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抗い

「よかろう。お前の全力をこの腕一本で凌いでやる」

「リュカ!テメリオイさんを連れて、皆と撤退を!!」

「じゃが!!」

「……リュカ!!」

「わ、分かったのじゃ!!」


白騎士の発言は決して慢心や驕りではない。そんな事は十分に理解している。だからこそ、一瞬の隙を衝く事すら難しい。それこそ、運を天に任せる博打。


息を整え、精神を統一。騒音はやがて小さな耳鳴りとなり、ヤクモの目には白騎士以外が薄ぼんやりと写っている。


「……ッ!!」


息に力を入れ、一気に踏み込む。瞬く間に間合いは詰まり、ヤクモの刀は白騎士の脳天に振り下ろされた。だが、意図も簡単に躱され突風だけが砂煙を巻き上げる。


「そんなものか?」


白騎士は口に出さずも言っているのだ。受け止める必要もないと。避けるのも容易いと。


──嘗められたモノだ。


ヤクモは頭をフル回転させ、掻き立てる想像。数秒足らずで、脳内にはなん通りもの戦い方が展開された。これまでしてきた経験。それらを踏まえて至る最善の策。


周りに味方は居ない。


「ならっ!!」


煌炎の刃に灼熱を纏わせての範囲攻撃。威力は下がるが、片手で防ぐ事は不可能なはずだ。加えて、周りの魔獣も討伐出来る。


爆炎と音が轟き、火の壁がヤクモと白騎士を隔てた。それは、分厚く高く。そして、赤白く燃ゆる。魔獣達が絶叫する間もなく燃え朽ちる中で、その突風はヤクモにさらなる絶望を与えた。


「まだまだ弱い」


腕をただ横に払っただけに思えた。その一振でヤクモの魔剣による灼炎は吹き飛ばされたのだ。


強い突風がヤクモの髪を後ろへ激しく靡かせる。


「……ッ!!」


だが、ヤクモに立ち止まってる暇はなかった。脳より先に体は動き、再び仕掛ける猛攻。二刀流での激しい斬撃。加えて、魔剣の力も合わさっているはずだ。なのに、白騎士にまったく届かない。


絶対的な強者。絶望的な実力差。


それでもヤクモは、距離を詰め続けた。


「らぁぁ!!」

「おいおい。右手すら使ってないぞ」

「うらぁぁあ!!」


執念により、格段に速度は増してるはずだ。にも関わらず白騎士を捉える事が出来ない。


まだ早く。もっと素早く。腕を振るえ。腰に力を入れろ。力強く踏み込め。一撃一撃に役割と意味を持たせろ。


「…………」


最早、白騎士の言葉もヤクモには届かない。無音の世界で、彼は今、その一端に触れようとしていた。


全身を覆っていた闘気が刀に集まる。それは余りにも暴力的で余りにも激しい闘気の塊だ。


「……ッ!!」


振り下ろされる刀。──だが、白騎士は意図も簡単に手の甲で弾く。


「まあ、手を使わせた事だけは褒めてやるよ」


押し負け、体勢を崩す中で眼前に捉えていた白騎士は、そのままヤクモの腹部を蹴り穿つ。その攻撃は非常にゆったりとしていた。さながら、初心者に武術を教える師範のように。


「ガハッ……!?」


たったそれだけで、ヤクモの足は地面から離れ体は後ろへ吹き飛んだ。肋骨が折れた感覚を耳と痛みで覚え、口から噴き出す血が、臓器へのダメージを教えた。


霞む意識をどうにか手繰り寄せ、両の足でしっかりと着地をする。転じて、次の反撃に備える構えを見せた刹那、眼前には手刀の姿勢を見せる白騎士。


その手には依然、剛圧が帯びている。その手で貫かれては、絶命は免れない。


「では──死ね」

「グッ……」


目を瞑るヤクモを覆った大きい影。頬を濡らす温かい何か。恐る恐る目を開ければ、庇うように間に入ったテメリオイが瞳に写っていた。


「テメリオイさん、どうして!?」

「どうしてって、そりゃあ若いの残して逃げれる訳いかねぇだろうが」


倒れ込むテメリオイを支え、その場で座らせる。方や白騎士は攻撃の姿勢を見せてはいない。


「だからって、貴方には人側のリーダって役目が」

「大丈夫だ。俺が居なくたって、アイツらは強く生きていける」

「そんな事」

「だが、すまねぇな坊主。リュカに武技を教えてやってくれって頼まれたん……だがな」

「そんな話はいいです!!今は安静に」


手で傷口を抑えるが、血は止まることなく溢れ出す。完璧な致命傷。だが、死を目前にしてるであろうテメリオイは、ヤクモに笑顔を向ける。


「お前は強くなる。だから、此処で死を選ぶな」


すぐ様にリュカとミュゼが二人に駆け寄り、ヤクモに向けて謝るリュカを横にミュゼは、テメリオイに抱きついた。


この時、ヤクモはミュゼの店で彼女が語っていた事を思い出す。


「……」

「ほう。これだけの劣勢──絶望でもなお抗うか」

「お前だけは、絶対に」


憎しみ、どす黒い感情がヤクモを覆うその先で、白騎士は短い溜息を吐いた。


「お前の気持ちは嬉しいが、ざんねんながら時間切れだ。弱者よ、俺を殺したくば強くなれ」


そう言い残すと空へ跳躍し、待機していたでたろう魔獣に飛び乗り飛び去ってゆく。と、同時に押し寄せた脱力感と激しい痛み。


苦悶の表情を浮かべ、苦しみもがきながらヤクモの意識は深い闇へ落ちていった。

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