第五十六話
『ソレらを連れているのか。ならばすぐにでも始めよう』
「何を、始めるんだ？」
『この迷宮の主になれるかどうか、試させてもらおう――！！！』
「は？ っあっぶな！！！？？」
白い獣が廣谷に襲い掛かり、廣谷は間一髪の所で躱した。完全には躱しきれなかったのか獣の爪が左腕を掠りそこから血が滲みだした。
「い”っつ……まて、どういう事だよ、迷宮の主って、僕はそんなものになるつもりはないっ！！！」
『ソレを連れている時点で主になる気はないは片腹痛いわ！』
「これはこいつらがっ、外に出たいって、というか話してる時ぐらい攻撃やめろ！ 死ぬ！！」
図体の割に素早い速度で廣谷に襲い掛かる獣の攻撃を躱し抗議を続ける。攻撃の手をやめない獣に廣谷は能力を使う。
「っ～～！！！ 『宣言。君はその場で停止するっ！！！！』」
『断る』
「は、なんっ――――！？！？」
能力を発動したというのに獣が止まる気配はなかった。「何故効かない！？」と動揺し足が止まった。その隙を突かれ獣の手が廣谷の体を吹っ飛ばした。
素早い速度と重量のある手で吹っ飛ばされた廣谷は一瞬息が止まり、何も出来ずそのまま勢いのままに壁に体を打ち付けた。
「がっぁ”！！？ ――ヒュッ、ゲホゲホゲホゴホッ！！！」
壁からずり落ち蹲る形で廣谷の口から血が零れた。手から離れた刀を掴もうと震える手で腕を伸ばす。なんとか掴んだが、先程からドクドクドクドクと心臓が激しくなっている感覚を感じており、廣谷の脳裏に死がよぎった。
落ち着かない苦しさに咳き込みながら廣谷は声を絞り出す。
「『せ、宣言、僕の、傷はすべて、癒える』」
瞬間廣谷の傷は一つ残らず再生する。それに安堵したかったが廣谷の目に走って向かってくる獣が映り、ぎりっと歯を噛みしめ休む暇なくすぐに別の言葉を宣言する。
「『宣言、僕を護る盾が一秒後に現れる！』」
獣の方向に手をかざす。直後巨大な盾が廣谷の前に現れた。同時に聞こえる獣と盾がぶつかる音。少しでも能力を使うのが遅ければ今頃自分は殺されていた。と察した廣谷はゆっくり起き上がる。ぜーはーぜーはーと激しい息を整え武器を構えた。
獣の攻撃に耐え切れなかった盾が甲高い音を鳴らし砕け散った。廣谷の目に獣が映る。クックックッと獣のご機嫌な笑い声が耳に入る。
『貴様のその力侮れんな。抵抗しなければすぐにでも試練が終わっていた所だった』
「ぼろぼろにしておいて、何が侮れんだ……！ 『宣言。僕の身体能力は目の前の彼と同じになる！』」
怒りに満ちた表情で廣谷は能力を使った。変わったと本能で理解した廣谷は両足を踏みしめ勢いよく飛び上がり獣を飛び越えた。
そして獣の背後に回り武器を掴む手に力を込め獣の足に向かって攻撃を仕掛けた。
『ああ、いいな！ 楽しめそうだ！』
廣谷の攻撃は獣の足を斬り落とすはずだった、が躱されてしまい攻撃は当たらなかった。だが微かに血の匂いが香り、よくよく見ると獣の右足から血が流れていた。それを心底楽しそうに喜ぶ獣に廣谷は舌打ちをした。
「『宣言。君の足元は一秒後に崩れる』『宣言。君の上空から大量の槍が三秒後に降りかかる』」
小声で能力を使い、躱された時にすぐにでも殺せるように足に力を入れる。瞳孔が縦長になった廣谷の目には獣に対する明確な殺意が宿っていた。
——殺されるより先に殺してやる。
一度目の宣言が正常に発動し獣の周囲の床が崩れた。獣はその場から離れようと飛んだその瞬間、二度目の宣言が獣に降りかかった。
『————！！！！！』
獣の雄叫びと大量の槍が地面に突き刺さる音が部屋中に響き渡った。土煙が獣を包み今獣がどうなっているのか廣谷は分からなくなった。力を入れた足を動かし横にずれる。直後血にまみれた獣が廣谷が先程まで立っていた位置に襲い掛かった。
だが廣谷はその場から離れていたおかげで獣の攻撃は空を切った。その隙を狙って廣谷は獣の首を斬り落とそうとしたが。
『もういい！ 貴様の力は十分理解した』
「——なに？」
『試練は終いだ。——チッ、軽い運動のつもりがいらん傷を作ってしまった』
「………………」
獣の言葉をいまいち信用できず廣谷は武器を手に警戒を解かず、いつでも殺せるように体制をとる。
『攻撃する気はもうない。武器を収めろ』
獣はそう言って廣谷から離れる。どうやら本当に攻撃する気はないと廣谷は理解し、武器を収める。そして能力を解除すると体がぐらりと揺れ意識が遠くなる感覚。
「あ」
べちゃっと受け身が取れず地面にうつ伏せになる。何が起きた？ と混乱する廣谷の耳に獣の呆れた声が聞こえた。
『人の身が俺と同じ力を得ればそうもなろう』
「な、にが」
『疲労』
——疲労………………疲労！！！？？？？
そんな驚きを抱えたまま廣谷は意識を失った。
