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1.さらば

「パーティを抜ける!?」


予想していた通りの反応だ。


「急にどうしたんだ…?クラウス、何かの冗談なのか!?」


クレイはかなり驚いた様子でいるが、他の仲間たちにそれ程の動揺は見られない。皆、真剣な面持ちに切り替わっている。薄々は勘づいていたのではないか。俺が旅を辞めるか悩んでいたことを。クレイは、本当に単純だから、想定していなかっただろうが。

クレイは激しい動揺からか、言葉を紡ぐのに手間取っているようだった。


「なんで…なんで、なんでなんだ…?なにか、不満があったのか??」

「不満はない。ただ…今の俺には、皆の足を引っ張ることしかできないと思ったんだ」


いつに無く真剣な眼差しのフログが、俺を丁寧に諭す。


「クラウス。役に立つとか立たねぇとか、どうだっていいんだぜ?俺らはよ。だって、俺らは魔王討伐のメンバー以前に、親友で、対等な仲間じゃねぇか」


知っている。お前がそう言うのを。頭ではわかっているつもりだ。でも、心ばかりが、不甲斐なさと劣等感とを感じている。俺は、もう耐えられないと思う。今更先述した念を捨て去って健全に旅を続けるなんて無理だ。


「もう…迷惑だけはかけたくないんだ。皆は本当に良い奴らだ。だから、邪魔をしたくない」

「邪魔な訳ない!俺はクラウスがいないとイヤだ!」

「みんなだってそうだろう!?」


クレイの問いかけ対して、皆は共感している素振りを見せた。仲間の意思を確認できたクレイは勢いを強め、俺の肩を掴んで揺さぶる。


「考え直せ!お前は、このパーティの一員だ!」


クレイの言葉は本当に嬉しい。その言葉に甘んじて、旅を続けたいぐらいだ。しかし、俺の決意はもう揺るがない。この選択は、限りない苦悩と葛藤に睨まれながら捻出した答えなのだ。この選択が、誰にとっても損が少ない、一番マシなものなのだ。

それだから、揺らぐクレイの瞳を真っ直ぐ見つめる。


「もう何度も考え直した結果だ。何度も葛藤して、自分に問い直した。それがこれだ」

「わかってくれ、クレイ」

「あの、待ってください…!」


メリアが割って入る。


「私も納得できません!ずっとここまで一緒にきたのに…本当に辞めるつもりなのですか…?!」


ただ静やかに頷いた。クレイもメリアもフログ、かける言葉に困っているようだ。

その三人とは反対に、落ち着いた様子でいるアルルが問いかける。


「本当にいいの?クラウス」

「あぁ」

「それで後悔はしないの?」

「後悔はする」

「じゃあどうして!」

「名残惜しさと皆の苦労を比べたら、一人去る方が気持ちが楽なんだ。あれから何度も考え直したよ。この選択が良い」

「これから俺は自分勝手に生きる。そう決めた」


気楽に微笑んでみせた。それを見たアルルは面食らったように、ただ呆然とこちらを見つめていた。しかし、すぐに安堵の表情を浮かべて微笑む。


「そっか。よかった」


そして、いつもの笑顔に戻る。


「なら、私はいいよ。だって、ここでお別れになっても、私たちが友達なのは変わらないんだし!」

「ね、フログ!」


フログは静かに、深く頷いた。それでも、納得しきらない表情を浮かべているが。フログの肯定を確認したクレイは、動揺を深めたようだ。


「クレイ。クラウスは十分悩んだよ。私たちがとやかく言うことじゃないよ」

「アルル!本当にいいのか!?」

「まーね。だって、私たちもう大人なんだし。自分のことは自分で決めるでしょ?」


アルルの言葉は、このパーティの中で最も影響力があると考えている。エルフの博識さは皆の共通認識であり、アルルの発言には基本として根拠などの裏付けが伴う。今回の話に明確な根拠などは存在しえないと考えられるが、それでも、アルルの言葉というだけで説得力を帯びる。

言葉が詰まっているクレイの肩に、フログがふわりと手を置いた。


「ま、正しいな、そりゃ。なんにも言い返せる言葉がねぇ。確かに、自分のことは自分で決めるべきだ。だけど…」


そこでフログも口を閉ざした。軽く視線を落とし、唇を薄く伸ばしている。何か、言いたげな顔だ。酒場で話した時のアルルと同じで、お前まで言葉を飲み込む気でいるのか。俺は皆から何を言われようと受け止める覚悟をしていたのだから、内心を語らないのは止してくれ。しかし、実際に皆を前にすると、この沈黙に救われていることに気が付いて、俺も言葉が出てこない。

この沈黙を切り裂くように、クレイが声を張った。


「待て!」


クレイは一度深呼吸をして、腕を組み、俺の顔を見上げて提案をした。


「一度、飲むか」

ーーー

ルガリアの中心街に位置する酒場にて、出された酒を握り込む。ここに来る道中、鋭い緊張感と沈黙が続いて心が濁っていたもんだから、この冷たい容器が爽やかに感じられた。

続いていた沈黙の中で、クレイが物々しく話を始めた。


「やっぱり、受け入れ難いぞ。アルルの言う通り、お前の選択をねじ曲げるなんてことはできない。でも、俺はお前が無理をして言っているようにしか見えないんだ」

「今一度聞く。どうして旅を辞めたいんだ?」

「そうした方が、自分のためにも皆のためにもなるからだ」


言葉足らずなことを自覚している。しかし、何から話せば良いのか分からない。

再び沈黙を作りたくないから、頭に浮かんでいることをひとまず話し始めた。


「皆が一番感じていると思うが、俺は皆の足を引っ張っている。戦闘では邪魔ばかりで、生活でも役立てるところがない。交渉も、食料調達も、料理も、皆の方が得意だ。そんな状況で、皆に迷惑ばかりかけていて、いなくなった方がマシだと考えるようになった」

「だから、俺はパーティを抜ける」


皆が真剣な面持ちでこちらを見つめている。こんなにも堅苦しい飲みの席は初めてだ。

落ち着かなくなって、ジョッキを持ち上げ、わざとらしく仰いだ。クレイも同じように酒を飲み上げる。クレイは緊張すると、相手の行動を真似る癖があるのだ。それを踏まえると、俺のことに真剣に取り組んでいるということが見て取れる。それに対して、申し訳なさと、若干の嬉しさが募った。

着席時から唯一頬杖をついて座っていたフログが、そのままの体勢で話し始めた。


「それでも納得いかねぇな。ただ…確かにそれが良いんだろうな。俺たちにとっても、クラウスにとっても」


フログは体を起こして、手隙になった手を組んだ。


「何回話したかはわかんねぇが、俺は盗賊上がりだ。それも、悪名高かった《宵の蛇》のな。まぁ、随分と小せぇ時のことだけど」

「そこにいた頃は、幼いながらに集団の在り方なんてのを考えていた。宵の蛇は内部分裂が激しくて、考えざるを得なかったんだよ。自分は誰々派で、誰々派と対立していて、なんてしていたら、いつしか集団が分裂していくきっかけが分かるようになった」

「集団が分裂する要因は目的の違いだ。クラウス、間違ってたら悪いんだが、お前さんと俺たちの目的は違う。俺たちは魔王討伐を果たして世を平定することが目的だ。しかしお前さんは、魔王討伐を果たして魔族に復讐を、もっと言えば、かつての自分を慰めることを目的にしている」

「その目的の違いが、今回の件で表れただけだ。お前さんの目的をねじ曲げることはできねぇし、その違いがお前さんを苦しめているのなら、引き留めることはできねぇ」


魔族への復讐、か。知っている、俺の野望なんて。今は少しだけ、この話題を隅に置かせてくれ。過去を回想しても、この先やり場がなくなる復讐心を募らせるだけなんだ。

クレイが気難しい顔をして頬杖をついていた。暇な手の人差し指で机を鳴らし、フログを見やる。


「長い。まとめてくれ」

「俺たちとクラウスは目的が違う。目的が違うと上手くいかないし分裂するのは必然。だからクラウスを引き留めることはできねぇ。以上だ」

「あの!」


メリアが手を上げた。


「今のお話を聞いた上で、私のこの旅に対する想いを言いたいです!」

「お恥ずかしながら、私は目的なんて考えないで皆さんと旅をしています。皆さんとお話をするのが本当に楽しくて、それだけなんです」

「目的はもちろん大事だと思います…でも、それ以上に、今確かにある幸せを噛み締めることも大切なのではないですか?」

「気楽に皆さんと向き合うことは、難しいのでしょうか」


何度も考えた。


「何度も考えた」


皆と目指す所が違うことを。皆は気楽に旅と向き合い、俺ばかりが重々しい心持ちで冒険を進めていることを。

かつて皆が無邪気に未来の展望を語る中で、俺は己の能力を疑い皆に羨望の眼差しを向けていた。俺は己の限界を悟ったんだ。そして、いつまで皆と肩を並べられるのかを空想した。

かつて皆が平和になった未来を期待する中で、俺は魔族への残酷な報いを期待していた。平和なんてどうでもよかった。ただ、死んだ親と幼い頃の自分の仇を取りたかった。そんな己の願望を自覚する度に、皆との違いを意識させられた。


「その度に俺は、孤立を意識させられた」


皆と同じ心持ちになりたくとも、旅を続ける限りは魔族への恨みを捨て去ることが出来なくて、己の能力を求めてしまう。それなのに、己の限界は既に訪れていて、それが由来して皆を羨んでしまう。皆とは違う所から皆を眺めて、自分の能力を呪った。そして悟った。俺は皆と対等にいられないことを。

もう、疲れてしまった。己の能力を疑うことに。皆を羨むことに。皆より優れてありたいと願う己の欲を蔑むことに。


「もう、自分を呪いたくないんだ」

「すまない、皆。俺は俺なりに考えて、この結論に辿り着いたんだ。分かってほしい」


ここまで話を進めて、ようやくアルルが口を開いた。その目を見ると、あの日の悲哀に満ちた目とは変わって、柔らかく優しげに瞼を開いていた。


「私は異論ないよ。あの場でも言った通り、私はクラウスの選択を尊重したい」

「この先旅を続けてクラウスが死んじゃうより、ずっといいよ」


メリアが再び手を上げた。


「あの」

「もう少しだけ、ルガリアに滞在はできませんか」

「滞在して、お互いに考える時間を作るべきです」


予定では、ルガリアからの出発は明日となっている。その予定を崩してまで俺に時間を割こうと言わせてしまうことに対して、本当に有難い関係であるのだと再認識させられる。

メリアの提案に対して、クレイは強く頷いている。しかし、アルルとフログは視線を流し、納得しきらない表情をした。


「結果は変わらない。俺の決意は固い」

「仮にこの話を先送りにしても、俺の問題が解決することはない。ここに留まったとしても俺が強くなることはないし、俺の決意は変わらない」

「なら、旅なんて辞めにするか?」


軽い口調で、クレイがそう言った。あの日のアルルと重なる様子で。あの時、俺はその提案に対して言葉に迷った。動揺したことを覚えている。

しかし、今の俺の心に揺らぎや焦りと言った気持ちは一つもなかった。答えは知っている。あの話の後に、宿で考えをまとめたんだ。


「断る」

「俺は皆に大成してほしい。幼かった頃の夢を、叶えてほしいんだ。それに、皆が一番に輝けるこの旅の場を、壊したくない」

「俺に皆の邪魔をさせないでくれ」


クレイが俯いた。


「あぁ、そうか」


しばらく沈黙が卓上で辺りの音と共に踊った。この酒場は中々に広く、昼間であるというのに活気に溢れている。人々が笑い、怒鳴り、また笑う。皆が言葉を飲み込むと、辺りの音が騒々しいことを知った。

沈黙を踊らせる演奏を、次第に鼻水を啜る音が取って代わる。


「なんだよ、本気で辞める気なのかよ…」


震えた声が皆の沈黙の中に響く。

かける言葉が見当たらなくて、気まずい気持ちから皆の顔を見回した。

フログとアルルは気難しい顔をしていて、メリアはその大きな瞳を潤わせている。皆の口は俺と同様に固く閉ざされていて、視線を机上に落とすと、アルルが手を遊ばせているのが目についた。

再びクレイの様子を見やる。クレイが零した言葉に対して俺の意志を述べるのであれば、肯定に他ならない。しかし、それでは無遠慮と言われるものだ。だが、否定をしたり言葉を濁すのはこの場に対して不誠実であると感じる。

仕方がないから、しばらくクレイの言葉を待つことにした。

思えば、この光景はかつての思い出と重なる部分が多い。それは、俺たちが旅に出る前によく利用していた図書館での一幕。その図書館は狭く、古い本ばかりで冊数も多くなかったために、俺たち以外の人はいなかった。その場所で俺たちは、本から得られる未知なる世界に心を躍らせ、旅することを夢見た。

話を戻す。その日は古い机を囲い、とある物語について皆で議論していた。内容は空想上の英雄の冒険譚で、その英雄が様々な場所に訪れ、様々な人と出会い、最後には強大な魔物を倒して富を得るというもの。その物語の中に、奴隷の販売をする奴隷商人を英雄がこらしめ奴隷達を自由にさせる、という話があった。一見は英雄の行動に咎められるような部分はないと感じられるが、そこが一番の争点となった。

《奴隷たちを解放するのは良いことだろ!》

《だから、解放された奴隷たちの身寄りはどうなるんだ!》

クレイは英雄の行動を全面的に肯定していた。英雄の正義を盲信していた節があり、悪い所なんてない、と仕切りに唱えていた。

俺やアルルは英雄の行動に一部否定的だった。奴隷を解放するという行為自体は素晴らしいが、人気のない森の中で解放されていたために、その後の奴隷たちの境遇を考えると、素直に認められなかった。

結局、俺とアルルが年甲斐なくクレイの主張を折り続け、終いにはクレイが泣き出してしまった。それでもクレイは、己の主張を曲げようとしなかった。

クレイは意固地な男だ。己の正義を貫き、その正義が正しいものとして疑わない。その姿勢から、これまでに度々仲間内で衝突してきたのだが、クレイが涙を見せるのはその時と今回に限る。

回想も程々に、クレイの姿を注視した。よくよく様子を観察してみると、その口を僅かに開いている。やがて深呼吸をして、机上に乗せていた手を固く握った。


「冒険には、出会いもあれば別れもある。その別れが、今来ただけなんだ」


震えていた声とは打って変わって、普段の芯を宿した力強い声が俺の耳を塞いだ。

顔を見上げ、潤いを残した真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。


「お前はお前の道を行くんだな」


俺の道、か。そんな大層なものじゃない。俺は俺の弱さから逃げるだけなのに、そんなにも真っ直ぐな目で見つめないでくれ。お前の期待に答えられない俺のことを、尚のこと惨めに思ってしまう。

握っていたジョッキを固く握り締める。クレイはメリアのジョッキを奪い上げ、中身をいっぺんに飲み干した。


「じゃあ、朝まで飲むか!」

「おいおい、明日早いんだぜ?朝までは…」

「こんな一大イベント、飲まない訳がない!それに…」


クレイが空になったジョッキに視線を落とした。どこか寂しげな目をして。


「シラフじゃあ、別れの言葉なんて言えないんだ」


席を立ったクレイが、アルルのジョッキを持ち上げながら俺に歩み寄り、俺の前に置いた。

その手に持った空のジョッキと、俺に差し出したジョッキの口を合わせる。


「我慢比べだ!そうだ、俺に負けたら、問答無用で連れて行くぞ!」


和やかな雰囲気に安心した。このパーティには、笑顔がよく似合う。

差し出されたジョッキを掴み上げ、クレイの前に突き出した。


「望む所だ」


朝まで、か。待て、今はまだ夕方なんだぞ。ここから朝まで飲んだりなんかしたら、いや、今日ぐらいは良い。


「旅に支障が出ても知らないぞ」


不敵な笑みを浮かべた。微笑んだつもりだったが、頬を持ち上げ視界を狭めていること気付く。

アルルが机を強くうち鳴らした。これが俺たちの戦いの合図だ。

クレイと一斉にジョッキを空ける。


「マスター!!おかわり!」


クレイが威勢よく次を煽った。店主を待つクレイの横顔を見つめていると、晴れやかな表情を俺に向けた。


「クラウス、健闘を祈る!」


手早く用意されたジョッキを持ち上げ、クレイに強気な顔を向ける。


「お前こそ!」



暖かな風が柔らかく木々を揺らすこのルガリアの一酒場。活気に溢れた店内は店周辺にまでその愉快な笑い声を響かせる。その活気の中に若き笑い声が混ざり、一際大きくその存在感を放っていた。向日葵畑の中で、一段と鮮やかな太陽のように。

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