第五十五話
「えっ凄い、感触が前より気持ちよくなってる。おおお、前よりひんやりしてる」
ぷにっ、もぎゅっと大きくなったスライムに興味津々に握り潰す勢いでつまむ――スライムに乗っかった状態で。
下ではランタン達の楽し気な声が聞こえた。どうやらスライムを触っているらしい。
廣谷はむぎゅっとスライムの体を押しつぶし天井の穴を見上げる。
スライムがクッションになったおかげであの高さから落ちて助かったんだと理解出来た。水になっていたのは落下の勢いで潰れてしまったから……とそこまで思い至って「そうだったら相当下の階層まで来てる事になる、よな」と顔を引きつらせた。
「何もなくてよかったっ……! 五体満足でよかった……!」
スライムを手に入れていなかったら、スライムが下敷きにならなかったら自分は今頃肉塊になっていたと分かってしまい、無事な自分と助けてくれたスライムに心の底から感謝の言葉を口にした――覆いかぶさる形で。
「柔らかい、気持ちいい……」
全身を包みこむ感触に廣谷は自然と頬が緩んだ。
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『ふわふわ~』
『ぷにぷに~、やわらかい』
「ん”ん”っ――行くか」
暫くの間スライムで遊んだ廣谷達はⅡの道に入っていく。
スライムは中ぐらいのサイズになっており、ぽにょん、ぴちゃん、ぽんっ。という跳ねている音とランタン達の楽し気な声が背後から聞こえ、廣谷は背後で起きている事を想像し可愛さに悶えた。
Ⅱの道を少し進んだ先に扉があり、それを開けると周囲の様子が変わっていた。
この階層は基本黒系の色の壁で構築されており、Ⅰの先も同じであった。だがⅡの扉を開けてからは白色の壁に変わっていた。灯りは青色ではなくよく見る色合いのランタン。床も白色のタイルに変化しており「神秘的だ」と廣谷は最初に思った。
そうして進んで歩くが途中で廣谷は足を止めた。そして振り返り未だにスライムで遊んでいるランタン達に疑問を口にした。
「なあ、分かれ道が一向に見えてこないんだが、この先一本道とかないよな?」
『いっぽんみちだよ』
『しれんだから、いっぽんみち』
「試練だから一本道ってどういう理屈でそうなるのか分からないんだが」
困り顔をして廣谷は首を掻く。——無駄な体力を使わずに済むから助かるけど……モンスターが一体も出てこないのが気になる。そもそも試練って何をするんだ? と考えて思いつかなかった廣谷は一先ず先に進む事にした。
色合いは変化したが進み続けて見慣れてきた光景に廣谷は眉間に皺を寄せる。かれこれ大体三十分以上はこの光景を見ている気があった。モンスターは出ない、分かれ道はない、代わり映えのしない景色。廣谷は飽きてきていた。「警戒し続ける必要はないのでは?」と思い始めてもきていた。
そうして二十分ぐらい進んだ先で両開きの扉を見つけ、廣谷は長い息を吐いた。きゅっと顔をしかめてゆっくりと扉に近づき悲痛な声を出した。
「……頼む、何か変化があってくれ。流石に飽きた!!!!」
勢いよく扉を開けた。
その先で白い物体と広い空間が目に映った。
長い時間歩いてようやく変化があった事を喜ぼうとした廣谷は、目に映った白い物体に意識も持っていかれた。
『俺の部屋に訪れる不届きものは誰だ』
白い物体から声が聞こえ動き出す。
『——貴様、人間か』
廣谷を目にした白い物体————狼のような巨大なモンスターが威厳のある声で言葉を零した。
「——し、ろ?」
その姿が相棒の姿によく似ていると廣谷は思った。




