希望と地獄
大地が犇めき、大気が震える。不穏な空気は肌に静電を這わす様な痛みを与え、テメリオイ──いや、ここに立つ全員に恐怖心を植え付けた。
募り募り重なり重なる魔獣達の隙間からは液体のような粘り気のあるモノが飛び出し、それはみるみるうちに魔獣達を飲み込み繋げてゆく。
この間、数分に渡り当然テメリオイ達が見ているだけのはずはない。この行動を成そうとしている事を完遂させてはいけないと、理性ではなく本能が訴えかけるのだ。
魔法士による一斉掃射。前衛職による武技を用いての攻撃。だが、鱗が剥がれるかのように表面の魔獣が零れ落ちるのみ。加えて、それすらも呑み込み──やがて。
「ぐぎゃぁぁげるぁぁぁあ!?!!」
それは、見上げる程の巨大な体躯を成した。全身には魔獣の顔が浮かび上がり、様々な鳴き声を発している。
「来るぞ!!」
大腕を振り上げ、テメリオイたちめがけ力任せに振り下ろされる手前、テメリオイの指示により散開。仲間に怪我人は居なかったが、あんな単調な攻撃で地面は大きく陥没し、大地は揺れた。
「どうしますか?テメリオイさん」
「ミューレは見たか?」
「何をです?」
「奴の手が地面に触れる瞬間」
「すみません、私には」
「奴が吸収した魔獣の一部が飛び出していた。つまり、あいつは個体であって個体じゃない。呑み込んだ数多くの魔獣を一つの攻撃手段として扱えるのだろうよ」
冷や汗を垂らし、テメリオイは打開策を考えるが──いくら考えてもたった一つの結果しか脳裏に浮かばない。
「あの中にいる本体を倒す他ないんだが」
「そこに至る手段が見当たらないってことですね?」
「ああ」
あれだけの猛攻を叩き込まれても、骨すら到達しない。
「一撃で仕留める事が出来れば……」
「一撃ですか」
「だが、今はやれる事をやろう」と、テメリオイは攻めの姿勢を見せる。
特攻するテメリオイに続くように仲間も攻撃に転じ、魔法や武技による攻撃が、休む間もなく叩き込まれた。
砂煙は立ち上り、魔獣の叫びや仲間達の怒号が轟き、魔法による熱風や暴風が身体を揺さぶり、魔獣と剣を交えて火花が散る。
怪物も魔獣を使い的確な反撃をし、数に物言わせた攻撃はテメリオイですら傷を負わせる。
無尽蔵な体力・高い耐久力。戦況は均衡から劣勢にゆっくりではあるが、変わり始めた頃。テメリオイの胸部を激しい痛みが襲った。
「ガハッ……」
「大将!?」
それは合技を放った直後だった。夥しい量の血が鼻や口から噴き出し、テメリオイは辛うじてその場で膝をつく。
持病と英剣・テンペストの負荷により限界を超え酷使していた代償。いまやミューレの回復薬を使っても効果はないだろう。体の節々は悲鳴をあげ、最早立ち上がる事すら困難な状況だった。
「テメリオイさん!!」
「来るな!!」
ミューレの声を断ち切り、剣を支えに強引に立ち上がる。
「お前は後衛職だ。勤めを果たせ。俺も勤めは……果たす」
朦朧とした意識。手足の感覚は薄れ、剣を持つ事すら極めて困難の中でテメリオイは深く息を吐く。
細い息が口の端から漏らし、一歩また一歩と魔獣と戦う仲間達の元へと進む途中、仲間の一人が上空を指さし口を開いた。
「新たな魔獣……か?」
太陽を背に見える黒い影。その影に色が宿る頃──テメリオイは掠れた声で口走る。
「ヤクモ……じゃねえか」
「テメリオイさん。後は俺に任せてください」
「そうじゃな。お前さんも、随分と苦労した様じゃな」
そこにはすす汚れた服と、二本の刀を持ち立つヤクモとリュカの姿があった。
「ま、まて。リュカ、アヴァロンの方は」
「んあ?大丈夫じゃ。魔獣等が内部に侵入はしたが」
「そうなの、か?ゴホッ」
「ええ。アヴァロンは今、フィリップ騎士団の方々が護ってくれてます」
「騎士……が、なんでだ?」
「それは──」と、ヤクモが説明をする数時間前の事だ。




