出逢い
深い深い闇に落ちていくのを感じる。意志に従わず消えかかる意識。
──死ぬのか。
ヘルハウンドの雄叫びも今や鼓膜に届かない。ただただ視界は暗く。そして痛みも感じない。仲間だと思っていた奴は、今頃、ギルドから金貨を受け取り贅沢の限りを尽くしているのだろう。
何故こんな惨めな思いを。何故、父は国を裏切った行為をしたのだろう。本当に国を裏切る事なんてするのだろうか。あの、寡黙で正義感の強い男が。
──なんで自殺なんかを。
溶けゆく意識の中、ヤクモが思い出す父の姿。職人の手に大きな背中。数少ない記憶が胸を燻った。
「……父さんッ」
霞む視界に光が入り込む。
「やっと起きおったか。にしても、涙を流して……どんな夢を見てたんじゃ??」
「……ッ!?」
影が顔に落ちたと同時に、聞いた事もない声が急に聞こえ、ヤクモは咄嗟に起き上がる。しかし、言葉を交えるより先に響いたのは、骨にだった。
──ゴツン。
鈍く強い衝撃が頭部を襲う。
「ぐへらっ!?」
そんなよく分からない言葉が聞こえた気がして、額を押さえながら音の先を見ると少女が両手で額を押さえて蹲っていた。
「あ、ごめん」
「ゴメンじゃないわい……んぐぐ。なんて石頭なんじゃよ、少年」
肩に掛かる位に伸びた艶のある綺麗な青髪。きめ細かい肌の上に着こなした、黒と白のノースリーブみたいなものに短パン。線は細く。しかし、そこにひ弱と言うイメージは皆無だった。露わになってる部分から見える足や腕は、素人目からでも鍛えられているのがよく分かる。
「良く言わ──れたことないや」
そもそも、言ってくれる友が居ない。起き上がったヤクモが項垂れると、視線の先には倒れた刀が。直ぐに刀を手に取り立ち上がる。
「ヘルハウンドは!?」
辺りを見渡しても居ない。実は本当に死んだのではないのだろうか。つまり、目の前の少女は天使だったり──
「なんじゃその目は」
「いや……俺、死んだのか?」
「死?んぁあ、死んだのはヘルハウンドじゃ」と、少女が指をさす先を見ると、一箇所だけ花がなく、地肌を見せている場所が目に入る。
「もしかして君が?」
「わっちは後処理をしただけじゃ。……って、何も覚えとらんのか? 少年」
「お恥ずかしいながら……無我夢中だったもので。ははは」
血糊で固まった頭をポリポリとかくヤクモ。その姿を、さながら、鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情で少女は見詰めた。
「でも……でも、倒せたのなら良かったよ。ヘルハウンドにコレだけボロボロになってるんじゃ、俺もまだまだだね」
ギルド内では、ヘルハウンドをたった一人で討伐した話も聞いたりしていた。
「…………」
「ん?」
「いや、なんでもない。して、少年は何でこんな場所に?」
「えっと……」
ヤクモは痛みで時々、眉を顰めながらも少女にありのままを話した。父が叛逆者である事は控えて。
「ゲスじゃな」
「まあね。でも、見抜けなかった自分の責任でもあるから」
「それもそうじゃな。で、この後はどうする気なんじゃ?」
「とりあえず、街に帰るつもりでは居るけど……」
「もう日が暮れる。今日は、此処で夜を明かすのがよいじゃろ」
「此処って……野宿?」
「違うわい! まあ、ついてくるがよい」
言われるがまま、ヤクモは少女の後ろを付いてゆく。そして眼前で構える建物を見て言葉を漏らす。
「朽ちた教会跡はここだったのか」
そこには今にも倒れそうな木造の教会が立っていた。至る所は虫に食われ、外装には根が這っている。てっきり、あの咲き誇る花の場所だと思っていたが違ったようだ。
「って、ちょっとまって。君は此処に住んでたの?」
「住んでると言うか、借りてるが正解じゃな」
「なるほど……黒い影は君だったんだね」
どうやら、行商人が見かけたのは少女だったらしい。
「……ん? まあ、とりあえず中に入るがよい。手当もせねばなるまいて」
促され、ヤクモは教会内に入ると椅子に座りそのまま服を脱いだ。幾つも出来た切り傷に、打撲の跡。改めて見ると、気が遠くなりそうだったので天井を見上げた。
「君の名前は?俺の名前はヤクモ。ヤクモ=アルクル」
「アルクル?」
「ん?」
「いや……まさかの。わっちの名前はリュカ=マクベスじゃ」
「リュカか。本当にありがとう。でも……君はそこまで親切にしてくれるの?」
練りこんだ薬草が染みる中、ヤクモはふと素朴な疑問を少女に投げ掛けた。
「師の教えじゃよ」
「何を?」
「義を見てせざるは勇無きなり。目の前で困っておるものに見返り求めぬ善で助けるこそが、本物の勇者なんじゃ」
体に電気が走る。ヤクモはその言葉を知っていた。良く聞かされていたのだ。父に。
「へ……へぇ。それはさぞかし、立派な方だったんだろうね」
「じゃな。国の安寧を第一に考えておるものじゃった」
「俺の父さんとは大違いだ」
「そんな事はないじゃろーて。さて、次はこれを服用するんじゃ。リラックス効果の見込める──言わば、漢方みたいなもんじゃない」
緑色をした小さい玉を飲み込み、暫くすると体が火照って来るのを感じた。瞼が重くなり、ポワポワと心地よい浮遊感が体を満たす。
「よし、寝よったな。すまない、少年。わっちは裏切り者を許せる程、お人好しじゃないんじゃ。特に、あの三人の顔は……」
ブクマが4人に……ありがとうございます!!
読者の皆様のお陰で、今日も投稿する事ができました。