弱者になれた高ぶり
突然始めて、面白くなかったら更新しないかもしれません。
そんな気楽さ、つらつら書きました。
プロットの詰めの甘さは激アマですが、
楽しみながら書いたので気楽に読んでいただけたら嬉しいです。
●聖央ワイネン国/城下町(深夜)
――はは、これが弱者か。
「なんだよっ! この!」
「気持ち悪いんだよっ! ゴミが!」
――ああ、なんと甘美だ。
生まれて初めての罵詈雑言に、どうしても微笑みが漏れる。
いや、それは微笑みと呼んでいいものだろうか。
見解の違いとして、もしかしたらそれは自嘲の笑みともとれる。
自身の、彼の、今の身体の変化に対して、劣等感に苛まれているのか。
様々な感情が押し寄せ、彼の頬を緩ませる。
――戴冠式の時以来か、こんなにも感極まったことなど。
まだ名もわからない感情が、沸々と溢れてくる。
「そっちからぶつかっておいて、謝りもしねぇのかよ! あぁ!?」
「フツーごめんなさいって頭下げんだろ? ママから礼儀も教わってないのか!?」
男達の怒号はまだ収まらず、外套の上から腹に1発の蹴り。
「小綺麗なマント着ちゃってよ? どこ行くつもりだったんだぁ?」
そして右肩に2発。矢継ぎ早に腰骨を踏みしめられる。
彼を囲った、3人の男達。
闇夜で覆い隠れた路地裏では、月光が届かず。
細い石造りの道を大柄な男が3人で道をふさいでいた。
煤けた服、手入れもされていない髭や灰色の髪。
どこからか調達した酒瓶を片手に、呂律の回らない唇。
おそらくこの周辺の鉱山夫だろう。
口調や容姿をさておき、その屈強ないで立ちがそれを物語っていた。
「ほれ、ほれ!」
「こちとら楽しく酒飲んでたってのに、邪魔しやがって!」
それはもう、すれ違いで肩がぶつかっただけの因縁とは違った。
単なる憂さ晴らし、それ以上でもそれ以外でもない。
ほとんど素足に近い布製の靴が、何度も振り子のように宙から彼に吸い込まれていく。
酔っ払いの蹴りとはいえ、腹に刺さると軽く浮く。
「――っ……っ……っ!」
男達に囲まれ、獲物となった彼。
路地に横たわり、身体を丸め、膝を畳んで耐えている。
暗い路地よりも浮彫になる、黒々とした外套。
フードを被り、顔も陰になり伺うこともできない。
「ほらほら! なんかいってみろよ!」
「金目のもんでも出せば! 許してやってもいい、ぜ!」
男達の仕打ちに呼応して、彼の口から吐しゃ物が出た。
赤くないから血ではない。
「うぇ! きったね!」
「てめえ! ふざけんな!」
ざりっとした、吐しゃ物が石造の床にこぼれる。
ねばっとした粘着性もありつつ、1人の男の足元にかかった。
妙に鼻をつく、異臭。
酔っぱらって嗅覚がいかれたのか。
五感を刺激され、気に障ったのだろう。
吐しゃ物をかけられた男が彼の顔面に蹴りを入れた。
「……は?」
素っ頓狂な男の声。
それもそのはず。
男が自身の右足に感じた触感が異様だったのだ。
ぬぶっ、と。
鼻がつぶれた音じゃない。
確実に顔面を――フードの開き
右足が、底なし沼にはまったように動かない。
あまつさえ体勢を崩し尻もちをついてしまう始末。
おいおいまだ酔ってんのかよ、と仲間の男が茶々を入れる。
が、尻もちをついた仲間のひきつった顔に不審がった。
触発された他の男達も、彼をいたぶることを止めてしまう。
「……もう終わりか?」
と、外套が少したゆんで、その中から腕が伸びた。
べちゃ。
また似つかわしくない異音が路地に響く。
それは彼の腕が――泥のように蕩けた棒状に見えるもの――男の足を掴んだ音だった。
漆黒の外套よりも色が希薄で、石造りの灰色の床によりも濃紺なそれ。
温めたばかりのチーズが、伸びて滴る。
ぺちゃ、と。
また、べちゃり。
「なあ……もう少し弱者をいたぶる様をワタシに見せてくれよ……」