9.夢を見た罰
二度も奪われちまうと、俺は何を希望に生きていけばいいのかわかんなくなるよ。だって、そうだろ。想像してみろよ。クラウス、お前になら分かるよな。お前も俺と同じ、奪われた側なんだから。
とにかく、俺はどこにも行く元気がなくなった。生きるって悲しむばかりだってこと、もう悟っちゃった。幸せな時間はいつか終わるんだ。夢が覚めるようにな。そんで、その夢が幸せであればあった程に、覚めた時不快になるんだよ。落差、って奴か?まぁ、いいや。
おい、「まだ若いんだから」とか、つまんない否定は止めてくれよ。そんなの、光の下で気ままに生きてこれた奴が吐く綺麗事だぜ。口が裂けても言えないだろ?
なにより、俺の視界を知れば、俺の戯れ言の正しさが分かるってもんだ。
とにかく、俺はどうしようもなくてさ、妹の亡骸を抱えることしかできないんだ。血なんてどうでもいいんだな。冷えちまった体を温めてやれば、俺の名前を呼ぶのかもしれないって、バカだな。そんな訳ないのに。
でも、本当に絶望した時にゃあ、バカみたいな希望に縋っちまうもんだ。ここに来たのだって、本当はそんな希望だったのかもな。
でも、なぁ。幸せに生きたいだなんて、そんな願い。願ったってなんにも悪いことはねぇだろ。むしろ、願って当然ってもんさ。それこそ、まだ若いんだからな。誰かが現実を見ろとか否定してくるかもしれないけど、それでも俺は反論するね。
ただ、直接奪ってまで否定するこたぁねぇだろ。
あぁクソ。涙が止まんないんだ。でも、嫌になるぐらい冷静なんだな。こんな現実を前にしても、どうしてか平気な気持ちなんだよ。きっと、静かに狂ってるんだ。
だって、冷静に、死を願っちまうんだから。
クラウス、ここに来て、俺をぶん殴ってくれよ。その衝撃で、思いっ切り泣きたいんだ。そんで、死にたいなんてバカなことを言うから、俺を叱ってくれ。
まさか、お前が死んでないだろうな。いや、ないよな。だって、強いんだろうよ。でも、とにかく死なないでほしい。
お前に俺の思い出話、聞かせてやりたいんだ。そんで、俺のためにもう一回泣いてほしいんだよ。
ここに来る前は随分と気楽だったな。年相応に幸せだったんだぜ。
ちょっと怖い母さんと、ちょっと厳しい父さんと、そんでいっつも俺に着いてくる妹がいて、もちろん友達だっていた。まぁ、当たり前に思える幸せだわな。
母さんは料理が上手かった。朝、昼、晩、美味い飯を食えてさ、飯を食うたんびに「次のはなにかな」とか待ち遠しいんだ。
そんで、毎日友達と遊び呆けていた。もちろん、フィルフィも一緒だ。その時は人間をなんとなく悪い奴だと思ってたから、そのなんとなくで他の奴と話したりして。気まぐれに追いかけっこなんかもした。まぁ、基本は駄べるだけだったけど。
日が暮れてきたら家に帰るんだ。なかなか広い家だったんだぜ。今の家なんか比べ物にならねぇ程だ。まあどうでもいいわな。
あんな日々が、永遠に続けば良かったんだ。なんて、あの時は思ってもいなかったけどさ。大切なことって、無くなってから気付くってよく言うじゃんか。それだよ。
あの日、俺はいつも通り友達と駄べってたな。いつもと変わらない流れだったぜ。母さんが作る美味い朝食を食べて、父さんが仕事に出かけるのを見送って、それから友達と落ち合ったんだ。
その時、俺はなんとなく嫌な気がしていた。友達と揉めた訳じゃねぇんだ。時々嫌な予感が心を落ち着かなくさせるだろ?それだ。予感に終わればいいのに、大抵は現実になっちまうから、気が滅入るさ。
俺達が居た空き家の前を、街の奴らが興奮しながら駆けていった。その中のおっさんが俺達に恐ろしいことを言うんだよ。
「人間が襲ってきたぞ!」
信じたくなかった。俺の思い出だった街を、人間が荒らしてやがるって言いやがるんだ。
本当に、信じたくなかったさ。でも、フィルフィを連れて街外までの道を駆け出していたんだ。一目散に逃げていく人々を見てたらさ、怖いって気持ちが体を支配しちまって、いてもたってもいられなくなったんだな。だって、死にたくないだろうよ。本当に、死にたくなかった。やりたいこと、いっぱいあったんだぜ、今もだけどな。今はそんな夢だとか見ていられる気分じゃないけど、本当だよ。
しばらく走って家からもまぁまぁ離れた頃に、父さんと母さんのことが心配になった。今にして思えば、本当に浅はかで、愚かだったな。心配したことに対してじゃないぜ。この騒ぎに気づかない奴なんていないとはわかってたんだけど、思っちゃうんだから仕方ないだろ?愚かなのは、その心配に頭を支配されて、家に戻ったことなんだ。戻らなければ、親の死に様なんて見ないで済んだし、フィルフィにも見せないでよかったんだな。なのに俺は、戻っちまったよ。
家のドアを開けたら、地獄だったぜ。家具は散乱しててさ、床に落ちていた本なんかは、血溜まりに溺れて赤く染まってたんだな。そんで、母さんが血の上に転がってた。
なんにも、声は出なかったな。涙もそうだ。もう、この時にゃ狂ってたのかもな。今と同じで、嫌に冷静だった。そんで、静かに家の中を物色し始めたんだ。
しばらくもしないうちに、母さんと父さんの寝室から男の鼻歌が聞こえてくることに気づいて、そこに足を踏み入れた。
野郎、とんでもなく大きな鼻歌をしてやがんだ。鼻歌をしながら寝室の棚を漁り出して、俺達の帰りに気づきもしないんだな。母さんが大事にしていた贈り物だとか、そんなの全部ゴミみたいに放り投げてやがった。でも、なんにも怒りとかはなかったな。だって、冷静だったんだよ。もしかしたら、ただただ絶望してたのかもな。
野郎が棚の中身を漁り散らしていく姿を、しばらく眺めていた。間抜けなもんで、野郎は相変わらずでっかい鼻歌をしてそこに座り込んでやがんだ。そんで、俺は相変わらず入り口に立ち尽くしていた。薄情な奴だよ、俺は。でも、流石に許せなくなったさ。
投げ捨てられた黄色いマフラー。俺とフィルフィが夜なべして編んだ物だ。不器用ながらよく頑張って、それなりに上手だったぜ。できたそれを、夕食の支度をしてた母さんに渡したんだ。
母さん、気が狂ったみたいに喜んでくれた。そんで、俺とフィルフィを絞め殺すぐらいの力で抱きしめてくれた。
母さんがそのマフラーを着けてる所、一度も見なかったな。でも、大事に大事に持ってくれてたんだ。俺とフィルフィと母さんの宝物を、野郎は簡単に投げ捨てやがった。
あん時、手元に包丁があればどれだけよかったんだろうな。包丁なり刃物なら、一突きしてすぐに後悔できたはずだろ。そしたら、命の重さなんて知らないで、今日まで過ごせたんだ。でも、タラレバなんてしょうがないんだ。
俺は無防備なそいつの首を絞めてやった。野郎、あんまりにも驚いたらしくて変な声を出してたな。でも、人間ってひ弱な奴ららしくて、野郎がどんなに暴れても、俺は絞めた手を離さないで済んだ。なんにも、思わなかったんだ。憎いとか怖いとか、怒りもなかった。ただ、失望はあったさ。
俺の日常を奪った生き物はこんなにも弱いのか、って。いっそ、俺を殺してくれりゃよかったのにって、一瞬だけ思ったんだ。そんですぐに、考えるのを止めた。
首を絞めてる訳だから、野郎の息が絶えていくのを肌に感じていたぜ。そんで、まぁまぁ思いんだな、死体は。とんでもなく不快だった。悪い奴にも命の重さって奴があるんだってこと、知らしめられるような気がしたんだ。まぁ、どうでもいいわな。人間は本当に悪い奴らで、それは変わんないんだかんな。
でも、今だって考えちまう。フィルフィ、俺が人間を殺めるのをどんな顔して見てたんだろうな。本当に、見せたくなかった。戻らきゃよかった。後の祭りって奴だ。
俺はほとぼりが覚めるまでの間、その死体にもたれられたまんま座り込んでいた。冷たくてさ、気まぐれに顔を覗いたら、真っ青になってやがんだ。人間のクセに真っ青ってのも、変な話だわな。
それから俺は、フィルフィと一緒にこの村まで来たんだよ。父さんも死んだってことを聞いて、いる場所がなくなっちまったのさ。でも、全く絶望してた訳じゃないぜ。
俺は唯一の家族のために、なんでもできる気分だった。そいつのためなら仕事だってするし、欲しいものだってなんでも買ってやりたかった。
この家に来た時、そう思ったんだ。
《お兄ちゃん。もっと広いおうちがいい》
《…いや、良い家だ。家族と一緒に住めるんだから》
フィルフィの奴、とんでもない顔をしてたな。小さいクセに、ちっとも楽観的じゃなくなっていた。笑わなくなってたし、泣きもしなくなってたし。
そんな顔を見たら、いてもたってもいられなくなるんだ。しゃがみ込んで、フィルフィの頭に手を置いたっけ。
《最高の家にしような。父さんと母さんがいなくても、俺達はずっと一緒だ!》
一緒に、いられなくなったな。
《さて、どんな家具を置くか。テーブルは窓の前が良いな。ベッドは右側におくか。それから…》
《…わたし、黄色いお花かざりたい》
《いいな。じゃあ花瓶もないとな》
《かびん!おっきいのがいい!》
《いいだろ?欲しいもんはさ、》
なんでも、買ってやりたかったよ。でも、もう、無理なんだよな。家だって、全部ぐちゃぐちゃにされちまった。フィルフィが摘んできた花も、真っ赤に咲いてるんだ。
もう、全部仕方ない。てか、さ、どうでもいいんだ。
俺、どんな顔をしてるんだろうな。涙も枯れちまったかな。頬に触れてる水温が、涙なのか血なのかもわかんないんだ。俺もきっと、フィルフィみたいにとんでもない顔をしてるんだろうな。
ナイフなんか手に持っちゃって、何を期待してるんだろうな。でも、期待することは、悪いことじゃないだろ。
「…フィルフィ。そこに、父ちゃんはいるか?」
「久しぶりに、遊んでもらいたいんだ。そんで…疲れたら、おんぶしてほしい。そっちに行けば、してくれるかな」
あぁ、無理に笑っちまうな。でも、いいだろ。流石に、疲れたんだ。
「また、皆で暮らそう」
少しぐらい、夢を見たって




