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悪手

 声を震わせ、あからさまに動揺するミューレは喉を鳴らして指を指す。


「記す物がないので口頭でいいます。良いですか?テメリオイさん。目の前のそれは、魔獣ではありません。あれは……あれはそう。()です」

「人!?なんかの間違いじゃないのか??あるいは、リュカと同じ魔人なんじゃ」

「魔人には限りなく近くはあります。ですが……彼は人です。私が推測するに、魔獣達と人間を無理やり縫合(ほうごう)したのでしょう」

「つまりなにか?奴はリュカとはまた違うってのか?」


 ミューレは短く頷いた。


「分かった。だが、なんで縫合してるって分かった?」

「簡単なことです。彼のスキルが多種に渡る魔獣のスキル。そして、前衛職特有のスキル、武技(・・)を取得しているからです」


 リュカからは多種のDNAを取り込んだ魔人の話を聞いたことがない。リュカですら、一体の魔竜のDNAだけだ。


 ミューレの言葉から考えるに、あの黒い皮あるいは鱗に見えるようなものは様々魔獣を継ぎ接ぎにしたものであり、個々の特性を持っているって事なのだろう。


「となれば、武技を使わないのは人としての理性はほぼ皆無って事か」

「そうであればいいですが……」

「分かった。じゃあ気をつけるべき物を教えてくれ」

「分かりました」


 ミューレは落ち着いた様子でテメリオイに看破で見たスキルの中で注意すべきものを教える。


 毒蜘蛛・タラントが持つ血液を溶かし、傷口を腐食させる毒。これは、四本の腕から分泌されていると考えていい。一番警戒しなくてはならないだろう。


 続いて、営利なしっぽはトカゲ科の魔獣・アングイスのものらしい。しっぽを用いて使われるエリペルは、物凄い速さで対象物を叩き潰すものだ。


「あとは、スライムの特性ですかね」

「スライム?」

「形状を変化・硬化させる能力・ファブルです」


 スライム。

 危険度Sランクに相当する怪物であり、たった一種類しか存在しない謎多き魔獣。倒すには氷結魔法で凍らし、爆発か叩き割るしかない。ミューレの魔法が効かなかったのも、スライムの特性が関係していたのだろう。


「どうりで──分かった。ミューレ、後は俺に任せろ。絶対に倒してやる」

「それじゃあ来た意味が!!」と、食い気味に言うミューレの頭に手を乗せてテメリオイは言う。


「守るべき者が傍に居るってだけで、十分力になってくれてるんだぜ?それにな、ミューレ。俺はお前が好きだ」


 この消えかかった灯火が無くなる前に言えるとは思っていなかった、内に秘めた大切な思い。

 種族を超えた気持ちであり、禁忌の愛。誰にも伝えていなかった。伝えるつもりもなかった。


「そんなの……卑怯です。私だって──」


 声が小さく上手く聞こえなかったが、戸惑っている事だけは分かった。それもそのはずだ。他種族の、しかもスコルピウスを纏めるオッサンに想いを伝えられては困惑をしてしまう。


 だから、テメリオイは逃げた。逃げてしまったのだ。彼女の──ミューレの返事を待たずに、怪物と雌雄を決する場に。


 この戦いが終わったらもう一度、話を聞こう。話をしよう。想いをもう一度。


「だから、わりぃな。お前が人間だったとしても、容赦なく殺させてもらう」

「グギャグャァァァァァァア!!」

「らぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 振るう猛威に負けない魂の叫びを放ち、テメリオイは二本の剣を使い怪物に斬り掛かる。


「ギャギュガガガ!!」


 硬化し、タラントの毒が分泌した腕を四本用いた高速の斬撃。加えてアングイス特有の打撃。二本の剣で受け切るには多すぎる数の攻撃を、テメリオイは完璧と行かずも対処していた。


 腕は傷つき、頬は切れ、毒の効力で血は止まらなず、しっぽの打撃を防ぐ度に体制は崩れそうになる。

 学習をし、攻撃に変化を加え始める怪物。その度に最適な解を出し、隙あらば相手に傷を負わせ続けた。

 速さは既に音を置き去りにするまでに至り、テメリオイと怪物を中心に突風が巻き起こる。

 だが、間違いなく力は怪物が上を行き始めていた。徐々に手数で押され、武技を扱う隙もない。


 それでも最小の被害で済んでいるのは、テメリオイの成せる()だった。


「…………ッ!?」


 ──長時間による戦闘で、形を維持しきれなくなってるのだろうか。状況を変えるであろう刹那の変化。魔人とも人とも違うコイツは、その形を維持しているであろう細胞がボタリボタリと落ち始める。

 テメリオイは見落とさず、一気に勝負を仕掛けた。


「武技・紅月」

「武技・水月」

「──合技・流水激静(りゅうすいげきせい)


 激流が紅月なら水月は静水。

 対義となる武技が合わさった時、その剣技は相手の技を呑み込む大河となる。

 振り下ろされる尻尾は、その力を受け流されたまま両断され、硬化した腕は激流の如く力強い剣技で割かれた。


 静と激、二つの顔を併せ持った合技・流水激静。


「グググギャギャァァァ!?!!」

「これで終わりだ」

「ギャァァァァアアグァァァァア!!!!」

「なっ!?」


 刃を振るう一本出前、その叫びは魔獣を引き寄せた。


「な、なんなんだよ……こいつ」


 怪物に覆い被さる数々の魔獣。合わさり山となる姿は異様だ。


「大将、一体何が起きたんで?」


 魔獣達が戦いを放棄した事により、周りの仲間がテメリオイに駆け寄り始める。皆もまた不安そうに目の前で起きてる現状を見つめ、各々心境を隠さず吐露しはじめた。


「分かんねぇ……だが、ヤベェってことだけは分かる」


読んでいただきありがとうございます。

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