望まれぬ途中退場
●聖央ワイネン国/城下町/路地裏(深夜)
「バ、バケモノっ!?」
と、1人の鉱山夫が駆け出した。
陰る路地から、月明り照らす本道へと。
片手の酒瓶を転がしながら、靴音が反響する。
生物的な本能を馬鹿にしているわけではない。
が、せっかくの出演者なのだ。
ここで退場するのも、心寂しい。
「……まぁそういうなよ……」
いくぶんか高揚したおかげか、熱にうなされた意識も冷めている。
朦朧した意識や視界は良好。
これなら狙いもつけられる。
無言のまま、指先だったもの細い塊で宙を撫ぜた。
簡易の風魔法だ。
詠唱を圧縮した術式に、魔力を通せば発動するそれ。
制限があり、魔力も多く籠められず威力も小さい。
だが、男達が落としていった酒瓶を浮かせることくらいはできた。
ふわり、と。
瓶が数センチ浮き、余った酒が瓶の中で揺れる。
また赤黒く溶けた指先が宙を跳ねる。
酒瓶、重力を無視し急激な速度で逃げる男の右膝に吸い込まれていった。
「……がっ……っ!?」
大口が、嗚咽しさらに大きくなる。
突如襲ってきた飛来物に目を丸くし、その衝撃で倒れこむ男。
「…………確か、リンチといったか……」
かつて教育係から教わった言葉。いや、俗語か。
一方的な暴力。私的な虐待。
強者が、弱者を、傷つける――そんな行為だ。
弱者を求めるジェラルにとって、なんとも得がたい状況だ。
感慨深いこと、この上ない。
そんな貴重な経験を積ませてもらえる協力者に退場されては、もったいない。
そして、かすかながらでも顔を見られていたと思うと、余計に逃がすこともできないだろう。
「て、てめぇ!? 魔物か!?」
終始、尻餅をつき、逃げる場所を失っていた男。
両足を震わせて、その左足をジェラルに掴まれている。
「……阿呆、魔物が無言詠唱などできるか……」
と、無知さに頭を抱える。
それに魔物が人間の言葉を喋るなど、簡単にできるものではないだろうに。
はっきりしてきた意識、こちらは冷静で。
目の前の鉱山夫が混乱しているのも見受けられた。
実際、鉱山夫の男も魔物に出逢うことが珍しいわけではない。
仕事場の鉱山、その森付近では何度も遭遇したことがある。
それを例えるなら、害悪の獣。言葉は介さない。
意思はあれど、意志はない。
本能的に生きている、ガタイが大きい生物だ。
時たま魔力制御に長ける、知性ある魔物もいる。
しかし、そんな魔物が生息しているのは人踏み込めぬ土地にいることが多いのだ。
特にここ、聖央ワイネン国は新緑あふれる盆地。
海と山に覆われている立地で、古来より人の開拓が成された土地だ。
隣国との森林も、整備され未開の地というわけでもない。
魔物が発生しても小動物クラス。
冒険者1~2人いれば、退治できる程度だ。
残った1人の男が、頭をかきむしりながら声を荒げた。
「じゃ、じゃあ! 人間!? ま、魔法使いか!? でもなんで――」
――こんな身体してだよっ!!
「………………」
ジェラル、否定も肯定もしない。
そもそもするつもりはないが、その答えに意味はない。
今、ジェラルが興味あるのは1つ。
「……ほれ、早くしろ……早くワタシをいたぶれ……」
「はぁ!?」
「……続けろといったんだ……察しが悪いやつらめ……」
と、深くため息を漏らす。
外套が、大きく上下してわかりやすい。
「キサマらは強者であり、弱者のワタシを、リンチしろ――そういったのだ」