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プロローグ2

『かんぱーいっ!!』


皆、ジョッキに溢れんばかりに入ったビールを呷る。

あの時倒した魔物の首数個を町の者に見せたらかなりの報酬を恵んでもらい、その報酬で酒場に来ているところだ。聞けば、魔物達のせいで移動が難しくなってしまっていたらしく、商売が満足に行えない状況であったらしい。人助けをして得た金で飲むのは、中々良い。


「おーっ!この肉、美味いな!」

「ここは牛さんのお肉が有名なんだそうです」

「ほんとだ!柔らかくておいしー…!!」


大皿に盛られた肉一切れを口に含む。

確かに、上等な肉だ。この店では飲兵衛にもわかりやすいように味の濃い甘ダレで味付けされているが、噛むほどに伝わってくる肉本来の甘味が実に上品だ。できれば素材の味わいを引き立たせる塩でいただきたかったが、酔いが進めば、この明確な味に助かるのだろう。口の中に残る肉の香りを、ビールで流し込む。


「あなた達も旅人さんなのかしら」


店主の女が、料理を一皿卓上に並べると共に尋ねてきた。調子の良くなったクレイが意気揚々と応える。


「あぁ!俺のこの溢れ出るオーラが、只者じゃないことを物語ってしまうのか…!」

「ふふ、自信家なのね」

「そういうお姉さんも、昔は旅とかしてたんでしょ!」

「あら、やっぱり同業さんにはわかるのね」


俺達の会話を聞いた他の客が話に割って入る。


「女将さんは魔法使いだったのさ!怒らせるとおっかないぞ!」

「やっぱり!?魔力感じちゃった〜。私も魔法使いなんだよ!」

「仲間ね」


魔力を感じる、なんて、いかにも魔法使いらしい感覚だ。戦いの中で瞬間的に魔法の予感を感じることはあれど、常に感じることはできない。その感覚に憧れを抱くこともあるが、魔法の使用は才能が大きく、憧れるだけ無駄なことだ。

魔法の感覚なんてわからない俺達を他所に、魔法使いトークが繰り広げられている側で、クレイが高揚しながら語り出した。


「やっぱりルガリアに行けば、ここ以上に同業がいるんだな!さすがは英雄が集まる国…到着が待ち遠しいぞ!!」

「着いたらまず酒場に行ってだな…そこで色んな話を聞いて、あとは、手合わせなんかもしたいな!」

「楽しみだな」

「あぁ!ワクワクするな!」

「てかよ、ここからは馬車を借りねぇか?この町、中々の広さだ。借りようと思えば借りられると思うぜ。金は当然かかるけど、歩くよりはマシだろ?」

「あ、おい!フログ!肉食い過ぎだぞ!!」

「なにがだよ。これまだ三個目だぜ」

「俺はまだ二つだ!」

「えーっ!フログお肉いっぱい食べてるの!?」

「また頼めばいいだろう」

「私まだ一つも食べてません!」


クレイのいちゃもんから、騒がしさが一気に増した。


「女将さん!この肉もう一皿頼む!」

「ごめんなさい。今日はもう売り切れなの」

「なにーっ!!」

「聞いたかフログ!お前、貴重な肉をもう三個も…!」

「仕方無えだろ!早いもん勝ちだ!」

「なら私全部食べちゃうもんねー!!」

「バカ!独り占めなんて許さないぞ!」

「私まだ食べてません!」


また、始まった。と言いたいところだが、単なる言い争いごっこだ。楽しげな場所には、こんなくだらない会話がよく似合う。


「女将さん。他におすすめはあるか」

「えぇ、もちろん」

「なら、三皿ほど頼みたい」

「よろこんで」


皆に視線を戻せば、それぞれの表情が柔らかい。皆、昔と変わらない笑顔だ。ここまでに様々な苦難を乗り越えて、時には本気で喧嘩をして、それでも、今ここにいる皆の様子は変わらず睦まじい。変わったのは、俺だけだ。俺ばかりが、負い目を感じて勝手に苦しんでいる。


「クラウス!お前はどうなんだ!」

「なにがだ」

「メリアが残りの全部食べちゃったの!」

「はぁ…」


俺は、もう、皆の仲間ではいられないと思う。親友達に対する劣等感が、たまらなく情けない。皆の善意を後ろ向きに消化することが、いかに自分勝手か、気づいてしまった。それに、与えられるばかりで、与えることのできない俺は、対等にいられないじゃないか。

ーーー

「思い悩んでるみたいだね」


しっとりと、隣に座っていたアルルが俺に語りかけた。普段のアルルの明るい調子はどこかに消えてしまって、据わった目でこちらを見ている。酒のせいだろうか?その割には芯のある声だ。


「気づいていたのか」

「誰だってわかるよ」


ふと、辺りを見渡してみた。

皆、飲み過ぎだ。俺も重たい頭に振り回される程度には飲んでいるが…クレイとフログは、行儀悪く地べたに寝転んで寝息を立てている。高貴な生まれで、常日頃から品格のあるメリアも、今日ばかりはイビキと唾液を垂れ流して机に突っ伏しているから面白い。誰であれ、酔っぱらっている間は無敵だな。

俺も酔いを口実に何でも言えるような気分だった。


「パーティを抜けようと思う」

「どうして」

「お前達に…迷惑をかけたくない」


そんな気分でいたのに、結局、言った後で後悔した。こんな大事なことは、勿体ぶって話すべきなんだ。酒の力で簡単に言えてしまうから恐ろしい。

アルルは少し、言葉に困っているようだ。


「…気遣わせることを言ってすまない」

「ホントだよ!なんて言えばいいのか困っちゃうよ」


柔らかく笑っている。


「皆、クラウスのことが大好きなままだよ。私だって、クラウスとまだ旅を続けたいし」

「だから困るんだ。皆が俺を大切にしてくれるから。俺のせいで、傷ついてほしくない」

「気を使い過ぎ!」

「…そうだな」


落ち着かなくてジョッキを持ち上げた。口に運べば、アルルが悲しげな目をしてこちらを見ている。後ろめたくなって、飲むのもほどほどに視線を落とした。


「…俺を嫌いになってくれないか」

「やだ」

「嫌われれば、スッキリと離れられるのに…」

「邪魔ばっかりで、役に立たないのに…今日だって、お前を危険な目に合わせたのに。どうして俺を嫌いにならないんだ」


負の感情を出し過ぎるのはよくないことだとわかっているのに、止まらない。無理に封をしていた袋が、少しの傷で破裂するように、俺の思いが溢れて止まない。

ふと、涙がこぼれ落ちたのを目にした。我慢してみたが、次の雫が二滴、三滴と頬を走る。これまで隠してきた苦悩が、この悲しみに乗って放たれるのを耳にした。


「俺は、辛い…皆の迷惑になるのも、負い目を感じるのも……皆のせいにしたくないのに、どうしても考えてしまう…!皆の側にいなければ、こんな思いをしなくて済むって…」

「でも、離れたくない…!皆の友達として、まだ旅を続けたい…これまで一緒に過ごしてきたのに今更、独りになんてなれない……」

「俺は、どうしたらいい…?」


口にしてみれば、随分と自分勝手な話だ。でも、もう、自分を責めることに疲れてしまった。誰のせいにもする必要のない所へ逃げたい。もう、自分の弱さを呪いたくない。もう、皆に気を遣わせたくない。ならば、パーティを抜けるべきじゃないか。

しかし、抜けた後、皆の声が恋しくなることなんて分かりきっている。それに、今の心持ちでは、全く未知の環境に足を踏み入れる不安を許容できるだけの余裕がない。あぁ、俺は、動けないな。

アルルがその小さな手で、卓上に転がっていた俺の右手を握った。


「いっそ、皆で帰っちゃおっか」


胸に重りをぶら下げられるような感覚に襲われた。俺はアルルの提案に対して、何を思ったのだろうか。


「それは…だめだ」


わからないが、認めてはならない気がしている。

確かに、アルル達からすれば、気楽にしている旅なのかもしれない。でも、俺には、旅をしている時の皆程、輝いているモノを知らない。なにせ、国を出て旅をすることが皆の夢だった。それを俺のせいで壊すのは、この世の何よりも罪深いのではなかろうか。俺は、皆に大成してほしい。

顔を上げると、重苦しく考えていた俺とは違って、アルルは優しく微笑んでいた。


「そっか」

「無理させちゃってるね、クラウスに」


しかし、微笑んでいるのは口のみで、依然として悲しげにこちらを覗いていた。俺にはその目が後ろめたくて、再び俯いた。


「いや…悪い。俺だけのせいだ」


涙が少し落ち着いた。


「皆にはいつ話すつもりなの?」

「話すとしたら、ルがリアについた後のどこかにしようと思っている。ただ…まだ、決心がついていない」

「すまない…言い出しておいて、優柔不断だ。俺は」


ふと、意図せずに机上で忙しない様子を見せる俺の指を確認した。机の木目をなぞり、時に逸れて、終いにはくるくると円を描いて踊っている。


「それだけ難しい選択なんでしょ。いっぱい悩んで、後悔が少ない選択をしないと」

「クラウス自身の選択だから、あんまり私がとやかく言えないし、ゆっくり考えていこう?」


選択。最近になって、その言葉をよく考える。単に、何かを選ぶ、と言えばそれまでだ。しかし、大人になった俺達は、選択をして、その選択の結果を受け入れる必要があると考えている。もっと言うなら、行動の責任を負う必要が、俺達にはある。選択をすることの重大さを知っているからこそ、最近、他人の選択を尊重できるようになった。それは、皆だって同じこと。選択をすることは、その責任と結果までを十分に考慮した上である前提があり、他人がとやかく言えることじゃない。だから、アルルは俺の選択に深く口出しをしないようにしてくれている。

しかし、アルルは自分の内に秘める思いを、飲み切れない様子でいた。


「何か、言いたいことはないか?別に、引き止めて欲しい訳じゃない。ただ…俺だけが自分の思いを語るばかりで、口出しさせない訳にいかないだろう」


アルルは少し、言葉に悩んでいる様であった。この沈黙を誤魔化すために、残りのビールを流し込む。


「…勿論ね、クラウスが居なくなっちゃうのは嫌だし、考え直して欲しいなんて思っちゃうんだけど…でも今、クラウスが苦しんでるから、それでもいいのかな、なんて」


不自然に明るく取り繕った声だ。


「クラウスのために何かしてあげたいんだけど、私には難しいや。どの選択も、クラウスが楽になれるのなら、それに越したことはないよ〜」


再び沈黙が訪れた。

何か、思いを押し殺しているな。言わないのは、俺に気を遣っているからなのだろうか。しかし、俺にはその気遣いに触れるだけの余裕がなくて、卓上で手を遊ばせるばかりだった。

ふと、鼻水を啜る音が、この沈黙をどけた。


「ねぇ」


見上げた俺の目に映ったその顔は、俺の息を止めた。


「楽に生きて」


ボロボロと涙を流して、でも、真っ直ぐとこちらを見ている。涙を拭う素振りも見せず、ただ、真剣な表情だった。


「私、クラウスのために泣くことしかできないや」


それを見て、俺の涙が再び止まらなくなった。たまらなくなって、アルルの手を両手で包み、持ち上げる。ぐしゃぐしゃになった顔なんてどうでもよかった。


「泣くなよ…!」


酷い発言だ。これだけ暗い話をしておきながら、ましてや、俺の負の感情に当てておきながら、泣くな、なんて。でも、泣かないでほしかった。俺のせいで、悲しい思いをさせたくなかった。

俺の手をアルルが握り返す。


「嫌だよ…!これしかできないもん…!」


もう発する言葉もなくなってしまって、互いに泣くばかりだった。時間なんてものも気にならない程に、必死に。お互いの涙で、お互いの悲しみを確かめ合って過ごした。しかし、悲しみばかりではない。ようやく胸中を曝け出せた解放感と、夜の孤独を共に泣いてくれる友に対する安心感と、様々な想いが、俺の心を満たしていた。

涙が落ち着いてきた頃。それぞれの明るい未来を想像し、微笑み合った。そして、これまでの旅の出来事を語り、笑い合った。その後は決まって、想い出が照らして作り出す、それぞれが欠けた生活の影に泣いた。

そんなことを繰り返している内に、瞼を閉ざしたまま夜を明かしていたらしい。共にクレイの呼びかけによって起こされてようやく朝の明るさに気づいた。


「クソッ…久しぶりじゃねぇか…!二日酔いさんよぉ」


先に酔い潰れていた三人は、酒の毒に振り回されているようだ。たしかに、俺の飲む速度と三人のそれを比べると、明らかに違っていたように思う。


「あはは!メリアふらふら〜。ゆっくり飲まないからそうなるんでしょー」


アルルは、昨日の涙が嘘のように明るく振る舞っている。


「まぁ、今日は何も考えなくていいから気楽だな。いいか?皆、夕方には宿に居ておくんだからな。揃いしだい明日の予定確認だ」

「それじゃ…」

「解散!」


クレイの掛け声と共に、それぞれがその場を後にした。

皆、万全な状態じゃないもんだから、今日は買い出しや休養などそれぞれ自由に行動することとなった。出発に関することは明日以降に考えるらしい。それこそ、馬車の手配なども今日はお預けだ。

俺はそれぞれが自由に歩き出したのを見送った後、一足先に宿で過ごすことに決めた。とは言えど、宿で一日を無下にする訳ではない。ただ、自分と向き合うだけの時間が欲しかった。パーティを抜けるかどうかを、過去を十分に振り返って、自分と対話して、今日、決める。

酒場から宿屋までの道中にこしらえた果物を齧る。その瞬間、優しい甘さと華やかな香りが口内を包んだのだが、今はその味を堪能できるだけの余裕がないみたいだ。目先のことに意識を置こうとしても、昨日のアルルとの会話が離れてくれない。

(俺は本当に旅を辞めてもいいのか?)

それを実行するだけの覚悟を用意できていない。アルルにも話した通り、仲間がいない生活は寂しい。その生活に飛び込む不安をどう払拭できようか。

しかし、今のままでは困るんだ。このまま皆の側に居続けては、俺の心が持たない。このまま皆の側に居続けては、皆の優しさが持たない。俺を優先しても、皆を優先しても、するべきことは変わらない。だから後は、覚悟さえ持てばいいんだ。それを選択するだけの覚悟があれば、今より良い方向に進める。

シワの無いシーツを背にして、仰向けに倒れ込んだ。特筆すべき所のない天井を眺める。珍しく退屈だ。しかし、それが良い。柔らかなベッドに沈み込むこの感覚と、外敵に怯えることのない安心感こそ、野宿をしていた時に求めていたものだ。退屈に思えるだけの余裕が、このベッドにはある。何より、思い出を振り返るのに適している。

旅の初めは、本当に楽しかったな。あの時の俺には目に映る全てが新鮮で、なにより皆の役に立てることが得意な気持ちだった。そして、未熟だった。未熟なもんだから、魔王討伐という目標への遠き道程を理解できていなくて、随分と気楽でいた。

その目標への遠きことを自覚した頃には、皆に追い抜かれ初めていた。そして、自分には得られない何かを皆が持っていると気づく度に、劣等感を募らせることになった。同時に、友に羨望の眼差しを向けることが情けなく感じられて、俺の心をすり減らしていった。なにより俺は、己の醜い心に気づいてしまった。友と対等でいることを願うどころか、友より優れてありたいと望んでいることに。友の優秀な面を、素直に認められない俺の弱さに。

それからというもの、俺は孤独を意識するようになった。当然だ。仲間達が対等にそれぞれと向き合っている中で、自分だけが優劣の目で皆を見上げているのだから。仲間は対等の存在だ。互いの尊重と、等身大の自分を許容できるだけの自信がそこにはある。それがなくなった俺は、仲間という輪から、さらに言えば、親友という輪から外れてしまっているのだ。俺はその疎外感を一人でに感じて、今、ここにいる。


「…そうだな」


想い出を振り返って、自分が置かれている立場を再認識した。やはり、このまま旅を続けるべきではないのだと思う。このまま旅を続けていても、皆と対等な関係に戻ることは難しい。けれど、皆と離れれば、遠くで互いの是を願う関係に成れるのかもしれない。

忘れていたかのように、食べかけの果物をもう一口。やはり甘い。咀嚼する度に、口内から頭まで軽快な音が響いて心地が良い。華やかな香りが鼻を通り抜けていく。

なんだ。この世の中には、旅の他にも、確かな幸せがある。皆が傍にいてくれたらもっと幸せなのかもしれないが、それでも、この果物は甘い。それで十分なのかもしれない。皆との時間が理想的過ぎるだけであって、他の人間は、この程度の幸せに収まっているのかもしれない。仮にそうなのであれば、俺一人で過ごすとしても、俺は未知の世界に足を踏み入れることが出来る。

かつての日々が恋しくなるのは、誰だって変わらない。いつかは誰しもが親と離れ、子ではなく個として世に身を投じる。その不安は、俺とさほど変わらない。俺は、今こそ親友離れをするべきなんだ。

思い切って足を振り上げ、振り子のようにして体を起こした。ベッドの上に胡座をかいて、故意に大きく伸びをする。

ふと、故郷の唄を口ずさんでみせた。


「〜♪」


かつて、気分が良いと口ずさんでいた。内容は故郷の様子を語るだけである。エルフの里が在する雄大な山々、穏やかな流れで澄んだ川、俺たちが駆け回っていた平野、その自然の中で暮らす人々。幼かった頃、この唄を唄うと何故だか懐かしい心持ちになったことを覚えている。

この唄、久しぶりに思い出したな。

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