?」
「わ、わからねぇ。あいつを殺した後、フラフラとどこかに…」
「場所はいつもの所で変わりませんね?」
リンデは団員の返答を待つこともなく、店の壁に掛けられていた剣を手に取り、戸まで歩み寄った。
「今日は僕が対処いたします。皆さんもいつでも動けるように準備をしていてください。あぁ、睡眠は取ってくださいね」
「それと、一応しばらくは見回りのメンバーを三人に増やしましょう。もっと増やしたいですが、皆さんの都合もありますからね」
「では」なんて微笑みながら言い残し、足早に店を出ていった。窓を見やれば、閃光が一瞬にして通過していくのを目にした。まるで、稲妻のようだった。
ーーー
宿のベッドの上で、掛け布団を固く握り締める。
まさか、このルガリアに単身で乗り込む魔族がいるとは。よほど強いのだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。
思えば、旅を止めてから今日まで、魔族への憎しみを忘れることができていた。団員とのエピソードトークの中にも魔族の名前が上がることはなかったし、何より、憎しみなんかに構っていられない程に精一杯だった。
しかし、結局は魔族どもがそれを忘れさせてくれない。今回のように俺の日常の中に踏み込んで、あの日見た悲劇を思い出させるんだ。
「父さん…」
父は寛大でいて、優しくて、捨て子であった俺に無償の愛を注ぐ慈愛深い人であった。時に、俺に知恵を授け、笑わせ、叱る。血の繋がりなんて些細なことで、他人であることを知らされてなお、誰にも自慢したくなる父だった。
そんな父を、魔族は簡単に殺してしまった。当時風邪を引いていた俺のために、村を抜けた先の町にある市場まで赴き、俺のお気に入りの果物を沢山買って帰っていた時のこと。森の中で魔族の襲撃に遭い、有り金や身ぐるみを剥がされて倒れていた。その体には無数の痣が浮かび上がり、顔は膨れ上がってしまっていたらしい。父の遺体は、母の計らいによって見ることはなかった。
奴は流浪の身であったらしい。人の世を練り歩き、弱き人々を襲って生きながらえていたようだ。今にして考えると、大したことはない奴だった。実際、父を殺した数日後に発見され、王国の兵団によって討伐されたと言う。
だから俺は、恨む相手を失くした。そして、やり場のない憎しみの矛先は魔族全体へと広がっていった。そしてその憎しみは、晴れることなく今日まで生きている。なにせ、魔族が人々を不幸に陥れているところを、旅を通してこの目に認めてきたのだから。そして今日も、魔族によって団員が一人亡くなっている。
疑いようなどない。奴らは屑だ。野蛮だ。滅ぶべきなのだ。リンデは魔族と手を取り合うだなんて言っていたが、俺は違う。
俺は、魔族の不幸を願っている。
ーーー
「寝不足かの?」
「…あぁ」
昨夜はほとんど眠れないでいた。眠らないと今日きつくなることは理解していたのに、頭が一向に静かにならないせいで、部屋が明るくなっていったのを覚えている。
「寝不足で午前の仕事をして警備まで…若さとは恐ろしいな」
「本当じゃ」
リンデが言っていた通り、見回りの仕事は三人以上で行われるようになった。今日のメンバーは俺、ドワーフの爺さん、昨日に俺とクレイの話をしていた男。男と俺は剣を、ドワーフは大盾を担いでいる。
「にしてもお前。人間なのにシールダーを担当していたなんて凄いな」
「余っていただけだ。実際に役立てた時期もあったが、最後の方は、邪魔ばかりだった」
「いやぁ、これだけの盾を持ち上げるだけでも十分じゃ」
俺があれだけ重々しく持ち運んでいた大盾を、ドワーフは軽々と持ち上げて歩いているのだから凄い。これが本来のシールダーなのか。
「その盾を使って魔族とも戦っていたんだろう?おじさんには考え難いなぁ」
「まったくじゃ」
「相性が良かっただけだ」
実際、とある魔族の魔導師と戦闘をした際に、相手の切り札でもあった火魔法から皆を守ったことがある。人間である俺には大盾を振り回すことは出来なかったが、あの時は、相手の魔法が一方向であったのも関係して皆を守ることができた。まぁ、今の皆であれば、四方八方に散らばって容易に対処が出来るのであろうが。
とにかく。懐かしい話だ。あの後酒場に行って、皆に褒めちぎられたことを覚えている。あの時はシールダーという役割がひたすらに誇らしかった。あの盾の重みも、皆の命と重なって得意に思っていた。結局は、その重みが俺から立場を奪っていったのだが。
「二人も旅をしていたんだろう?その時の話、興味がある」
「まぁ、俺は普通だよ。俺はとにかく世界を冒険したくて旅を始めたんだ。次第に平和を目指して戦うようになったが、ある時に気づいちまって」
「『俺に才能なんてない』って。だからルガリアに移住して、今は自警団のしがないおじさんだ」
冒険心と、己の才能への絶望。クレイ達と重なり、俺と重なる。
「ワシは旅に目的なんかなかったぞ。ルガリアの鍛冶屋で働いていたら、仲間たちに声をかけられてな。道具の手入れ兼、シールダーとして同行した訳じゃ」
「戦いなんてからっきしじゃった!でもなぁ、やっぱり人助けっちゅうもんは気持ちが良くて、今はここにいるんじゃ」
ふと、魔力の波を体に感じた。アルルが側にいる時に、時々感じていたものに近い。魔力行使の感覚なんて分からないが、それでも瞬間的に感じるのだ。
「待て」
二人は気付いていない様子であった。気のせいなのだろうか。アルルやメリアがいれば、聞くことが出来るのに。
「なんじゃ?」
「…いや、気のせ「おややや?」
何者かの声が俺の声に被さる。声は近い。そして、知っている、この声を。
まずい。
声の方を見れば、魔族が、団員の後ろで俺の顔を覗いていた。その手は団員の胸を貫いており、赤々とした心臓を体外に露出させて握っている。
「走れ!!」
一心不乱に駆ける。
イカれ魔導師『ラテリア・オルマドス』。かつてクレイ達と共に退けた魔族だ。俺一人でどうにか出来る相手ではない。
「おかしいですねぇ」
ラテリアは後方に居たはずであるのに、その声と共に前から現れた。その手にはドワーフの生首が握られている。
「仲間はおらず貴方一人。何故?どうして?仲間は?勇者は?クレイは?」
こんな時、なぜだか冷静になる。団員二人が殺されて、格上の存在が目の前にいると言うのに、乱れた呼吸を整えていた。
「俺はパーティを抜けた。仲間はここにはいない」
「…あれ?」
ラテリアは生首をその場に捨てて、血塗れになった手で己の顔を覆った。いやだな、日よ、早く沈め。こんな凄惨な光景を照らすな。
「あれれ?あれれれれれれ?これでは、あの子達に顔向け出来ない…!!」
「ならせめて」
既に目前にまで迫っていた。間一髪、体を丸めて防御姿勢を取る。お陰で、奴の蹴りが腹を直撃することは免れたが、その勢いは大人一人を石ころのように転がすほどだった。
少し宙を舞った後、無力にも地面を転がりながら寝転んだ。腕がズキズキと、耐え難い痛みを主張している。
痛みから手が震えてしまっている。折れてるのか?痛いな、折れてる。いや、打撲で済んだのかもしれない。そんな訳ないだろう。おい、確認しないと。
あれだけ落ち着いていた心臓も今は激しく鼓動して、動揺から、腕を直視することが出来なかった。
声が近づいて来るのがわかる。
「貴方、良い反応です。ですが」
ラテリアはうずくまる俺の首を掴み上げ、蔑みの念を孕んだ瞳で俺を見つめた。
足をバタつかせる間もないまま、小枝を投げるかのように容易に投げられた。再び宙を舞い、落下の衝撃が腕と内臓に響く。
「所詮それが限界でしょう??」
「あの日貴方達に敗れて以来、私は腕を磨きました。覚えています。貴方に魔法を防がれ、その隙を勇者に斬られた…」
黙れ。それどころじゃない。痛い。腕、震えている。無力だ。皆、助けてくれ。どうして、俺は奪われるばかりなんだ。弱いから?答えなんて知ってるだろう。死ぬ。今日死ぬ。
「憎くて憎くて許せなくて殺したくてッ!!!私は強くなり、勇者共を殺しに来たのですが…」
腹を蹴られ、地面を転がる。腕が下敷きになる度に激痛が俺を襲う。
「弱い弱過ぎる…!」
「これでは、魔法を使うまでもない」
ラテリアによって俺は掴み上げられた。頭を手で覆われてしまっているのだから、何も見えないのだが、腹の辺りに強い魔力の揺らぎと熱を感じている。
終わりなのか、俺は。
「死んでくれよ」
俺は何を成し遂げた?死んでも何も残らない。皆に会いたい。皆、元気か?俺は今こんな感じだ。旅の無事を祈る。助けて。フログ、どこだ。助けないで。苦しいから。大人しく死ぬ。
あぁ、いや、約束、まだか。
「殺してやるから」
皆に、会いたい。
ーーー
「おや」
腕が、肉壁を貫いていた。
クラウスの手が、ラテリアの腹を。
「これは?何故?一体どうして?」
動揺したラテリアがその頭を離す。と同時に、クラウスは着地して、ラテリアの臓物を掴み体ごと投げ飛ばした。その勢いは留まることを知らず、数本の若木を折り倒す程であった。
ラテリアは冷静に姿勢を整え、一本の木を足元にして勢いを殺し、その場に着地する。
「ふーむ。人間の力ではない。得体が知れない。気持ちが悪い」
稲妻がラテリアに飛び掛かる。否、雷を身に纏ったリンデであった。
ラテリアは『迅雷の勇者』の稲光のような太刀筋を躱し切り、距離を取って微笑みかけた。
「迅雷の勇者。分が悪いですねぇ」
溢れんとする臓物をその手で抑えながら、木々を伝って足早に去って行った。
リンデは後を追わない。追いかけたとて勝利への確証はないし、何より、ラテリアに襲撃された友人が気掛かりであったためだ。
閃光が森を駆け抜ける。その瞳に、焦りと、困惑を孕ませながら。
「クラウスさん」
クラウスは黄色い瞳でリンデの顔を覗く。そこは、普段と変わらない。ただ、確かに青み掛かっていく肌と、色が抜けて白くなった髪は、人間ではなくなったことを物語っていた。
「迅雷の勇者…皆は…?クレイ…フログ…アルル…メリア…」
「事情を、お聞かせ願えますか?」
「皆に…会いたい……どこだ…?」
「分かりました」
リンデはフラフラと佇んでいたクラウスの脇を己の背に乗せ、ルガリアとは反対方向に歩み始めた。宛はある。
夢を見ている気分だ。目覚めたら、皆が傍にいるのかもしれない。そうして、無邪気にも小突き合って、そんな訳ないな。俺は、皆と決別をしたのだから。俺は別の道を選んだんだ。しかし、後悔が未だに心に纏わりついている。やはり、淋しい。
俺に力さえあれば、あれば。皆と旅を続けられていたのに。




