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3/5

抜け落ちていくもの

●聖央ワイネン国/城下町(深夜)

 

 ――こういう状況は、なんと例えるのだったかな。

 

 ジェラルは路地の向こうから聞こえてくる野太い声に辟易する。

 人の気配、数は3つほど。


 視界も思考も熱にうなされる始末だが、なんとか目を細めて状況を理解する。


 こちらに歩いてくる3人組の男達。

 身長もジェラルを超え、体格も一回り大きい。

 月明りが手伝って、男達を照らす。

 こちらに伸びきった影の手元には酒瓶らしきものが握られている。


「……っ……泣きっ面に蜂か……」


 そうそう悪い場面に転がるとは思えないが、この状況はあまり良くはない。

 なぜなら、ジェラルは国王であり、身分を捨て、国を去る者だからだ。


 まだ自分は人間の姿で面通しでもされたら、すぐにばれてしまう。


 ジェラルなど気にせず、腹を抱えて笑う男達。

 呂律の回らない声が閑散とした城下の住宅に響く。


 このままお互いに進めば、生憎と、すれ違う形になってしまう。

 それだけ男達は道を牛耳り、幅をきかせていたのだ。


 左側は民家の壁、10歩も歩けば横道に入れる。

 が、生憎と今のジェラルにそんな機敏さはない。

 1歩を踏み出すだけでも苦悩しているのだから。


「…………ぐっ……」


 ――仕方ない、やり過ごせるか?


 品のない笑いで、こちらに歩いてくる男達。

 あちらもジェラルを認識しているはずだが、恰幅も態度もデカい男達に何がいえよう。


 しかし、悪いことに悪いことが重なるようで。

 ジェラルは、右足を膝から折って体勢を崩してしまった。

 無論、足元から崩れて、鈍重な身体を支えられる道理はない。


「――んぁ? なんだお前、どこ見てんだ?」


 ジェラルの右肩が、端の男の肩に接触した。


「――ぐっ!?」


 と、焼けるような激痛。

 皮膚が突っ張って剥け落ちたような、全面に走るそれ。

 言葉にならなくて、肩に手を当てうずくまるジェラル。


「おいてめぇ、ぶつかったせいで大事な酒がこぼれたじゃねぇか!」


 どうしてくれんだ、と外套の襟元を掴みかかる男。


「――っ……あ……」

 

 と、顔を見られたくない本心からか。

 もしくは、激痛にむせび泣いているからか。


 今後は喉をかきむしる痛みに、首を曲げる。

 ジェラルは、できる限り男の視界にフードを入れる。

 謝罪を言葉にしたくとも、声が出ない。


「つか、うぇ! コイツ、ドブみたいな臭いがするぜ!?」

 

 と、別の男が鼻をつまみながらいう。


「おい行こうぜ? 浮浪者なんか放っておいてよ?」

「いいや、許せねぇな。コイツからぶつかってきたんだぜ!?」


 気が収まらねぇとばかりに、乱暴な男がジェラルを突き飛ばした。

 

 べちゃり、と。

 外套の足元に、溶けた肉塊が落ちる。

 とろみがついたそれは、重力に負け床に伸びきっていく。。


 尻から地面に転がり、身体の至るところから激痛がはしるジェラル。

 刹那、脳天が焼かれ、視界が純白に支配された。

 

 ――おそらく、その衝撃で”何か”が抜け落ちたのだろう。

 ”何か”とは一体なんだろうか。


 王子として生を得て、その生を民衆のために貢献した高貴さか?


 いつしか魔法学を極め、希代の賢王とまで呼ばれた名誉か?


 治世に励み、他国との貿易で財を成した城の地下に眠る富か?


 ――いや、違う。


 ――そう、おそらく、きっと……この時は……


 ――”人間だったジェラル”の心が抜け落ちた瞬間だった。  

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