絶叫
肩から一本の道を描き流れる血。奴の攻撃は流し、いなし、躱していた。目にも止まる甘く容易い攻撃。魔獣となら数多く戦い、並列して経験もしてきた。
慢心も油断もない。
──だった筈だ。
「コイツ……この短時間で学習しやがったって事か?」
学習しただけではない。目の前のそいつは、形状を変化させていたのだ。より良く、効率的にテメリオイを確実に殺すために。
二本だった腕は四本に増え、手は形状を変え刃物を模したかのような姿になっていた。
しかも──
回復薬や治癒魔法の類が傷口に一切通用しない。まるで、蜘蛛類で赤黒い色と治癒を無効化する毒を持つ魔獣・タラントの能力と酷似している。加えて、あの治癒能力。
間違いなく奴は、様々な魔獣を掛け合わせ作られた化け物だ。
「痛……ッ」
傷口は黄土色になり、熱と刺すような痛みがズキズキと襲う。
「まったく!何をやってるんですか!!」
テメリオイが毒を受けながらも、攻めに入ろうと覚悟を決めた刹那。その声は目を見開く程の衝撃と驚きを与えた。
「嘘……だろ?」と、言葉を漏らす横でほのかに甘い香りが揺蕩う。
そこには怒りと憂いを一体にさせたような表情で睨む女性が立っていた。
「ミューレ、お前はアヴァロンに」
彼女は戦闘よりも、薬剤師としての能力に長けていた。それに左脚も産まれつき不自由であり、故に街での待機を命じていたはずだ。
不服そうながらも、頷いた彼女と交わした昨日の約束を思い出していると更に語気を強めてミューレは言う。
「こんな事もあろうかと、隠れてついてきたんですよ!なに一人で頑張っちゃってるんですか!!」
「そりゃ……仕方ないじゃん……」
少しおちゃらけて見せると、ミューレは一本の小瓶をテメリオイに手渡した。
「はあ。とりあえずこれを飲んでください」
薄緋色の液体が入った瓶の蓋を開け、躊躇うことなく飲み干すと毒を負った患部の痛みが引き、同時に血も止まった。
だけではなく、脱力感も消えて若干ではあるが、体が軽くなった気がする。改めてミューレの調合の素晴らしさを身をもって知ったテメリオイは、肩に手を乗せて言う。
「ありがとよ」
「御礼は後から一杯してください。ここからは私も戦います」
「戦うって」
「目の前のアレ……看破なしに倒せるんですか?」
確かにミューレのスキルがあれば、相手の能力看破ができる。なれば、より相手を理解し対処ができるが。彼女をこの戦闘に巻き込む事になってしまう。
警戒を怠らずに考えていると、左手に持った杖で地面をコツンと叩いた。
「脚の心配は無用です。これでも戦えるんですから」
戦うのを拒んだとしても、四方八方が魔獣だらけでは逃げる場所も身を潜める場所も存在はしないはず。テメリオイは、短く頷いて口を開いた。
「分かった。だが、無理をするなよ。ミューレに何かあれば、俺が怒られちまう。お前の義姉──いや、フウに」
「なら全力で戦って守ってください!!それと……」
「それと?」
「別にこれは……三種族会議をしたからとかじゃなくて……その」
俯き小さく口を動かすミューレの声は、魔獣の声で掻き消される。
「まったく聞こえねぇぞ」
「いいです!!」
「んだよ、おっかねぇな!!じゃあこの戦いが終わったら聞かせろな」
「考えておきます!」
「んじゃ、まあいっちょ第二回戦と行きますか!!」
テメリオイが駆ける数メートル先、つまりは黒い怪物が立つ上空からは、暗雲が分厚い層を作り渦巻を巻き始める。
快晴の空からは想像できない黒い雲から、さながら竜のように雷光が迸る中で後方から凛然とした声が轟く。
「穿て槍雷!ケラヴノス!!」
眩い閃光が太陽の煌めきを凌駕し、視界を白に変えると同時に轟音と陥没音が大気を震わせた。
「やっぱエルフの魔法はすげぇわ」
関心をしながらも、気を逸らしはしない。隙を狙った攻撃を警戒し想像し、攻撃にすぐさま転じれる構えを保ちながら距離を詰める。
「グギャギャギャギャ!??!」
煙の中から聞こえる鳴き声は、弱ったりダメージを受けた声には程遠いものだ。依然として健全。ただそれだけは理解ができた。
あれだけの雷撃を受ければ、ゴブリン等下級の魔獣なら消し炭だろう。にも関わらず──
「無傷かよッ!!」
魔法耐性が強いのかは定かじゃないが、焼け爛れたりも一切見受けられない。
「私の攻撃は足止め程度に思ってください!!」
直ぐに状況を理解したであろう、ミューレの言葉に頷いた頃には既に間合い。テメリオイは、一斉に襲いかかる四本の腕をずば抜けた反射神経と技量を以て難なく受け切る。それは、瞼が閉じ切る間に行われた一瞬の攻防。
そして一手先を行ったテメリオイの斬撃が腹部を捉える。
「ぎぎゃぁぁぁあぎゅああああ!!!」
何層にも重なった声は怪物の口からではなく、腹部の顔のような物から放たれた。
「なっ!?」
頭に響く声は三半神経を揺すり、この声は周りで戦うもの達の動きを止めるに至る程の絶叫であった。
皆が無防備になる中で、判断を欠かずにテメリオイは両耳を塞ぐミューレの元へ戻る。
この声は、聴覚の優れているエルフ族からしたら最悪な雄叫びだろう。ひあ汗を垂らし、呼吸を乱す彼女を見れば一目瞭然だ。
「大丈夫か?ミューレ」
「はい、何とか。ですが、何なんですか……あれは」
苦悶に満ちた表情が腹部に埋もれた顔から浮かび、不気味だ。
「分からない。ミューレ、この血が奴のだ。看破を頼む」
「分かりました」
こうして看破に入ったミューレの表情が豹変するのには時間がかからなかった。
「……まさか……そんな……」




