今日は燃えるゴミの日
“ジリリリリリリリ……”
お母さんにねだって買ってもらったアナログな目覚ましが部屋に響き渡る。
いつもだったらこのまま誰かが起こしにきてくれるまで、布団でウダウダしているのだけど今日はそうはいかない。
部屋中に散らばったゴミを片付けてマンションの一階のゴミ置き場まで運ばなくてはいけない。
きっとそれも一度や二度じゃ終わらない、何度も往復しなければ。
収集車がくるのはたぶん八時くらい。
いつもはその時間はもう学校に向かってるからわからないけれど、時々途中で収集車が回ってるところにでくわすから、そのぐらいの時間だろうと思ったのだ。
貴士は布団を蹴りあげダッシュで冷たい廊下を抜けお風呂場の暖房とリビングのストーブとエアコンをつけた。
いつもだったらお母さんが夜のうちにタイマーをつけておいてくれるから、貴士がたまたま誰よりも早く起きたときでもリビングはあったかかった。
けれど昨日の夜からこの家には貴士一人だから、全部自分でやらなければいけない。そう、燃えるゴミの始末も。
今日を逃したら次のゴミの日は来週火曜日だから、4日もこのむせかえるような生ゴミの中で過ごすはめになってしまうのだ。
貴士は血だらけの手で透明なビニール袋を掴むと、中に届いたばかりの新聞紙を広げ敷き詰める。
お母さんはいつも生ゴミを捨てる時は中が見えないようにと水分を吸うために、こうやって新聞紙を敷いている。
いつもならリビングでお父さんが新聞を読みながら、バターとハチミツをたっぷり塗ったパンを食べているのだけれど昨日の夜からいないから、新しい新聞を使ってもなんの問題もない。
最初は寒かった部屋も作業を続けるうちにむせかえるような暑さになる。
というか部屋中に匂いが充満してきたのだった。
貴士は仕方なく暖房を止めると作業を続ける。ゴミ袋は最終的に五つにもなった。
時間はまだ7時を少し過ぎた頃、今なら誰にも会わずにゴミ置き場までいけそうだった。
とりあえずゴミ袋を二つ両手に掴んで引きずりながらも玄関を出て、エレベーターのある方向に進む。 基本的には単身者用に作られたマンションで、貴士の住むファミリータイプの部屋は各階の一番端にある。
貴士の部屋は五階だから急いでる時は近くにある階段を使って降りた方が早いくらいなのだが、この 重いゴミ袋を運ぶには階段から転がさない限りは不可能だ。
今日は一段と長く感じる外付けの廊下を歩いていると、途中扉が開いて貴士がここに越してくる前から住んでいるお兄さんが小さなバッグを持って外にでてくる。
お母さんが言うには若いのに大きな病院に勤めるお医者さんで、将来貴士にもお兄さんみたいになってほしいといわれたことがある。
貴士は引き返すこともできずにその場に立ち尽くしていると、お兄さんが近づいてきて貴士と同じ目線になるようにしゃがんで声をかけてきた。
「おはよう、そのゴミどうするの?」
薄い唇を綺麗に上げて笑いながら、ゴミ袋をじっと見てる。
「すてるの?」(……コク)
「ゴミの日だから?」(……コク)
「燃えるの?それ」(……コク)
「下のゴミ置き場に運ぶの?」(……コク)
「お前の力じゃ無理でしょ?」(……コク)
貴士がだまっていてもうなずくだけで会話は進んでいく。
何も言わない貴士にお兄さんはさらに笑うと、貴士の手からゴミ袋をひったくり「よいしょ」と小さく言って両肩に担ぎ開けた。
ゴミ袋からはみ出した血だらけの足もそのままに。
お兄さんは貴士に「ついてこいよ」といってエレベーターとは反対側に歩き始めた。
重そうにしながらも難なく階段を降りてそのまま地下の駐車場に降りる。
そして自分のワゴン車に運び入れた。
「ゴミ置き場に置いておいてもこれは運んでくれないよ」
そう言いながら車の鍵を閉めるとまた貴士と同じ目線にしゃがむ。
「お兄さんがこのゴミは責任もって処分してあげるから」
そういって貴士の頭を撫でてくれる。
正直自分一人ではどうしようもなかった。
ホッと一安心して涙がでてくる。
「よしよし大変だったね」
また優しい言葉をかけてくれる。
貴士はこの人に甘えてみようと思った。
「ねぇ……お兄さん」
その日発した初めての言葉だった。
「僕の部屋にまだあと三つゴミ袋があるの……」
その言葉にお兄さんは声を出して笑うと貴士の手を繋いでまた階段を上り始める。
世の中捨てたもんじゃない。
優しくて僕を理解してくれる大人もいるもんなんだ。
昨日疲れて眠る僕の代わりに夜通しでノコギリを引き続けてくれたあの人のように。