第八十話
ひたり、ぺたり。
時たま襲い掛かってくるモンスターを分からせ、上層に進んでいるスターの耳に何かの足音が聞こえた。
――! ……見つけました。
足音のする方へ向かうと、そこには血で真っ赤に染まった汚い毛並みのウルフがいた。それはあの白い毛並みを持っていた廣谷の相棒"シロ"であった。
「シロ様」
「っ――!!! ゔ、ヴヴヴッ……!」
人型になりスターはシロに呼びかけた。すると、シロは警戒心をあらわに、スターに向かって唸り声を上げた。人型だから威嚇はされないだろうと思っていたスターは目を丸くさせる。
「……わたくしは貴方様を傷つけません」
「がるるるるる……」
「し、ろさま?」
――?? 何故、威嚇されるのでしょうか。人間には友好だったと記録しているのですが。廣谷様ではないから?
生きるか死ぬかの間に突然置かれ、廣谷に再会するためにモンスターを食らい命を繋いできたシロが、簡単に見ず知らぬ存在に警戒を解くわけがない。だが、スターには数日前まで無邪気なウルフだったというスライム記録しかなく、故にシロの警戒している意味が理解出来ず、困惑してしまう。
自身のダンジョン記録を見れば一発でシロがここまで警戒している理由が理解出来るというのに、スターはそのことに思い至ることが出来ない。彼女は、自身が動揺して記録を確認することを忘れてしまっていた。今は近づけば噛まれてしまうことだけは理解出来たスターは、シロの警戒心を解こうと言葉を発する。
「わたくしは敵ではありません。わたくしは、貴方様と廣谷様を再会させる為こうして貴方様の元に現れました」
「ゔゔゔゔ……!!!」
「どうか、怒りを沈めてください。……それに、シロ様怪我をしています。傷の手当が出来るかは分かりませんが、見せていただけませんか?」
「ぐるるるるる……!」
「シロ様……」
シロの警戒は解けない。怪我をしているのは目に見えて分かり、スターは実力行使をすることが出来ず、どうすべきか悩む。そこでスターはあることに気づいた。シロが威嚇しながらゆっくり自身に近づいていることに。――殺すために。
――……早く、打開策を見つけなければ。
冷や汗がたらりと流れる。そこでスターが、己が焦っていることに気づく。だが気づいた所で状況が変わるわけもなく、シロはゆっくり近づいてくる。
スターは思考を巡らせる。何をすれば警戒心を解くのか。廣谷の姿になる? それは今は逆効果では? スライムの姿になる? なって、今と何が変わる?
「……廣谷様のスマホ! シロ様、これを見てください」
考えた結果、匂いを嗅がせれば警戒をやめてくれるのでは? とスターは結論つけた。そしてシロに向かって廣谷のスマホを掲げ、そしてシロの元へと地面にスマホを滑らせた。
スーッカラカラカラ――。スマホは音を立ててシロの元へ辿り着く。シロはスマホに目を向け、何かを知るためにスンスン匂いを嗅いだ。
そして――
「……くぅん……」
寂しそうに、悲しそうに声を漏らした。――まだスマホに廣谷の匂いは残っていたらしい。スターはほっと、安堵のため息を吐いた。
――……! わたくし、今、安心した……?
スターは温かい何かに困惑し、それが安心だと気づき目を丸くさせた。
「せい、ちょう、したのでしょうか」
スターの呟きは誰にも拾われず霧散した。
スターはスマホに頭をこすりつけているシロを見てゆっくり近づく。
「廣谷様の元へ、連れて行ってもいいでしょうか?」
「……わんっ」
「……ありがとうございます」
いいよ。と言われ、スターは安心した表情をする。そして体を細長い板のような形に変形し、シロを持ち上げ最下層を目指し来た道を引き返していった。




