少女がみたもの
ヤクモが勝利を信じる一時間程前、少女は走り去る三人を目撃していた。
「なんじゃあれは」
「馬鹿だよ、アイツは! ははっはははは」
「そうね」
「今日は盛大にパーティーといこーぜ!!」
完璧には聞き取れなかったが、そんな事を言っていた気がする。
「んぐんぐんぐ……」
少女は咥えていたパンを齧りながら、青い髪を風に靡かせ、三人が来た道を目で追ってから小首を一つ傾げた。
なにせあの森は寝床に使っていた場所。 何もない──
「はっ!? まさか、わっちの食料がバレたんじゃなかろうか!?」
こうしては居られないと、森の中へ入ろうとした瞬間聞こえたのは、甲高い遠吠えだった。
「やっと……現れおったか、ヤツめ」
人が作りあげた失敗作。魔人になれなかった人の末路。魔獣に取り込まれた成れの果て。少女は腰にぶら下げた短剣を一度確認し、進み始めた。
「──に、しても、なんじゃこの血の臭いは」
向かい風が運ぶ鼻を突く臭いに眉を顰めながら、少女は足元の悪い地面を軽快に蹴り駆けた。間違いなくこの先では戦闘が行われている。さっきの三人組の仲間かは定かじゃないが、ヘルハウンド亜種はAクラスの化け物だ。
殿をつとめてたのなら、先で戦ってる奴は確実に死──
「……おいおい、どうなってるんじゃ……」
少女は目の前の光景に愕然とする。
赤い花が散り舞う空間で、少女の瞳が捉えたのは、骸となったヘルハウンド達。そして、亜種と剣を交える一人の青年。たった一人で、一歩も引かず食らいつき、命の灯火を燃やし、倍以上有る体躯を活かしたありとあらゆる攻撃を防ぎ。且つ、確実に密集した剛毛の下にある皮膚を切り裂いていた。
本来なら有り得ない事だ。武器とは消耗品。これだけの数を殺したのなら、斬れ味はないに等しいはず。にも関わらず、青年は亜種にすらダメージを与えている。
あの三人が途中まで。──いや、装備の状態を見るからにそれは有り得ないか。
痛みを受け、唸り散らかすヘルハウンド。鼓膜を激しく揺する猛りにすら、臆する事ない青年を見て息を呑む。その背に少女は、とある英雄の背を重ねていた。
「るぁぁぁぁぁあ!!」
激昂を思わせる叫びが轟いた直後、青年の刀は亜種の首をはね落とす。
「や、やりおった……!?」
その場に力が抜けたように倒れ込む青年を見て、少女は迷う事なく駆け寄った。
「良かった。気を失ってるだけじゃな」
青年の体は激闘を物語っていた。至る所は傷つき、血が流れている。それに刀を握ってたであろう腕は真っ青に染まり、一目で折れているのが理解出来た。
「良く頑張ったの。今はゆっくり休むがよい」
きっと彼には、憂いの言葉も称賛の言葉も届いてはいないだろう。それでも、言わずにはいられなかった。
「人を心配するなんて……少年で二人目じゃよ」