第六十七話
泣き喚く鳴き声に増す暑さのない炎を目に廣谷はしかめっ面をする。何度も同じ言葉を内容を繰り返す喚く姿はまるで子供のよう。
暴れダンッダンッダンッ!! と地鳴りにまともに立っていられなくなる。
そんなレオを宥めるかのようにマスコットスライムがレオに近づこうとし、潰され、修復しまた近づくを繰り返していた。
「これっ、どうやったら落ち着くんだ!! これじゃ試練もクソもない!」
地鳴りでふらつき膝をついた状態で聞こえていないレオに向かって廣谷は叫ぶ。
『何処だ、何処だ、何処だ!!! 何処にいる、殺す、殺してやる!!!!』
――どうする。どうするのが最善だ? 何か、目に見えて分かるものがあるか? 親離れ出来ていないなら何かあるはずだ。
一度呼吸を整え廣谷は辺り一帯を見渡した。都合の良い事にレオから放たれる炎で周囲が照らされ能力を使わずとも目視する事が可能だった。
見落とさないように焦らず、だけどレオの攻撃に警戒しつつ打開策になる物を探す。
「見つけたっ……!!」
目視でそれらしい物を視認出来た廣谷はすぐさま走ってソレに近づいた。
レオの寝床であろう物体の近くに古びた石の台があり、その上にレオの人形と夢で見た女性の人形が置いてあった。
二つの人形を交互に確認し、何かに気づいた廣谷は視線をレオに向け、能力を解除した。
「僕はここだ!!!」
『人間、貴様、貴様貴様貴様ァァァァ!! 誰の了承を得てそこにいる!! 今すぐそこから離れろ、食い殺してやる!!!!!!』
「悪いが、断る!! 『宣言!! この人形に刻まれた記録を今発動する!!!』」
向かってくるレオに廣谷は女性の人形を掴み見せるように能力を使った。
すると――――。
『レオにゃん〜?』
『っ――あ、主!!?』
廣谷の持つ人形からノイズがかり半透明な女性の姿が宙に出現した。
それはこのダンジョンのマスターだった。
女性の姿を見たレオは足を止め映像に釘付けになった。かすかに耳に入る声から動揺が伺えた。
『アンタがこれを見てる時はもうアタシは死んじゃったし、後継者がこの記録を再生してくれたって事。は〜こんなアニメとかでやってるビデオレターをアタシがするなんて人生何が起きるかわかんないね〜。でもこれすっごくロマンチックじゃなーい?』
クスクスとわざとらしく笑い、会話は続く。
『でもさあ本当はこんな事するつもりなかったのよ? ただアンタってアタシを信仰してんじゃん? それで後継者とゴタゴタになりそうじゃん? ま〜そういうことでアンタの説得用として残しておくことにしたのよ』
「分かってたのか……」
『そ、れ、で。レオにゃん。後継者を新しーいダンジョンマスターとして認めてくれなーい? 嫌だってわかるよ? 人間に殺されかけたアンタがアタシ以外を認めるわけないもんね〜』
『あ、ああそうだ、そうだ!!! あいつらは俺を、俺の家族を殺した、俺を痛めつけた! 俺は、俺達は何もしていない、ただ平和に暮らしてただけなのに!!!!』
『でもね、受け入れてくれないとアタシの努力が水の泡になるのよ。だってアタシ、これから別世界にこのダンジョン全てを転移させるつもりだから』
「――は」
まるでなんてことはない日常風景を語るかのように発された発言に廣谷は目を見開いた。
衝撃の事実に固まってしまったがそれはレオも同じなようで『ど、ういう……』と呆然としていた。
『アンタも知ってるけどこの世界クソじゃん? あいつらにここの所有権渡したらやばいのは確定だから、転移させるのよ。そりゃ他の世界からすれば迷惑この上ないけどさ、アンタ達が傷つく姿は見たくないのよね〜。あーあなーんでモンスターに愛着湧いちゃったんだろ〜。そういう事でアタシの努力を消さない為にも受け入れて♡ それで後継者とお話してアンタの人間不信少しはマシにしましょ。気に食わないなら追い出せばいい、でも必ず誰かは受け入れてね。じゃね〜』
手を振り女性の姿は跡形もなく消え去った。呆然と立ち尽くす廣谷とレオ。
廣谷の手にはもう再生は出来ず沈黙した女性の人形。
――えぇ……?
『主、がそう言うなら。貴様をこの迷宮の主として、認める』
「は? そんな簡単にか? 嫌なら追い出せってあの人も言ってただろ」
『……だが貴様は主の置土産を俺に見せた、そして俺を傷つけなかった。いくらでも殺す瞬間はあったのに、だ。……だが、認めるとは言っても今だけだ。貴様が信頼に値しない人間だと分かれば貴様を食い殺す』
揺らめく炎が目に見えて落ち着き、レオはのっしのっしと廣谷の下へ近づき、寝床に体をおろした。
『早く出ていけ。食い殺すぞ』
「……分かった」
唸り声をあげるレオに廣谷は頷き、再生を終えたスライムを抱き部屋の外へと出た。
「……君こそ、あの場で僕を噛み殺せただろうに……」
部屋から出た廣谷はスライムを抱きしめポツリと言葉を零した。




