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狼煙

 ヤクモにはまだ基礎能力の向上【執念】が付与されている。白騎士の太刀筋さえ、見切り続ければいずれ相手を凌駕するはずだ。


「はぁぁぁぁあ!!」


 刀二本の切っ先を白騎士に向けて駆ける。瞬く間にふ所へ入り込み、二つの特性を生かした連撃を繰り出す。武技も持たないヤクモの純粋な剣技。


 それは──


「やれやれ。調子に乗った割には……これじゃあ、剣を使う必要もないね」


 全てヒラリと躱され、事もあろうに剣すら鞘に戻した。兜の奥で見下す視線を向けているのが、嫌悪として伝わったヤクモは、悔しさに口を噛み締めながら、それでも剣を振るい続ける。


「燃え盛れ!煌炎!!」


 ほぼゼロ距離に近い場所からの灼炎。魔剣の真髄に至ったヤクモによる全力の一撃。


「発動……しない?」


 触れる事で発火する筈の炎が発動しない。


「おいおい、燃やそうとすんなよ」

「なっ?!」


 白騎士は盛る炎を秘めた刀を、掴み防ぐ。斬れ味・A-。いや、これだけの激戦を繰り広げたお陰で、数字は八。多分であるが、Aになっていてもおかしくは無い。


 その斬れ味を以ってしても、斬り落とす事すら出来ないのか。ヤクモは、もう一刀で首を狙う。


「っと、と」


 力が緩んだのを感じ、一旦距離をとる。


「何が起こったのか分からねぇ顔してるな。この程度の男に負けるようじゃ、クザも結局は雑魚でしか無かったんだな」と、刀を掴んだ右手を白騎士は見せつける。


「闘気……?」

「おいおい……。お前、なにか?剛圧をしらないのか?」

「…………」

「ははっ。これじゃあ、ここで生き延びても長生きは出来ねぇな」

「そんな事、なんで言い切れる!?」

「そりゃあ、お前……。クザを──そして、今でも尚、魔人の実験をしてる機関と敵対する気なんだろ?」


 白騎士が何処からそんな情報を──いや、クザを認知しトドメをさしたあたり。その機関に携わっていると考えていいだろう。


「いいか、坊主」

「テメリオイさん!?早く撤退を」

「仲間は無事に撤退した。いいか?剛圧ってーのは、闘気を一部位に圧縮する技法。とは言え、これは闘気を極めて初めて体得できるものだ。俺でさえ、その頂きの一端に触れるのが限界だった」


 ヤクモは悟る。いくら能力が向上したとして、越えられぬものがあるのだと。今までは魔獣相手にしてきたから気が付かなかった。いや、もしかしたら魔獣にも【剛圧】を扱えるものがいるのかもしれない。


 だが、だとしても──挫けてしまえば。慄いて臆してしまえば、全滅してしまう。テメリオイが相対的にヤクモより勝っていたとしても、彼を蝕む病がある以上、今動けるのはヤクモしか居ない。


 覚悟を決め、呼吸を整える。


「坊主、ここは共闘の方が」

「テメリオイさん、すみません」


 刀の柄で鳩尾を穿つ。


「ガッ……なっ」


 前のめりになった所で後頭部を叩き、脳震盪を起こさせる。完璧に油断したテメリオイは、ヤクモの想像通りに気を失いその場に倒れ込んだ。


「あらら。二人でかかってくれば勝てたかもしれないのに、いいのか?」

「見てわかるだろ?俺はこの人が苦戦したクザを一人で倒した。つまり、俺がこの中で一番強い」

「……まあ、そうなるか。だが、そんなお前でも俺の足元にも及ばない」


 ──ああ。その通りだ。白騎士の言っていることは間違いない。いくら鍛え上げられた刀だったとして。いくら錬聖にて武器の力が向上し、執念により基礎能力が高まったとして、傷一つ付けられはしなかった。


 だが、それでもヤクモには守るべきものがある。弱者だと。使い道がないと。クザを見捨てた白騎士とは背負ってるモノが違うのだ。


「だから、条件がある。俺一人の命で手をひいてくれないか?」

「無論、抗いはする」

「そんなの、こちらになんのメリットがある?」

「アヴァロンで()、最強は間違いなく俺だ。俺が死ねば、アヴァロンの脅威はまったくなくなる」


 白騎士は暫し黙考してから頷いた。


「お前の覚悟に免じて、一つの命でこの場は退いてやろう。さぁ、かかってこい弱者。その脆い刃で立ち向かってくるがいい」


 ヤクモの目付きが変わる。


「ああ、そうだろうな。お前からしたら俺の刃は酷く脆い。鈍だ。だがな?弱者だと高を括ってくれるなよ、白騎士!!」

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