危機
アヴァロン・工場地区。ダンズに借りていた工場の外に出たヤクモは、辺りを警戒する様子を見せるリュカの名前を呼んだ。
「おお、少年。ようやく終わったのじゃな」
刀の鍛錬を終えたヤクモが右手に持つのは、蒸気と熱気を帯びた真っ黒い刀。汗が手から刀へ伝い、刀身に触れる度にジュッと短い音を鳴らしながら一瞬で蒸発する。
「ああ。ありがとう、リュカ。この刀──煌炎は、君の力無しでは造れなかった」
波紋は美しく、鐔のない刀身は防ぐ事を一切考えてはない力を示す。今まで作ってきた刀の中で、間違いなく最高の傑作であり、最強。
・煌炎
記された数字は五でありながらも、耐久力・斬れ味・魔力はA-にもなる。
もう一本の──名前が変わり【烈風】となった刀は、数字が二十となり耐久力・斬れ味共にA++。これは、聖剣には適わずも、魔竜の骨を断ち切れるとされる英剣種に近いステータスだろう。しかも、代償を伴う英剣とは異なり、烈風は無償だ。
「気にするでない。では、わっちらはアヴァロン内に潜入した魔獣達を駆逐するとするかの!」と、勝気な笑みを浮かべるリュカの言葉にヤクモは驚きを隠せずにいた。
「いつの間にアヴァロン内に?!」
「どうやら、何処かの防衛戦がやぶられたらしい」
無我夢中で鍛錬している間に、どうやら戦況は劣勢に偏ってしまったようだ。だが、納得できない話ではない。魔獣の方が明らかに数が多い中で、均等な戦力を各所に分配出来るはずがない。
なるべくしてなった結果であり。テメリオイ達は、こうなる前に事を終わらせたかった。──が、出来ないだけの事態って事だろう。
「案内してくれ」
「うぬ!ついてまいれ!!」
駆け足でリュカについて行く中、負傷者や魔獣の骸がよく目に入る。想像以上の現状に眉間をゆがませていると、リュカの足が止まった。
「こんな所で足を止める訳にはいかないんじゃが……」
目の前には十体程の魔獣達が牙をむき出しに、血肉に飢えてるかのように涎を垂らしている。ゴブリンが持つ凶器には血が付着し、オーガやオークの腕には血が付着し、鎧の破片が刺さっている。
周りを見れば、ドワーフやエルフが瓦礫に埋もれていた。
「此処は任せてほしい」
「じゃが、これだけの数」
「リュカには、いざと言う時にお願いしたいんだ。──それに、俺は今、試したくて仕方がない」
その目にはその立ち振る舞いには自信が宿っていた。毅然と立つヤクモは、リュカの先で煌炎の切っ先で地面を鳴らす。
魔獣との距離はおよそ十五メートル程。
ヤクモはチリチリと地面を鳴らし斜から切り上げる。一見、空を斬る無意味な行動に見えたそれは、直後鳴り渡る発火音により、初めて意味をなす。
断末魔を上げる暇すら与えない灼熱は、眼前の魔獣を刹那に平らげた。
「たった一振じゃと……」
「俺には魔力がない。けれど俺のスキルがあれば、永続的に魔剣の効力を放出したまま戦える」
「つまり、無尽蔵の魔力ってことかのう?」
「そうだね。でもまだ使う事は出来ても、扱いは慣れてない。今だって偶然成功したみたいなようなものだし」と、ヤクモはそっと烈風の切っ先を建物へと向けた。
「ありゃ。確かに練習は必要そうじゃの」
「次はもっと精度をあげれると思う」
魔法とはただ発動する訳では無い。緻密な計算がそこにはある。ヤクモが今行った攻撃のように、敵に当たった直後発動する技となると、余計にそれは必須となる訳だが。
逆に、ダンズが扱った技であれば簡単だろう。しかし、此処は平野ではない。下手に魔剣の力を振るえば、大惨事になる可能性だってある。
「さあ、急ごう」
「うぬ」
熱気を放つ煌炎。そして、烈風を鞘に収めてヤクモは再び走り出す。辺りは徐々に惨憺たる状況へと変わってゆく。魔獣に首を噛まれたまま、息を引き取っている傍らには刃の刺さった魔獣。きっと、力を振り絞り道ずれにしたのだろう。
壁は返り血で真っ赤に染まり、そこかしこには赤い水溜まりが出来ている。鼻腔を突く臭いも、硝煙と血が入り混じっており、酷いものだ。
ヤクモ達は対敵した魔獣達を片っ端から討伐し、進み続けた。
──そして。
「なあ、これは本当に一部防衛線が突破されただけなのか?これじゃあまるで……」
「まるで、なんじゃ?」
「いや、なんでもない」
口に出してしまえば、現実になりそうで怖い。まるで、リュカが言っていた黒い怪物自体が囮で、第一優先がこの街の崩壊だなんて。
「とりあえずは、俺達も加勢するぞ」
「じゃな!」
数秒と掛からず、ヤクモの烈風はヌルリと魔獣の胴と首を両断。烈風には凡そ、重さというものが無い。とても、とてつもなく軽く。それでいて鋭い。
ヤクモに掛かる負担が一切ない烈風は、文字通り体の一部分として馴染んでいた。
「おらぁあ!!」
煌炎で体を突き刺し──
「燃え散れ」
一気に焼却。仲間を憂いる事も無い血に飢えた魔獣が、最高のタイミングだと言わんばかりに飛びかかってくる瞬間を狙い、烈風で両断。
魔剣と刀を手にした事により、今のヤクモは中距離と短距離を間合いに持つ。だが──
「流石に数が多すぎるな」
確かに戦線は維持できている。けれど、それは後退もなければ前進もないということ。ヤクモ自身、いつスキルの反動が来るかはまだ把握しきれていない。
どうにか、粘ってる間にテメリオイが怪物を倒してくれる事を願うしか──
「ヤクモさん!!リュカさん!!」
その声は馬の蹄の音に負けない力強さを以てヤクモの鼓膜を叩いた。
「貴女は、ヒューランで」
ヤクモは、この場に似つかわしくない統率された隊列を組んだもの達の先頭に立つ女性を知っていた。ただ、あの時とは全く違う容姿をしている為、動揺は致し方ない。
「はい!私は──」
真っ白い鎧を身に纏い、黒馬に跨った女性。凛然とした姿をした彼女は、堂々と名乗る。
「ミシェル=サイリア!騎士団・へウレシスの団長を担う者です」




